2025/07/05
オールドモデルガンアーカイブ:1960年代を席巻した指ブローバックの世界【前編】
今ではガスブローバックや電動ブローバックが有名だが、金属モデルガン全盛期の1960年代に大人気だったのは「指ブローバック」。別名、ダブルアクション、指アクション、スライドアクション、タニオアクションなどとも呼ばれた。あらためて指ブローバックの名銃を振り返ってみよう。
MGC
ワルサーVP-Ⅱ(1962)
1962年、初めての純国産モデルガンとして、ハドソンのモーゼル大型軍用拳銃とほぼ同時期に発売されたのがMGCのワルサーVP-Ⅱ。
ハドソンのモーゼルがすべての操作を手で行なう手動式だったのに対して、MGCのVP-Ⅱはトリガーを引くだけでスライドが連動して動き、カートリッジの装填・排莢を繰り返すことができた。その作動が楽しく、発火モデルなら、カートリッジの頭部に火薬を詰めておけば、装填と同時に撃発させて轟音を発することもできた。
リボルバーのダブルアクションに似た動きなので、ダブルアクションと呼ばれることもあったが、リボルバーとの混同を避けるためもあって、スライドアクションとか指ブローバックと呼ばれることが多くなっていく。
もともとは輸入トイガンに同様のメカニズムがあったらしい。それをMGCのトイガンデザイナー小林太三さんがモデルガン用にアレンジして、大人が日本国内で安心して楽しめるメカニズムとして完成させた。そこから後にタニオアクションとも呼ばれるようになる。
VP-Ⅱは大ヒットとなり、カートリッジ頭部に火薬を詰め、チャンバーの先に前撃針があり、銃身内には改造防止のインサート硬材を鋳込むというのがそれ以降のモデルガンの標準仕様となった。スタンダードを作ったモデル、それがVP-Ⅱだった。

DATA 主材質:亜鉛合金ダイキャスト、ABS樹脂(グリップ)
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MGC
ワルサーPPK(1964)

1963年、日本で映画『007は殺しの番号』(のちに『007/ドクター・ノオ』に改題)が劇場公開された。これは大ヒットとなり、それ以降スパイ映画が人気となるきっかけの作品となった。そして同時に007の銃、ワルサーPPKも大人気となった。
そこで作られたモデルガンが、MGCのPPK だった。これはMGCのオートマチック・ハンドガンとしては3作目にあたるが、実在の銃をモデルガン化したのは初めてだった。もちろんリボルバーでは前年に実在のS&Wチーフスペシャルとハンドエジェクターを発売し、初のリアル仕様スウィングアウト・リボルバーとして空前の大ヒットを放っていたが。
PPKのメカニズムは、VP-Ⅱと同様の指ブローバック。トリガーを引くだけで映画のようにカートリッジが飛んで、連射もできる!
完成したモデルガンは、007映画とタイアップするため日本の映画会社に持ち込まれ、第2作『007/危機一発』(のちに『007/ロシアより愛をこめて』に改題)の日本版ポスターに使われることになった。そして1964年4月の日本公開時、東京の日比谷映画劇場で展示された。
このタイアップによりPPK人気はうなぎ登りとなり大ヒット。ついにはコピー商品までが登場する事態となった。そして007人気とともにPPK人気も続き、1967年には実寸大のニューPPK(PPK2)が発売された。
さらに1970年には完全新規設計でPPKをリメイクすることになり、レアもののイーグルグリップを装着したヴァッフェンSS PPK(PPK3)が作られた。この時メカニズムにもさらなる改良が加えられ、指ブローバックはほぼ完成の域に達していたが、時代はリアル志向へとシフトしていき、紙火薬を使ったデトネーター方式ブローバックが登場すると、それ以降MGCで新たな指ブローバックが作られることはなかった。

DATA 主材質:亜鉛合金ダイキャスト、ABS樹脂(グリップ)
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※モデル名などは、基本的にはメーカー表記に準じていますが、メーカー自身の表記にも揺らぎがあるため、本稿ではその時に参考にした資料に従って表記し、あえて統一していません。
TEXT&PHOTO:くろがね ゆう
この記事は月刊アームズマガジン2025年8月号に掲載されたものです。
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