2025/10/14
昭和大好きかるた 時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る 第38回「よ」
時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る
第38回
よ
寄席
令和となってはや幾年。平成生まれの人たちが社会の中枢を担い出すようになった今、「昭和」はもはや教科書の中で語られる歴史上の時代となりつつある。
でも、昭和にだってたくさんの楽しいことやワクワクさせるようなことがあった。そんな時代に生まれ育ったふたりのもの書きが、昭和100年の今、"あの頃"を懐かしむ連載。
第38回は、刃物専門編集者の服部夏生がお送りします。
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先日、久しぶりに寄席に行った。
きっかけは、落語にまつわるインタビューの依頼を受けたことである。一夜漬けでもいいから情報を仕入れようと、この連載の取りまとめをしてくれているC氏に連絡をとった。
彼は落語好きなのである。
「お前、寄席行きなよ。現場の空気を味わうと、ぜんぜん違うから」
ひと通りレクチャーを受けた後に言われたアドバイスにしたがうことにした。
想像をはるかに超えて、面白かった。
客層は年配の方々が中心だが、皆よく笑う。正直イマイチなオチでもちゃんと笑う。多分、場を盛り上げようと考えてのことだろう。噺家も講談師も漫才師も、その意を汲んでか、ちゃんと客席いじりをする。皆でつくる場の空気が温かくも楽しくて、ぼくも笑いっぱなしだった。
ヒゲダンスのテーマ曲はソウル好きの志村けんが推薦したそうです
隣に座った見ず知らずのおじさんと顔を見合わせて笑いながら、この感じ、幼い頃もあじわったなあ、と思い起こした。
おぼろげな記憶である。
僕は母親に連れられて、大きな公会堂みたいなところで椅子に座っていた。
ゴキゲンな曲が流れると、舞台に黒の燕尾服に口髭をたくわえた二人組が出てきた。彼らは奇妙な振り付けで舞台を動き回り、片方が構えたサーベルに、もう片方がリンゴを投げてうまく刺そうとした。成功すると、再びひざを大げさに上下させながら動き回った。
おかしくておかしくて、ずっと笑っていた。会場の他のキッズたちも爆笑である。それを見た二人組の片方が、アンコールを要求して、ぼくたちは全員で手を叩きながらアンコールと叫び続けた……。
それ、ドリフ。ドリフターズ。『8時だョ! 全員集合』の公開録画だろ。加藤茶と志村けんのヒゲダンスだろ。
賢い大人は皆そういう。僕もずっとそう思っていた。
だが、どうも怪しいのである。
ドリフの定番、タライが落ちてくるところも、舞台の早変わりも見た記憶がない。
「しむら〜うしろうしろ〜」って叫んだと思い込んでいたけど、よくよく思い出すと、それは舞台じゃなくて、夏休みに従兄弟たちとテレビを一緒に観た時のことだったような気がする。
要するに僕はニセモノを見て、笑っていたのである。
本物を観ておきたかった、という後悔はもちろんある。
でもニセモノだと知ってからも、思い出は色褪せるなく、今も僕のクロニクルの中でまあまあな大きさの級数で記録されているのである。
彼らが面白かったのと同時に、笑いや手拍子で僕たちも場の空気を作りあげていた感覚がたまらなく楽しかったからである。
『おしん』は昭和58年から1年間放映された朝の連続テレビ小説です
考えてみると、僕が少年時代を過ごした昭和50年〜60年代は、テレビは一家に一台、ビデオなんて便利なものが一般家庭に普及するのはもう少し先だったから、家族皆が茶の間にあつまって同じ番組を観ていた。
昭和はよかったと強引に結ぶのが、この連載の趣旨としては正しいのだろう。でも、楽しかった思い出はあまり残っていない。むしろ、観たくないものを観ざるを得なくて、嫌だった記憶の方が強く残っている。だから、各自が好きなものを見たり聴いたりできる今の方が、ずっとずっと健全だと思う。
でも、オーディエンスも一緒になってその場を楽しもうという「生」の空気に触れると、他に代え難い魅力を感じることも事実である。
コンサートや演劇はもとより、映画館でだってそれは味わえる。
だが、寄席のようなベタなくすぐりやいじり付きの「昭和の香り」がそこにあると、魅力は3割くらい増すのは、僕が昭和生まれだからなのだろうか。
◆
平成が終わる頃に赴いた会津地方にある温泉宿の演芸場で、大衆演劇の一座の公演を観たことがある。
同席したのは、マイクロバスに乗って山を超えてやってきた山形県のとある村のご一行さま。有志で積立して年に一度、農閑期にこの宿に泊まりにくるのが恒例なのだ、という話を、前夜の温泉でおじいさんたちから聞いていた。
大衆演劇の座長は、そんな場の空気を一瞬にして読み取った。
「今日は、皆様お住まいの山形県を舞台にした『おしん』から、母娘別れの場面を演じさせていただきます」
そう言うと、歴代の朝の連続テレビ小説の中でも最高傑作とされる『おしん』屈指の名シーン「少女のおしんが口減らしのため奉公に出る際の、舟に乗せられて最上川を下る場面」を、いきなり演じ始めた。
おしん役の子役が「おっかあ!」と泣き叫ぶ。因業な人買いが引っ張り、母親が泣き崩れる。
あら筋は知っていたものの、ドラマは観ていなかったから、どうも入り込めないと思っていたら、周りから嗚咽が漏れてきた。
え、と見回すと、おばあさんたちがハンカチや手拭いで目を拭いている。軒並み啜り泣いるのである。まじ、とさらに見回すと、おじいさんたちは舞台を観ながら深く頷き、お捻りを舞台に投げているのである。
涙とご祝儀に乗せられて、子役はさらに「おっかあ」と声を張り上げ、人買いはますます因業に、母親はますます泣き崩れる。
演者と観客が一体となってつくりだす場のパワーは「お、昭和レトロ、レアでキッチュじゃん」と斜に構えたちっぽけな魂なんぞたちまち飲み込んでしまい、僕はいつのまにか目に涙を浮かべながら、手が赤く腫れるまで拍手をしたのである。
ソウルフルな熱気は終演後も続いた。
先ほど阿鼻叫喚を演じた少女が笑顔でざるを持って客席を練り歩くと、次々に手が伸びて、ざるにお札が投げ入れられていく。続いてお母さん役が温泉まんじゅうを持って歩くと再び次々に手が伸びて、飛ぶように売れていく。
劇団員全員の深々としたお辞儀で公演が終わり、皆も席を離れてしばしして、ようやく熱気にあてられていた僕も我に返った。
手元には温泉まんじゅうの箱が数個と、もともと安売りハムカツのごとく薄かったのがさらに薄くなった財布。
うまく乗せられたなと思いながら、でもいいや、楽しかったし。そう心から思えるような温もりを、あとからもしみじみ味わえるところもまた、昭和から連綿と続いている「古き良きエンタメ」の魅力なのだろう。
寄席、いいですよ。昭和文化に幾分かでも興味があってまだ行ってないって方は、ぜひ一度行ってみるのをオススメします。
寄席で知る 昭和仕込みの 生力(なまぢから)
TEXT:服部夏生
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