ミリタリー

2025/10/29

米豪主催多国間共同訓練 タリスマンセーバー25 Part2

 

オセアニア地域最大規模の多国間軍事演習「タリスマンセーバー」

 

米海軍のLCACより降り立つ米海兵隊のLAV-25。海水を浴びることを防ぐためか、主砲である25mm機関砲の砲身が抜かれている。米海兵隊の主力AFVであるが、最初の配備から40年近く経つ

 

オセアニア地域最大規模の多国間軍事演習である「タリスマンセーバー」が今年も行われた。トータル19か国が顔を揃え、オーストラリア全土で連日実戦的な訓練を繰り広げていった。前回に引き続きその訓練の模様をお伝えする。今回は主として米豪含む多国軍を中心にまとめてみた。

 

上陸直前のLCAC。後部にある2基のプロペラが巻き上げた海水や砂は、30mぐらいまで飛びまくる

 

 

あのネットミームキャラも登場!?

着上陸訓練

 

 前回に引き続き、多国間共同訓練「タリスマンセーバー25」の模様をお伝えしていく。
 期間中、実にさまざまな訓練が繰り広げられていくが、毎回必ず行われているのが多国間での着上陸訓練だ。
 スタネージにある砂浜では、米海軍のLCACを使った訓練が行われた。とにかく自然を大切にするオーストラリアらしいのだが、こうした場所で訓練をする際は、「環境保全幹部」が立ち会うことになる。例えば木を一本押し倒した、などはもってのほか。もちろん日本国内でもそこまでのことをしたら問題になりそうだが、ここではそれどころではない。車体が汚いだけでNG。理由は外から持ち込んだ土や埃で砂浜が汚れるから。移動中に汚れそうなものだが、それをすべての理由とされないように、最寄りのキャンプ・ティルパルで洗車し、証明書をもらう必要があるという。この証明書さえあれば、多少の汚れは目をつぶるという事なのだろう。外国軍は、この厳格なルールを知らず、環境保全幹部に怒られるケースが続出した。
 2隻のLCACが浜辺へとやって来る様子を撮影するため、ファインダー越しに見つめていると、思わず「ええっ!」と声を挙げてしまった。なんと船体右側にある操縦席の前に、SNSでお馴染みの“現場ネコ”というキャラクターが描かれていた。本来は安全確認するネコではあるのだが、たいてい何かしらを怠り問題を起こす若干迷惑な存在として認知されている。果たして米軍がその意味を知っているのか、何よりも描いた理由は是非とも知りたい。
 取材日は、主として人員輸送が行われた。それでもLAV-25やJLTVが何両も下りてくるなど、やはり米海兵隊の部隊規模には驚かされる。
 なおLAV-25の砲身は外されていたのだが、砂浜の奥にあるモータープールに到着するとすぐに装着していた。海水を浴びて錆びてしまうのを防止するためなのだろう。

 

LCACの操縦席前には何やら日本のSNS上で見なれたネコの絵が描かれていた

 

LCACから降りて来るJLTV。車両上部にある銃座の周りを防弾板で覆っている

 

この日のLCACは主として人員輸送だけだったので、リラックスムードで砂浜を歩く米海兵隊員

 

写真の海兵隊員が肩から掛けているのはMGL-140グレネードランチャー発射機。本体中央部は回転式チャンバーとなっており、最大6発装填できる

 

 

多国間で敵を撃て!

Combined Joint Live Fore

 

アメリカ、オーストラリア、シンガポールによるHIMARSの射撃。次々と撃ち出され、土煙によりもはや車体は見えない

 

 訓練期間中、連日のようにショル・ウォーターベイ演習場にて実弾射撃訓練が行われていたが、その総仕上げとなったのが、7月14日に行われた「Combined Joint Live Fire」であった。CJLFと略して呼ばれており、日本語に訳すと「合同統合実弾射撃」となる。
 ここで使われる合同とは各国軍の連携を意味する。さらにオーストラリア空軍のF-35Aも参加し、陸海空軍の統合も成し遂げた。こちらの訓練には日本も参加し、陸上自衛隊の第8高射特科群の03式中距離地対空誘導弾が射撃を行った(詳細は先月号を参照)。
 中でも圧巻だったのが、アメリカ、オーストラリア、シンガポールによるHIMARSの一斉射撃だった。射撃号令と共に各車がほぼ同時に発射。それも連続での射撃となっており、数分間にわたり演習場に轟音が響き続けた。煙の尾を引くロケット弾が蒼空に吸い込まれるように飛んでいく。ただし、地面は土煙で覆われ、もはや何も見えない状態となった。
 この射撃に引き続き、今度はアメリカ軍のM777 155mm榴弾砲や韓国軍のK90 155mm自走榴弾砲が射撃をしていく。
 こちらの攻撃に対し、敵がミサイルを撃ちこんできたため、日本の出番となった。03式中距離地対空誘導弾が発射され、敵ミサイルを見事撃破した。
 CJLFは「タリスマンセーバー25」の見せ場の一つとなっており、国内外の多くの関係者が招待され、日よけ用の大きなテントの中から射撃訓練を見学していた。
 ここで面白いなと思ったのが03式中距離地対空誘導弾の説明だった。陸自では略して”中SAM”と呼んでいるが、各国軍関係者も同じように呼んでいた。配られていたパンフレットを見ると「Chu-SAM」と書かれていたのだから当然だ。しかし、この”Chu” が、中距離を指す言葉であるとの表記はなかったので、理由は分からず固有名詞としてみなに覚えられていったようだ。

 

ウクライナ側のHIMARSがロシア軍機甲部隊に対し、かなりの戦果を挙げたことで、世界的にも有名となった装備だ

 

射撃終了後、アメリカとシンガポールのHIMARS部隊の隊員たちが記念撮影を行った

 

シンガポール陸軍のHIMARS。車体のカラーリングが少し明るい

 

整列するシンガポール陸軍兵士。肩から掛けているのは、同軍の主力小銃であるSAR21。ブルパップ方式のアサルトライフルである

 

米軍のM777 155mm榴弾砲の射撃。昔ながらの車両けん引式の大砲だ

 

 

韓国陸軍が大活躍

輸出を念頭に置いたプレゼン射撃

 

K239多連装ロケットによる射撃。激しい煙と炎が車体を包み、かろうじて発射機の一部が見える

 

射撃を無事大成功で終わらせた韓国陸軍砲兵部隊。K239多連装ロケットの前に整列し、笑顔で記念撮影を行っていた

 

 今回の射撃パートで、これでもかと力が入っていたのが韓国陸軍だった。というのも、今回韓国は、多種多様な装備品を持参してきた。
 まず、各国のHIMARSとともにK239多連装ロケットが射撃を行った。こちらは、韓国で研究開発から生産までを行っている国産の多連装ロケットだ。ハンファ8×8トラックをベースとした装輪式の車両の背中に、箱型のランチャーが載る。133mmロケット弾であれば最大40発、230mmロケット弾であれば最大12発が搭載可能だ。2015年から配備を開始し、ポーランドやUAEにも輸出されている。
 そして、K1A2戦車も参加。米クライスラー社が設計し、ヒュンダイロテムが製造した韓国国産戦車であるK1をベースとしている。当初主砲は105mm砲であったが、その後120mm砲へと改めたK1A1戦車が開発された。こちらをアップグレードしたのがK1A2だ。2022年までにすべてのK1A1がK1A2となった。
 現在主力戦車として配備しているのが、2014年より配備を開始したK2戦車であるが、ネットワーク化し新しく生まれ変わったK1A2も並行して使っている。そればかりか、すでにK1A3も誕生している。今回「タリスマンセーバー25」では、射撃訓練が行われたが、どうやら目的の中には、K1A2の輸出を念頭に置いたプレゼンテーションという側面もあったように見受けられた。
 同じく「売り込みなのでは?」と思われたのが、K9 155mm自走榴弾砲だ。韓国陸軍では1300両を配備しているが、その他に2000両近くが輸出されている。採用国は10 ヶ国にも及び、その一つがオーストラリア陸軍だ。射撃訓練を実施した後は、車内を含めて各国軍関係者へと展示していた。

 

世界には数多くの155mm自走榴弾砲があるが、韓国製のK9は売れに売れている。採用国はノルウェー、エストニア、フィンランド、ポーランド、インド、トルコ、オーストラリア、ルーマニア、エジプトの10カ国

 

90年代に配備してから少しずつ近代化改修をしていき、最新バージョンとなったK1A2。しかしすでにK1A3も誕生している

 

 

各国と協力して人命救助

統合衛生訓練

 

キャンプ・ティルパル内に手術室やレントゲン室、入院区画など目的の異なる医療テントが並ぶ。それらは通路で連結されており、写真は薬の入った戸棚が並ぶ薬局

 

 世界ではいくつもの多国間訓練が行われているが、その中に必ずと言って良いほど盛り込まれる重要な訓練がある。それが戦域での衛生訓練だ。前線で戦う味方に負傷者が発生したケースを想定し、トリアージから応急措置、そして手術までの一連の流れを演練するという内容だ。
 今回は、キャンプ・ティルパル内に多国間医療施設が置かれた。ここでは米豪を中心に、シンガポールや日本の衛生隊員等が常駐しており、統合衛生訓練が実施された。
 訓練の目的について、統合幕僚監部は、「各国軍と共に救護態勢を確立し、傷病者の発生に対応します。本訓練を通じて各国軍との連携及び信頼関係を強化します」(統合幕僚監部Xより)としている。
 日本チームの陣容は、陸自衛生隊長を中心に、陸自6名、空自6名で編成された。内医官は2名(陸空1名ずつ)、看護官は3名(陸1名、空2名)。ダミー人形を使い、実際にメスを入れるような実践的な訓練を行った。また、この医療施設は、「タリスマンセーバー」自体をバックアップしており、訓練中にケガをしたり気分が悪くなったりした兵士らも受け入れ、実際に治療を行っていた。
 現在、陸海空自衛隊では、こうした医療訓練を重視している。
 ここ最近では、国内で行われる訓練においても、規模の大小はあるが、後方補給訓練等と衛生訓練はワンセットで組み込まれている。日米共同訓練で実施されることも増え、中には日本南西諸島地域での戦闘で負傷した自衛隊員や米兵を沖縄本島へと受け入れるような生々しい訓練も行われている。

 

多国間訓練らしくMREのハラル食が用意されていた

 

 こうしてしっかりと衛生訓練を行うようになった目的は、後方地域だけでなく、戦闘地域においても、万全なる医療体制を確立したい考えがあるからだ。陸自の訓練では、方面や師団(旅団)の収容所及び野戦病院などで医官や看護官、救急救命士の資格を持った隊員が走り回る姿をよく見かけるようになってきた。そこには隊員の命を必ず守るという覚悟がひしひしと感じられる。
 今後は第一線救護から後方地域への搬送、さらに病院への受け入れまでの流れをしっかりと行うような訓練も増えていくのだろう。

 

戦闘にて重傷を負った想定の女性兵士の止血を行う陸自隊員

 

患者を模したダミー人形に、実際にメスを入れていく空自医官

 

キャプションオーストラリア陸軍が配備するMRAPブッシュマスター。陸自も輸送防護車との名称で配備している。写真は救急車バージョン

 

後部ハッチを開けると、担架ごとスムーズに載せられるような構造となっている

 

 

Text & Photos:菊池雅之

 

この記事は月刊アームズマガジン2025年12月号に掲載されたものです。

 

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