エアガン

2025/02/01

モデルガン全盛期の華麗なるカスタムガバメントの世界 chapter.02

 

モデルガン全盛期の華麗なるカスタムガバメントの世界

 

PHOTO:Hisayoshi Tamai

 

 モデルガンのカスタム化は、弾丸が飛ばないので、もっぱらオリジナルの形状を好みに合わせてカッコよく改変することから始まった。そして光線を利用したシューティングシステムが登場すると、競技で好成績を収めるため、勝つための使い勝手を良くするカスタムへと発展していったが、快調ブローバック作動もまた重要な要素だった。

 

 前回はこちら 

 

※モデル名などは、基本的にはメーカー表記に準じていますが、メーカー自身の表記にも揺らぎがあるため、本稿ではその時に参考にした資料に従って表記し、あえて統一していません。

 

 

コンバットカスタム

 

 1971年10月20日に施行された改正銃刀法(いわゆる第一次モデルガン法規制)により、金属製ハンドガンは銃口を閉塞し、白または黄色(特例として金色も可)にしなければ所持できなくなった。


 そこで新たにMGCによって開発されたのがプラスチック製モデルガンだ。大幅に軽くなってしまうが、規制対象外なので、発火ガスを銃口から抜くことができた。これは当時MGCが開発したデトネーター方式で、快調なブローバック作動をさせるためには欠かせないことだった。

 

1978年、MGCはWAに先行してプラガバ(GM2)ベースの最初のコンバットカスタムを発売した

 

 そんなプラスチックモデルガンの第3弾として、MGCは1974年、ガバメント45オート(プラスチックガバメント、プラガバ、GM2)を発売した。「黒い。重い。ブローバック」として大人気となり、プラスチックモデルガンの普及に一役買ったモデルだ。


 他社でも徐々にプラスチックモデルガンが作られるようになった1978年、高級カスタムモデルからスタートしたウェスタンアームズ(WA)は量産モデルも手がけるようになり、MGCと技術提携した。そして社長の国本圭一さんが、プラガバをベースに、アメリカでの武者修行中に使っていた愛銃、ジム・ホーグのGMコンバットカスタム(通称K.K.スペシャル)を作りたいと申し出た。

 

キャップ火薬対応となったプラガバ(GM2)シリーズのラインナップを掲載した1978年当時のチラシ

 

 これがカスタムガバメントブームを巻き起こすことになる第一歩だったのだが、MGCはベースモデルの提供を快諾したものの、1つの条件を出した。MGCでも仕様を変えた廉価版のコンバットカスタムを作り、先行発売させて欲しいというものだった。

 

 話はまとまり、まずMGCがパックマイヤータイプのコンバットカスタムを2種類発売した。『丸トリッガー』と、『角トリッガー』だ。当時ノーマルのプラガバが7,500円だったのに対して、コンバットカスタムの丸トリッガーが15,000円、角トリッガーが19,500円だった。

 

プラガバ(GM2)ベースの初代WAコンバット・カスタム。ボーマーサイトにみんなが憧れた

 

 ちょうどその頃、旧Gun誌に連載していた国本さんのアメリカ武者修行の記事で、最新のコンバットシューティングのことも紹介されていて、コンバットカスタムが注目を集めていた時期だった。そこに快調ブローバックと、銃口からの迫力のファイアリングが楽しめるプラスチックモデルがぴったりはまり、大ヒットになった。


 ここで注目したいポイントは、リアサイトにプラスチックリボルバーの44マグナムM29のリアサイトが載せられているなど、プラモデルの技術を使えば個人でも作ることができそうな雰囲気があったことだ。プラスチックなら、高いお金を出さなくても、自分で作ることができるのではないか。そう考えた人も多かったようだ。ボクもその口で、余っているパーツや、壊れた銃からパーツだけ切り取り、接着したり、パテを盛ったりして自分なりのカスタムを作った。つなぎ目などは塗装してしまえば見えなくなる。色も自分の好みにできる。プラスチックモデルならではの面白さがあった。この時、自作カスタムもまたブームになったのだった。

 

初代WAコンバット・カスタムのバリエーション。真ちゅうの厚板を取り付けたヘビーウェイトグリップが人気となり、単品発売もされた

 

 そこへ、半年ほど遅れて、WAのGMコンバットカスタムが発売された。さすがに高級カスタムも手がけるWAだけあって、機械加工された金属製のボーマーサイトが載るなど、とてもシロートでは真似できないレベルのものだった。木製グリップも高級感が漂い、真ちゅう製のマガジンバンパーがカッコよかった。価格はなんと23,000円。しかし次々と売れ、たちまち大ヒット。その後多くのバリエーションか作られた。加えて、一部のカスタムパーツ、ヘヴィーウェイト・グリップなども単品発売され、さらにカスタムブームは盛り上がっていった。

 

MGC発行の小冊子『ガバメントのすべて』に掲載された、プラガバ(GM2)ベースのMGC創立20周年記念ガバメントカスタム、第二次世界大戦記念モデル2種、太平洋戦線記念モデルとヨーロッパ戦線記念モデル(写真は実銃のようだが)。各¥20,000とある

 

 そして1978年に革命的な玩具火薬、MGキャップが発売されると、その利便性の高さから一気に普及し、次々と対応モデルが発売された。もちろんコンバットカスタムもMGキャップ対応となり、追加購入や買い替え需要によってさらなるヒットにつながった。

 

 加えて、1979年、MGCがプラガバのバリエーションとして待望のマークIVシリーズ’70のナショナルマッチ・ゴールドカップカスタム(GM4)を発売する。プラガバはM1911A1のミリタリーモデルで、戦後のコマーシャルモデルとは微妙な違いがあった。そして実銃のコンバットカスタムの多くは、コマーシャルモデルがベースで、中でも射撃精度が高いとされる競技向けのナショナルマッチがベースにされていることが多かった。つまり、ナショナルマッチカスタムの登場によって、ようやく本格的なコンバットカスタムを作ることができるようになったのだった。

 

専門誌1979年10月号に掲載された、WAのナショナルマッチ・コンバットカスタムの広告。いち早くGM4をベースとした。価格は¥38,000で、完成は9月末ごろとある

 

 ただベースガンがカスタムなので、そこから作られるコンバットカスタムはさらに高くなった。MGCのナショナルマッチ・コンバットカスタムは27,000円、WAのナショナルマッチ・コンバットカスタムは38,000円。ボクなどには遠い存在になってしまった。


 モデルガンのカスタムガバメントは、主にコスメティックなものであったわけだけれど、これが変化するのは1983年にMGCが光線(赤外線)を利用したモデルガンによるシューティングシステム『シューター・ワン』を発売してからだった。

 

MGCが1979年に発売したマークIVシリーズ’70のナショナルマッチ・ゴールドカップカスタム(GM4)。発売当時の価格は18,500円

 

TEXT&PHOTO:くろがね ゆう

 

この記事は月刊アームズマガジン2025年1月号に掲載されたものです。

 

※当サイトで掲示している情報、文章、及び画像等の著作権は、当社及び権利を持つ情報提供者に帰属します。無断転載・複製などは著作権法違反(複製権、公衆送信権の侵害)に当たり、法令により罰せられることがございますので、ご遠慮いただきますようお願い申し上げます。

Twitter

RELATED NEWS 関連記事

×
×