ミリタリー

2024/06/28

“本来の姿”に戻った総火演「令和6年度 富士総合火力演習」

 

“本来の姿”に戻った総火演をレポート

 

 2024(令和6)年5月26日、静岡県の東富士演習場において恒例の富士総合火力演習(総火演)が行なわれた。国内最大規模の実弾演習であるこの総火演は、近年直接の一般公開をなくし、陸上自衛隊の火力戦闘様相(実弾を用いた戦闘の様子)を自衛官に展示するという本来の姿に戻っている。これまで以上に現実的な展示が見られた令和6年度の総火演を、即応予備自衛官でもあるフォトグラファー、武若雅哉がレポートする。

 

10式戦車

 

スラローム射撃を披露する10式戦車。高度な演算処理能力を持つ射撃統制装置や高性能な砲安定装置のおかげで、車体が激しく動揺する中でも正確に射撃できる

 

再スタートした総火演

 

 総火演は1961(昭和36)年から開始された。その目的は、主に陸上自衛官の若手幹部などに現代戦闘の様相を認識させるための教育演習だった。
 迫力ある実弾射撃は広報効果もあるとして、1966(昭和41)年から一般公開も行なわれるようになり、徐々に人気を博していった。
 近年まで一般公開されていた時には、約3万人もの来場者があった総火演。入場チケットの転売などが行なわれるほどの人気イベントとして認知され、総火演そのものも「エンターテイメントショー」としての色合いが強くなっていった。
 それはそれでよかったのだが、自衛官に向けた教育演習という本来の目的から逸脱し始めたのも事実だ。
 この流れに転機が訪れたのが、コロナウイルス感染症の世界的な蔓延である。感染症拡大を防ぐために一般公開を取りやめ、部内向けの行事として総火演は再スタートを切ったのだ。
 それ以降、一般来場者向けの大規模な駐車場の準備や、交通誘導やシャトルバスの運行など様々な面で部隊に大きな負担となっていた諸業務がなくなり、徐々に本来の教育演習に集中できる体制へと変化していった。
 その一方で、国民への説明は依然として必要であることから、総火演をライブ配信するという手法に切り替えたため、一部の招待者を除き、一般人は総火演の見学に行けなくなっている。

 

01式軽対戦車誘導弾

 

LAVから発射される01式軽対戦車誘導弾(01ATM)は、小銃小隊が持つ対機甲戦闘用の装備だ。低伸弾道モードとダイブモードを選択可能で、戦車などには装甲が薄い上部を狙うダイブモードが選択される

 

中距離多目的誘導弾

 

こちらは普通科部隊の対戦車小隊などに配備される中距離多目的誘導弾。従来の対戦車誘導弾を凌駕する性能を持つため、様々な相手に対して有効な一撃を加えることができる

 

90式戦車

 

90式戦車から発射される対戦車榴弾(HEAT-MP)が見えている1枚。運動エネルギーで敵の装甲を撃ち破る徹甲弾と異なり、成形炸薬による爆発が生み出すモンロー/ノイマン効果で装甲を破るのが対戦車榴弾だ

 

M24/M24A2 SWS

 

2002年度から調達が開始されているM24対人狙撃銃。向かって左側は従来型のM24で、右側の射手はサプレッサーを装備するM24A2を射撃した

 

リアリティを増した“火力戦闘様相の展示”

 

 こうした背景を持つ総火演だが、今年の内容はこれまでの総火演とは大きく様変わりし、まさに原点に立ち返った内容となっていた。

 大きなテーマとして掲げている島嶼防衛には変化はなく、前段演習もそこまで大きく変わる内容ではなかった。しかし、ガラリと変わったのが後段演習であった。
 これまでの後段演習は、シナリオ説明があり、会場では撃てない装備品はスクリーンで紹介されていた。戦闘職種が持つ様々な火器を射撃しながら敵を撃退し、最後は戦車部隊を先頭に敵陣地へと飛び込んでいく所で終わっていた。
 しかし、今年の総火演は即応機動連隊を主軸とした戦闘団が登場するだけで、87式偵察警戒車や偵察オート、89式装甲戦闘車などは参加しなかった。また、戦車火力としてメインで登場したのは90式戦車で、10式戦車はあまり見せ場がなかった。
 他方、即応機動連隊が想定する戦い方という点では、非常に理にかなった演習構成となっており、ドローンや16式機動戦闘車による偵察および火力誘導に加え、敵の勢力を減殺するため小銃小隊が会場の左右に広がり攻撃しつつ、敵のドローンには87式自走高射機関砲が対応している。
 なによりも、連隊と師団のやりとりや、連隊と中隊、そして小隊間の無線交信をリアルに聞くことができたのには驚いた。無線は専門用語が飛び交い、ある程度の教育を受けた者でなければ理解できない内容であったが、これが本来の総火演の姿なのだろう。
 これまで重視していたエンタメ要素をすべて排除し、実際の戦闘の様相を見事に展示した今年の総火演だが、それだけ日本の安全保障は危機に瀕しており、現役の自衛官だけではなく、我々国民にも暗に危機感を伝えようとしていたのかもしれない。

 

V-22オスプレイ

 

離島防衛の“切り札”とも言われる水陸機動団を空輸するV-22オスプレイ。ヘリよりも速く後続距離も長いというティルトローター機の特性を活かし、部隊の迅速な機動展開に大きく貢献する

 

19式装輪自走155mmりゅう弾砲

 

砲塔を斜めに向けて射撃する19WHSP。GPSを搭載しており、指定した位置に車輌を置けば砲塔を旋回して射撃できるため、従来のFH70と比べ陣地進入から初弾発射までの時間は大きく短縮された

 

UH-2

 

UH-1Jの後継機種として急ピッチで配備が進められているUH-2。今年は総火演では初となるリぺリング降下を披露し、急上昇、急降下、急旋回で会場を飛び回った

 

AH-1Sコブラ/96式多目的誘導弾システム/87式自走高射機関砲

 

陸自が持つ対戦車ヘリコプターAH-1Sと87式自走高射機関砲(87AW)。数年後には退役を迎えるといわれているAH-1Sとのコンビが見られるのも、あとわずかだろう。なお、奥の偽装網に隠れているのは96式多目的誘導弾システム

 

TEXT: 武若雅哉

 

 

この記事は月刊アームズマガジン2024年8月号に掲載されたものです。

 

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