ミリタリー

2022/03/21

ガバメントからM92Fへ ~米軍制式採用拳銃の交代が示すもの~【コラム】

 

その時、銃の歴史が動いた


 近年、米軍の拳銃がM9からM17へと、ほぼ35年ぶりに更新された。筆者もその発表現場に居合わせた(2020年1月のショットショー)。当時は別の大きなプロジェクトにかかりきりだったため、末端戦術の拳銃の更新は完全にオフガードで、予備知識がまったくなかった。SIG SAUERが厳しい情報統制を敷いていたという事実もある。ただ異様な雰囲気は感じていた。会場に着くと、まず「あれ? 今年はやけにSIG SAUERのスタッフが多いな」とすぐに目についた。それにSIG SAUERのブースには、インタビュー用のセットアップが多数設置されていたのだ。このように鳴り物入りで登場したM17拳銃だが、熱はすぐに冷めた。拳銃は軍隊においては末端戦術であるのと、口径がM9拳銃と同じ9mmであるため、有効射程距離等で変化はまったくないからである。同じ弾薬を撃つのだから当然の話だ。もちろん拡張性が高くなり、その用途の多様性が格段に広がったので、運用という面では基本訓練を出たての憲兵の新兵から、軍歴15年のベテラン特殊部隊員まで対応できる。

 

M1911からM9へ

 

カスタマイズされたガバメントモデルを撃つ筆者

 

 さて、今回は1世代前の米軍制式採用拳銃の更新について述べてみたい。今回の更新と違い、前回は大きな変化があったのだ。M1911拳銃からM9拳銃への更新である。何が大きな違いかというと、口径が45口径から9mmへと更新されたのだ。筆者がミシガン州立大学ROTCの士官候補生になったのは1993年だから、その時点で更新から8年が経過していた。なので予算分配の優先度が低いROTCの武器庫でさえ、M1911はなく、すべての拳銃がM9に更新されていた。よって更新時の直接的な混乱は知らない。ただROTCの教官にベトナム従軍経験を持つブロス一等軍曹がいて、「フォーティファイヴのほうが良かった…」と言っていたのを聞いた記憶がある。アメリカには45口径神話というものがあり、「9mmでは相手は倒れないが、45口径なら1発で仕留められる」という先入観がある。特に古いタイプの人間にこの考えの人が多い。これは間違ってはいないが正確ではない。9mm弾であっても急所に命中すれば、1発で人間は無力化する。

 

45口径から9mm口径への転換


 ではなぜ45口径をやめて9mm口径に移行したのだろうか。これにはNATOスタンダードが大きく関係していた。当時の世界は冷戦の真っただ中であり、NATO諸国は弾薬を含めた運用の統合の必要性を認識していた。「小銃弾薬は5.56mm、拳銃弾薬は9mmで統一」という結論に至った。その結果、NATO諸国は拳銃の弾薬は9mmに統一し、現在もその状況は継続している。筆者自身の考えでは、拳銃弾薬を9mmに統一したのは最良の選択だったと考える。その証拠にその後36年経過しても、その代役が現れていない。M9からM17になっても9mm弾薬は継承されている。
 9mm弾薬の最大の利点はやはりその装弾数にある。M1911が7+1発だったのに対し、M9では15+1発という2倍以上の装弾数は現在ではスタンダートとなったが、当時としては革新的だった。軍隊では装弾数が多い方が有利なのは言うまでもない。やはり装弾数の多さがM1911からM9へと移行した最大の理由だろう。

 

主流を迎えた9mm口径


 NATO諸国だけでなく、米国の警察もこの流れに乗り、9mm口径の半自動拳銃が主流になっていった。特に犯罪多発都市であるロサンゼルスを管轄するLAPD(ロサンゼルス市警)は米軍と同じM9拳銃を採用し、長年に渡って使用され、ロサンゼルスの治安を守ってきた。ちなみに警察機関のほとんどは、9mm半自動拳銃へと移行する以前は.38口径のリボルバーを使用していた。リボルバーの装弾数は6発である。そして何よりリロードに時間がかかる欠点があった。次にコスト面の利点だ。45口径弾薬は9mm弾薬の倍近い値段がする。米軍のように大量の弾薬を使用する組織にとって、これは非常に重要な問題だ。古今東西、軍事予算は無駄使い、と考える人種が多いので、これは予算担当の部署にとっても歓迎すべき更新だったのだ。

 

PHOTO:U.S. Army

 

筆者自身の経験

 

 では筆者自身の経験をここで語ってみたい。前述したように、筆者が米軍に入隊した時点で、すべての拳銃がM9へと更新されてはいたが、1911を撃つ機会は多々あった。筆者自身もM1911を所有している。その経験から、軍人としてユーザーの視点からの意見を述べてみたい。

 

  • フィールドストリッピング


 M1911とM9の最大の違いを感じたのは、フィールドストリッピングを行なった時だ。レベル1メンテナンス(ユーザーが行なう保守作業)が、M9は格段に簡単だった。M9の分解結合はすぐに覚えたが、M1911はかなり時間がかかったのだ。M9の構造はとにかくシンプルで、スライドストップピンすらない。部品点数も少なく、分解時に失くす心配はほぼ皆無だ。それに対してM1911の部品点数は多く、分解時にはトレイか何かに入れて細心の注意を払わなければならない。こういった点はエンジニアリングの進化をモロに感じた。というかもはやどうしようもないレベルに達していたと言っていいだろう。

 

  • アンビデクストラス(左右対称)


 左右対称なのもM9に軍配があがる。M9の安全装置は左右にあるが、M1911は片側にしかない(アフターマーケットでアンビのセーフティレバーに交換することは可能)。マガジンリリースボタンもM9では簡単に左側から右側にスイッチできた。米軍には左利きの射手も多いので、この利点は非常に意味が大きい。そしてM9の最大の利点はその安全性にあった。M9は安全装置をONにしておけば、暴発の危険がなくチャンバーに弾薬を装填できる。それに対してM1911は安全装置をOFFにしないとスライドが引けないのだ。そして弾薬をチャンバーに装填後、安全装置をマニュアルでONにしなければならない。射手が訓練されていれば事故は起きないのだが、軍隊は部隊や個人によって訓練水準に大差がある。この点のみでも、M1911は消えていく運命にあったと言えるだろう。

 

  • 射撃面


 肝心な射撃でもM9が優れていた。M1911は反動が大きいため、使いこなすには相当数の撃ちこみが必要となってくる。反動を効率よく流すには身体全体(スタンス/バランス/グリップ)を使って行なわなければならないが、M9では反動が少ないので非常に撃ちやすかった。これはM9だけでなく、9mm口径の拳銃すべてに当てはまる。

 

PHOTO:U.S. Army

 

まとめ

 

 M9からM17に更新されたのは車で言えばマイナーモデルチェンジであるが、M1911からM9に更新されたのは、フルモデルチェンジであった。いま当時を振り返って考えると、M9は革新的な拳銃であり、その性能は時代の最先端を走っていた。また『ダイ・ハード』シリーズに代表されるハリウッド映画などにも多く登場し、その知名度を上げたのも無視できない事実だ。いずれにしても、M9拳銃は筆者にとっては軍歴を通じて最初から最後までお世話になった拳銃であり、戦友である。M1911から米軍制式採用拳銃の座を引き継いで、見事にその任務を果たした。「長い間、お疲れ様でした」の一言を送りたい。

 

ベレッタM9。M1911A1に比べれば短いが、それでも冷戦時代からイラク・アフガニスタン戦争を経て30年以上に渡り米軍制式拳銃を務めた(PHOTO:Tomonari SAKURAI)

 

TEXT&PHOTO:飯柴智亮

 

この記事は月刊アームズマガジン2022年3月号 P.44~45をもとに再編集したものです。

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