2025/09/03
戦場をリアルに再現した実戦的な訓練『AC-TESC 機械化部隊 戦闘訓練』
敵と味方に別れ、バトラーシステムを活用し、ガチンコ対決を繰り広げるAC-TESC。戦場をリアルに再現した実戦的な訓練だ。主催しているのは第7師団であるが、他の師旅団も参加。戦車王国たる北部方面隊らしく10式戦車や90式戦車が入り乱れて戦う大迫力の戦闘となった。

2025年6月2日から20日までの間、陸上自衛隊唯一の機甲師団である第7師団において、毎年恒例の「機械化部隊戦闘訓練」が、“北大演” こと北海道大演習場にて実施された。機械化部隊戦闘訓練評価支援センターにて行われることから、英語表記のArmored Combat – Training Evaluation Support Centerを略し、「AC-TESC」と呼んでいる。
訓練の目的は、「戦車中隊、機械化中隊に対して、AC-TESCによる対抗方式の実動訓練を実施し、諸職種を組織化した総合戦闘力を最大限発揮し得る練度の向上を図る」(第7師団広報用資料より)としている。
対抗方式と謳っているように、2つの部隊が、攻撃と防御、または遭遇戦という形で、戦闘を繰り広げていく。実戦さながらの戦場を再現し、ガチンコで対決をしていくのだが、訓練である以上、時間的区切りが設けられていることもあり、勝敗が決まる前に戦いが終わることもある。
リアルさを追求するため、交戦訓練装置バトラーが使われる。これは、光線銃(砲)で撃ち合う模擬戦闘システムであり、実際に弾はでないものの、コンピューター上にて、戦死、または負傷などと判定される。小銃にはプロジェクターと呼ばれる射撃の弾道をレーザーで送信する装置が取り付けられており、引き金を引くと、レーザーが狙った先へと飛んでいく。隊員の体には受光部が取り付けられていて、そのレーザーを受信する仕組みだ。もちろん受信したという事は、被弾したという事になり、当然ながら、受信しない方が良い。万が一、レーザーを受けると、ヘルメットに取り付けた発光部が点灯するとともに、体に装着した損耗現示器から警報音が鳴り響き、被弾を知らせる。その損耗現示器の画面には、負傷の状況・部位も表示され、被弾箇所が分かる。それにより、最悪な場合、死亡という判定が下される。




同様の装置は、戦車をはじめとした車両にも取り付けられる。戦車であれば主砲と連動し、砲弾の代わりにレーザーが飛んでいく。その際、主砲の付け根部分にある小さい箱の中から破裂音がして、白い煙が立ち上る。視覚的にも射撃をしたことが分かるようにするためだ。一方、攻撃を受けた場合は、車体に取り付けられた受光部が反応し、点灯。これにて被弾したことになり、コンピューター上にて判定が下される。小破であれば、戦いを続行できるが、大破であれば、もう動くことが出来ない。
小銃や戦車など、直接照準して射撃する直射火器のみならず、特科火砲による間接照準による曲射火器の攻撃結果もしっかりと反映される。その場合、複数の隊員たちから警報機が一斉に鳴り響き、広い範囲で被害を受けた事が分かる。
こうして、死亡や大破という結果となったら、そこでゲームオーバー。戦いに復帰することは出来ない。
南恵庭駐屯地に置かれた訓練センターの白い大きなテント内では、こうした戦闘の様相が一目で分かるように、大型のモニターが設置されている。そこには、GPSにより両部隊の位置情報が正確に表示される。あわせて、バトラーによる交戦情報がリアルタイムで映し出されていく。さらに演習場内にはカメラがいくつも設置されており、センター内では、その映像も戦闘状況を知る重要な情報源として活用される。さらに現場では、ヘルメットに白いテープを巻いた審判員が、隊員たちに同行し、目視によるジャッジを行う。
訓練前に、隊員たちが行う事がある。それは、バトラー用の送信機と銃口のズレを修正する「視準校正」だ。この2つを整合させないと、命中させることができない。「視準校正」は、小銃から84mm無反動砲、さらには戦車や装甲車まで、すべての武器に対して行われる。バトラーの各パーツは、自分たちで小銃へと装着していく。ドライバーや指を使い、はめ込んでいく。これが終わると、テント内にある標的に向けてレーザーを送信し、ズレがあれば修正していく。みな慣れたもので、早い人は5分もかからず終了していた。
この作業が終わるといよいよ戦闘開始となる。




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連日さまざまな部隊が対決していく。その中で、6月6日の第11普通科連隊第5中隊と第2戦車連隊第4中隊による戦闘が報道公開された。第11普通科連隊が青部隊となり攻撃、第2戦車連隊が赤部隊となり防御する。
第2戦車連隊は、第7師団と同じ北部方面隊に属する第2師団の隷下部隊だ。道北の防衛警備を担当しており、東西冷戦時代は、まさに対ソ最前線を守って来た。
第2師団では1個戦車連隊を編成している。第7師団以外で、戦車部隊を連隊規模で編成しているのは、第2師団のみだ。この第2戦車連隊では、10式戦車と90式戦車を運用しており、今回の参加部隊である第4中隊は、10式戦車を配備している。




青部隊の編成は、中隊本部、89式装甲戦闘車を配備する第1~3小隊に加え、90式戦車からなる2個戦車小隊、高射特科、施設科の各部隊が増強された。
対する赤部隊の編成は、中隊本部、10式戦車を配備する第1~2小隊に加え、第26普通科連隊や高射特科、施設科の各部隊が増強された。
さらに双方の部隊には、対戦車ヘリAHと想定したUH-1もそれぞれ配備されていた。やはり空からの攻撃支援は重要だ。後述するが、昨今の流れを受け、攻撃型ドローン(想定)も含まれた。
両部隊はほぼ同じ場所からスタートする。双方、「命令下達」が行われ、戦いの方針が決まる。北大演は、かなり広い演習場ではあるが、使える経路は、ある程度決められているそうだ。
そして訓練開始とともに両部隊は一気に前進していく。赤部隊は、道路上に地雷を設置して、閉塞する。プラスチックの模擬地雷ではあるが、ここを通るためには、実際と同じ処理作業が必要となる。踏めば、即座に死亡判定が下される。
開始1時間、早速戦闘が起きた。稜線上から赤部隊の10式戦車が青部隊を攻撃している。反撃される前に、慌てて後退する。その上空では、UH-1のローター音が響き、赤部隊の戦車は、さらに林の奥へと隠れる。
前述したように、今回は攻撃型ドローンが配備された。これも、ロシアによるウクライナ侵攻にて、ウ露双方が偵察型や攻撃型などの多種多様なドローンを運用し、戦果を挙げているからこそ盛り込まれたのは間違いない。戦車の弱点である砲塔上面を狙った自爆型ドローンによるトップアタックや開いたハッチ目掛けてピンポイントで爆弾を投下するなど、爆撃機には不可能な細かい攻撃は、全世界の戦車乗員を震え上がらせた。




今回は、無線誘導式小型消耗航空標的機RC-CATを攻撃型ドローンに見立てた。この攻撃型ドローンが飛んでいる間は、隊員も車両も隠れていなければならない。時間や旋回する回数を決め、その間は潜んでいるか、ドローンジャマー(想定)により攻撃をする。
青部隊の89式装甲戦闘車の後部ハッチから、普通科隊員が下車した。赤部隊の10式戦車が遠くに見える。無反動砲などをかまえた隊員が林の中を駆け抜ける。その後方から、90式戦車が援護射撃をしていく。
その戦いの最中、立ち往生する90式戦車があった。昨日まで雨が降っていたせいで、演習場は激しくぬかるんでおり、そこに足を取られたようだ。そこへ赤部隊の攻撃が容赦なく行われ、その戦車は破壊された。
さらに赤部隊を追い詰めるべく前進する青部隊は、経路上に地雷原を発見。そこで、施設科隊員が直接爆発物を仕掛け、誘爆処理する昔ながらの方法をとった。終了後、90式戦車がそこを通ろうとした際に、審判から「まだ地雷は残っている」というジャッジが下され、さらにもう一度同じ爆破作業を行う一幕も見られた。別の場所では、ドローンから地雷原に爆発物を投下して、誘爆処理する珍しい方法も試した。
こうして2度目の処理が終わり、ようやく青部隊の大進撃が開始されるも、その先にあった赤部隊の地雷原にて、90式戦車が1両破壊されてしまった。
こうして一進一退の攻防が繰り広げられていった。



Text & Photos:菊池雅之
この記事は月刊アームズマガジン2025年10月号に掲載されたものです。
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