エアガン

2025/04/07

オールド・モデルガン・アーカイブヨーロピア〜ンなモデルガン

 

オールド・モデルガン・アーカイブ

ヨーロピア〜ンなモデルガン

 

 SIG P226、グロック、ベレッタ92といった人気のハンドガンはいずれもヨーロッパ生まれだ。そして過去を振り返ってみても、ヨーロッパ生まれの銃はいつも最先端を走り、トレンドを作り、世界をリードしてきた。モデルガンの世界でも当然のようにヨーロッパ起源の銃が作られ、多くのファンを魅了してきた。そんなヨーロピア〜ンでトレビア〜ンなオールドモデルガンを振り返ってみよう。

 

※モデル名などは、基本的にはメーカー表記に準じていますが、メーカー自身の表記にも揺らぎがあるため、本稿ではその時に参考にした資料に従って表記し、あえて統一していません。

 


 

ハドソン

モーゼルM1930 ミリタリー・ピストル

 

ハドソン製 モーゼルM1930ミリタリーピストル(1971年)
※表面を白・黄・金色などに着色し、銃口を閉塞していれば所持可。
※寸法などのデータは当時のメーカー発表によるもので、実測値ではありません。また価格は発売当時のものです。

 

 実銃の原産国は言わずと知れたドイツ。モーゼルが1895年に試作を完成させた拳銃は、黎明期のオートマチックハンドガン開発競争の中で最も成功した実用的量産モデルとされる。
 トリガーより前にマガジンがあるなど、小銃に準じたスタイルは時代を感じさせるが、激動の時代を生き残り1930年代まで製造が続けられた。
 ハドソンは1962年、最初の純国産モデルガンを発売した。それがモーゼル大型軍用自動拳銃、後にモーゼルM1896と呼ばれることになるモデルだった。つまり純国産モデルガンはいわゆるモーゼル・ミリタリーピストルから始まったわけだ。


 しかしその最初のモデルは、後のモデルガンと比べると仕様がだいぶ異なっていた。メカニズムは実銃と関係のない独自のもので、カートリッジが装填できてもダミータイプで、発火はその都度ボルトノブの背面にキャップ火薬を詰めて、直接ハンマーで叩く仕組み。そのハンマーもSAAなどと同様に、直接トリガーとコンタクトするようになっていた。極めてシンプルなもの。
 その後、発火方式をMGCが開発したチャンバー内に前撃針を設け、火薬はカートリッジの頭部に詰める方式に変更したものの、基本的な構造は変わることはなかった。

 

後期に作られたブローバックモデルのカートリッジ。サイドにガス抜き穴があるピストンファイヤー方式だ

 

M1930の特徴の1つでもある着脱式のマガジン。のちに20連マガジンも作られた

 

本来ならばM1930はユニバーサルセーフティで、オンにしてもトリガーを引いてハンマーを落とせるはずだが、そうなっていない

 

カートリッジクリップが発売されなかったためか、後期型ではクリップを立てる溝が埋められてしまった


 そこへMGCが1970年、ほぼ実銃に準じたメカニズムのモーゼルM-1916ミリタリーピストルを発売した。価格はハドソンが3,800円だったのに対して、MGCのものは3.9インチバレルモデルで6,000円、5.5インチバレルモデルで6,500円とかなり高価だったにも関わらず、一気に人気を奪ってしまった。
 そこで、ハドソンは対抗作としてM1930ミリタリーピストルを開発する。原型製作は六人部 登さんとも言われるが、確かなところはわからない。


 MGCのものがM-1916(MGCはハイフンを入れて表記していた)だったのに対して、ハドソンは後期型のM1930をチョイスした。マガジンが着脱式になり、バレル基部に段のあるステップトバレル、側面に同心円状の溝がないスモールリングハンマー、新型のユニバーサルセーフティ、厚みが増したグリップフレーム(レシーバー)、12本の横溝入りグリップ、可動方向の違うスイベルリング、グリップフレーム左側面の大きなモーゼルバナー刻印、などが特徴とされる。若干、古い仕様のままの部分もあったものの、着脱式マガジンを望んでいたファンに大いに受けた。しかも後にMGCが実現できなかったブローバックモデルも実現している。ただ、作動に関してはあまり芳しくなかったようではあるが。


 モーゼル・ミリタリーピストルは、ヨーロッパにおけるオートマチックピストルの黎明期の雰囲気をよく伝えるモデルとして貴重な存在だ。ハドソンのモーゼルM1930ミリタリーピストルも、MGCのM-1916やマルシンの現行モデルであるM712などとあわせて、ぜひコレクションしたい1挺。

 

 DATA 

  • 主材質:亜鉛合金
  • 撃発機構:ファイアリングピン(初期)/ハンマー
  • 発火方式:前撃針
  • 使用火薬:平玉紙火薬、のちにキャップ火薬
  • 作動方式:手動発火式、のちにピストンファイヤー方式ブローバック
  • カートリッジ:ソリッドタイプ、のちにピストンファイヤー方式
  • 全長:295mm、のちに349.3mm
  • 重量:1,150g、のちに1,400g
  • 口径:7.63mm
  • 装弾数:10発
  • 発売年:1971年〜
  • 発売当時価格:6,800円、カートリッジ7発付

オプション10発用マガジン600円、20発用マガジン900円

 


 

CMC

ワルサーP.38

 

CMC製ワルサーP.38(1971/1973年)
※表面を白・黄・金色などに着色し、銃口を閉塞していれば所持可。
※寸法などのデータは当時のメーカー発表によるもので、実測値ではありません。また価格は発売当時のものです。

 

 ワルサーはドイツの銃器業界でも名門の1つとされ、1886年チューリンゲン地方のツェラ・メーリスで創業された。そしてドイツ最初の実用小型オートマチックピストルを発売した。以来、研究開発を重ね、1937年には大型オートマチックのHPを完成させ、これがドイツ国防軍に制式採用されP.38となった。

 そのP.38は、ダブルカアラムマガジンこそ実現していないものの、ダブルアクショントリガーやショートリコイル方式、何重にも施された安全機構などは現代銃に大きな影響を与えている。つい最近までアメリカ軍の制式軍用拳銃だったベレッタM9にもその遺伝子を見ることができるといわれる。


 モデルガンの世界では、ガバメント、ピースメーカー、P.38、P.08が4種の神器と呼ばれ、鉄板の人気で、これさえ作っておけば売れると言われた時期があった。当然人気モデルは競作となるわけで、P.38も例外ではなかった。MGC、中田商店、CMC、国際産業、マルシンなどがモデルガン化している。
 今作れば、実銃から採寸し、資料も比較的豊富にあることから、ほとんど同じようなモデルになったことだろうが、当時は海外取材も簡単ではなく、資料も極端に少なく、技術的な問題もあり、コストも考慮すれば省略しなければならない部分もあって、決して同じようなモデルには仕上がらなかった。つまりメーカーごとの個性のようなものが顕著に見られた。

 

ハンマー位置の合成。真ん中はセーフティを掛けたときの位置

 

残弾(装填)指示ピンも実銃同様に作動。ただチャンバーとカートリッジの間に挟まってしまうことが多く、そうなると突出量が少なくわかりにくくなる

 

ほとんど実銃そっくりに再現されたメカ部。シアもスチール製になり、耐久性がアップした

 

ブローバックモデルの真ちゅう製オープンカートリッジ。穴の底にはガスプールが設けられている


 最初にモデルガン化したのはMGCで、1966年にP-38アンクルタイプを発売している。これはスライドアクションと呼ばれるトイガン独自の機構で、撃って遊ぶには向いていた。一方、その数カ月後に中田商店が本格的なダブルアクション機構を持つ手動式のP38コマーシャルタイプを発売する。これにより、撃って遊ぶアクション派やTVのスパイアクション『0011ナポレオン・ソロ』好きはMGC製を、鑑賞派や本格メカ好きは中田商店製をと、棲み分けができたらしい。もちろん懐に余裕のある人は両方とも買った。
 ただ本格派の中田商店製もすべてのP.38ファンを満足させることはできなかった。1つには、当然と言えば当然なのだが、ファイアリングピンをブロックする安全機構がなく(ファイアリングピン自体がない)、ダブルアクション機構は何回か撃発を繰り返すうち摩耗して利かなくなってしまうことが良くあった。また、マニアックなところでは、中田のP38は実銃でもレアなナロースライドというモデルをモデルガン化していたということもあったようだ。


 そんなところへ、1971年、第1次モデルガン法規制直前、CMCから「できるだけ省略やアレンジを行わず、パーツまでも実銃に忠実に再現した」P.38が発売された。摩耗しやすいパーツにはスチールを使うなどして耐久性を高めたモデルだったから、中田のP38で起きたような問題は起きなかった。ただ、すぐに法規制が施行されたため、注目度はあまり高くなかった。これはP.38だけの問題ではなく、モデルガン自体の人気が落ちてしまっていたのだが。
 注目されたのは、規制後の1973年になってブローバックモデルが発売されてから。当時は夢のシステムだったブローバックが大はやりで、そこから一気に注目された。その人気は、後にMGCのMJQやマルシン、国際産業の金属製P.38が発売されても変わらなかったという。ところが残念なことに、1977年に第2次モデルガン法規制が施行され、P.38のような銃身分離タイプの金属製モデルガンは販売目的の所持禁止となってしまう。わずか4年の寿命だった。

 

 

 DATA 

  • 主材質:亜鉛合金、A.B.S.樹脂(グリップ)
  • 発火機構:前撃針/ブローバック・ファイアリングピン
  • 撃発機構:シングル/ダブルアクションハンマー、ファイアリングプレート
  • 作動方式:手動/ブローバック
  • 使用火薬:平玉紙火薬5〜6粒
  • カートリッジ:ソリッドタイプ/オープンタイプ
  • 全長:214mm
  • 重量:820g
  • 口径:9mm
  • 装弾数:7発
  • 発売年:スタンダード 1971〜1977年、ブローバック 1973〜1977年
  • 発売当時価格:スタンダード4,000円、ブローバック7,000円
  • バリエーション:コマーシャルモデル、ミリタリーモデル、ゲシュタポモデル(各カートリッジ7発付き)

 


 

中田商店

ルガーP-08

 

中田製ルガーP-08(1966年) Photo by Keisuke.K
※表面を白・黄・金色などに着色し、銃口を閉塞していれば所持可。
※寸法などのデータは当時のメーカー発表によるもので、実測値ではありません。また価格は発売当時のものです。

 

 1893年、世界で最初に実用化されたオートマチックピストルとされるドイツのボーチャードピストルをベースに、DWNの技師だったゲオルグ・ルガーが小型化し実用性を高めたモデルがパラベラムピストルで、世界各国で注目され、多くの国で軍用拳銃として制式採用された。ドイツではその発展・改良型がまず海軍に採用され、モデル1904と呼ばれた。続いて陸軍でも採用され、有名なP.08となった。そして次の制式拳銃P.38が採用されるまで使い続けられ、P.38採用後もその不足を補うため第二次世界大戦中も生産され、使い続けられた。まさに名銃。
 トイガンの世界では、4種の神器の1つなので高い人気があり、当然のようにモデルガンは競作となった。


 1965年、中田商店は最初の自社製モデルガンとしてワルサーP38の製作を発表する。ところが、すでにMGCがP-38(アンクルタイプ)を製作中だったため、急きょもう1つの人気銃ルガーP-08に変更された。
 当時MGCのスライドアクション式ワルサーPPKが、007映画の人気とも重なり空前の大ヒットになっていたことから、P-08もスライドアクションで作られることになった。おもちゃメカなので、改造されて悪用されるような心配がない。さらには火薬を使わなくても、アクションの動きだけでも面白く、カートリッジが弾き飛ばされるので充分楽しめた。

 

スライドアクションのためかなり前方に配置されたトリガー。トリガーガードも少し大きくされているようだ

 

バレル&レシーバーがショートリコイルするとすぐ、リアトグルリンクのノブが右側に増設された斜面に当たり、上にはね上げられるようになっている

 

スライドアクションの心臓部。トリガーがシアアーム(トリガー下の黒いパーツ)を回転させ、ショートリコイルしてトグルが開く

 

フレーム右にはショートリコイルを戻すためのリコイルアームとそのスプリングがある


 原型製作を手がけたのは六人部 登さん。その頃、アメリカから入ってきていたP.08のプラスチック組立キットというものがあり、スライドアクションでプラスチックの弾が飛ぶ機構を持っていたことから、それが参考にされたという。
 しかし発売予定の7月になっても市場には出回らず、できたパーツが店頭に展示されているだけ。発売が8月に延期され、さらに11月に延期されても発売されなかった。
 最初の自社製モデルガンで、亜鉛合金ダイカストという製造方法にも慣れておらず、収縮や歪みなどで各パーツを原型どおりのサイズに作ることができなかったのが最大の原因らしい。


 パーツをヤスリで修正するなどして組み込んでも、簡単には動かなかった。スライドアクションはトリガーの小さな動きでスライド(ブリーチ)を大きく後退させるので、タイトなパーツ公差と、パーツ同士の微妙なバランスが重要で、修正には精密な加工と、ある種のコツが必要だったらしい。結局、年が明けしばらくしてからようやく発売にこぎ着けたという。
 のちに寸法が合わなかったパーツはすべて作り直されたそうだ。それにより生産性が上がり、価格もほかのモデルガンと同じ3,800円まで引き下げられた。
 ところが、増産体制が整った頃、MGCがリアルサイズ、リアルメカニズムのルガーP-08を発売した。さらに間の悪いことに、自社で別に進行していたワルサーP38の発売とも重なってしまった。


 そんなわけで注目度はあまり高くなかった。残念なことに、中田製第1号モデルガンは大ヒットとはならなかった。しかし良くできたユニークなモデルガンだったことは間違いない。タイミングだけが良くなかったのだ。

 

 

 DATA 

  • 主材質:亜鉛合金ダイキャスト、ABS樹脂(グリップ)
  • 発火機構:前撃針
  • 撃発機構:装填衝撃発火方式
  • 作動方式:トグルジョイント方式スライドアクション
  • カートリッジ:ソリッドタイプ
  • 使用火薬:平玉紙火薬 1〜3粒
  • 全長:22cm(4インチ)
  • 重量:850g(4インチ)
  • 口径:9mm(パラベラム)
  • 装弾数:7発
  • 発売年:1966年〜
  • 発売当時価格:スタンダードモデル(4インチ)、4,900円(カートリッジ6発付き)

 


 

CMC

ベレッタM-1934

 

CMC製ベレッタM-1934(1967年) Photo by Keisuke.K
※表面を白・黄・金色などに着色し、銃口を閉塞していれば所持可。
※寸法などのデータは当時のメーカー発表によるもので、実測値ではありません。また価格は発売当時のものです。

 

 第二次世界大戦でイタリア軍が制式軍用拳銃として使用していた銃がベレッタ・モデル1934だ。ほぼどの国の軍用銃もサビに対処したタフな仕上げで、ツヤ消しの黒色だった時代に、あえて手の掛かるラストブルーで仕上げられており、その美しさから、戦闘が終わると敵軍兵士がベレッタを探して持ち帰っていたという逸話が残るほどのイタリアンビューティ。ただ、大戦末期、工場がドイツ軍に接収されると精度や仕上げのクオリティはどんどん落ちていったとされる。
 そのベレッタ・モデル1934のモデルガンは、発売時期も仕様も、MGCとCMCのほぼ真っ向勝負となった。


 発売時期はどちらも1967年。モデルガン人気が大いに盛り上がっていた頃だ。MGCのベレッタM-1934の設計を手がけたのは小林太三さん。一方CMCのベレッタM-1934の設計(原型製作)を手がけたのは六人部 登さん。二人とも日本を代表するトイガンデザイナーだ。
 MGCの小林さんは、当時流行っていたヨーロッパの映画でベレッタ・モデル1934をよく見かけ、すっかり気に入って作りたいと思っていたそう。

 

撃発はファイアリングブロックで行なうが、あたかもファイアリングピンがあるかのようなパーツ形状になっている

 

トリガーバーの上端が長く伸びてスライドに入り、ディスコネクターとして働く。CMCではシアプレート(ねじで押さえられたパーツ)がシアも兼ねている

 

ハンマーの前にあるパーツがエジェクター。ブローバック化を想定していないため実銃同様小さい

 

通常の真ちゅう製ソリッドタイプのスタンダードカートリッジ。中央の飾り溝がオシャレ


 一方、中田商店が中心となって作られた日本高級玩具組合(N.K.G)の一員だったCMCは、中田商店の「第二次世界大戦中の世界各国の銃器をモデルガン化する」という基本方針に沿って、第2弾の完全オリジナルモデルガンとして商品化を決定したらしい。
 基本的に小林さんと六人部さんは紳士協定に従って、極力同じモデルを避け、同じになっても機構や仕様を変えるなどしていたらしいが、ベレッタ・モデル1934だけは、同じモデルで同じ構造、ほぼ同じ仕様となってしまった。


 外観的な違いはわずかにグリップくらい。それも後にCMCのものが変更され、同じになってしまう。外観的に見分けるポイントは、スライド左側の指掛けセレーション部分。トリガーバー上部のディスコネクターに相当する部分がはまり込むあたりが、MGCでは製造を簡単にするためと組み立てを簡単にするため切り欠きとしていたのに対して、CMCでは実銃同様、外からはわからないポケット式にされていた。
 内部的には微妙な違いがあった。小林さんは発火派だったので、実銃の構造とパーツ構成をベースに、ブローバック化した時の強度や耐久性にも考慮して設計していた。それに対して、六人部さんは火薬を使うのが好きではなかったので、発火機構はオマケ的で、実銃のパーツ構成、形状にこだわって設計していた。とはいえ、実銃にあったシアレバーというパーツをなくし、シアプレートというパーツにその役目を兼ねさせるなどして、パーツ点数を減らす工夫は見られる。そしてこの辺の違いが、コアなファンには興味深いポイントともなっていた。


 設計に当たって取材した実銃も同じものだったようだ。土浦の自衛隊武器学校にあった.32ACP口径のベレッタ・モデル1934だ。小林さんはかつてインタビューでそう答えられているし、六人部さんもよく武器学校に通われていたので、おそらく、間違いないだろう。
 競作となったベレッタM-1934は人気を二分した。1971年にMGCから拳銃型ブローバック第2号となるベレッタM-1934 B.L.K.が発売されるまでは。

 

 

 DATA 

  • 主材質:亜鉛合金ダイキャスト、ABS樹脂(グリップ)
  • 発火機構 前撃針/ファイアリングブロック
  • 撃発機構:シングルアクションハンマー
  • カートリッジ:ソリッドタイプ
  • 使用火薬:平玉紙火薬 1〜3粒
  • 作動方式:手動操作
  • 全長:150mm
  • 重量:610g
  • 口径:9mm
  • 装弾数:7発
  • 発売年:1967〜1977年
  • 発売当時価格:3,500円(カートリッジ7発付き)

 


 

CMC

ブローニング380

 

MC製ブローニング380(1973年)
※表面を白・黄・金色などに着色し、銃口を閉塞していれば所持可。
※寸法などのデータは当時のメーカー発表によるもので、実測値ではありません。また価格は発売当時のものです。

 

 アメリカの天才銃器設計者、ジョン・モーゼス・ブラウニングがベルギーに移住したあと、FNのために設計したオートマチックピストルがFNブラウニング(ブローニング)M1910。同じブラウニングが設計したコルトM1911オートの1年パイセンにあたる。
 軍用拳銃として制式採用されたことはないようだが、世界中で大ヒットし、1935年の時点ですでに100万挺以上が製造されたとされる。しかも1983年まで製造が続けられたというのだからスゴイ。


 日本でも第二次世界大戦前に輸入され、警察用や将校の護身用拳銃として使用されたほか、一般市販もされた。また戦後も各法執行機関で使われた。当然、TVや映画でも登場することが多く、広く知られた拳銃でもあった。
 .32ACP(7.65mm)口径と.380ACP(9mmショート)口径があり、日本では.380ACP仕様がブラウニング380とかFN380として広く知られている。


 最初にモデルガン化したのはMGC。1965年、初めての海外取材から帰国して最初に作られたモデルだ。セールスポイントは、当時としては初となる「実寸、実銃どおりの操作」。結果的に大ヒットとなったが、MGCが悪用防止のために、購入者に住民票の提出を義務づけるとしたことから、業界が分裂。MGCグループと中田商店を中心とした日本高級玩具組合(N.K.G)グループとに分かれることになってしまった。
 当然N.K.Gグループでは独自にモデルガンを作らなければならなくなったが、きっかけとなったブローニング380が作られたのは、第一次モデルガン法規制後の1973年。

 

実銃そのままのメカ部。何も省略されていないし、何も付け足されていない。パーツ形状までほぼ実銃そっくり

 

フレームのバレルとかみ合う歯(実銃より1つ少ないようだ)のセンターに、安全対策と思われるスリットが入れられている

 

カートリッジ各種。左からブローバックモデル後期の標準アルミカートリッジ、オプションの真ちゅうカートリッジ、そのガスプール付き内部、スタンダードモデルの真ちゅうソリッドカートリッジ

 

長年作り続けられただけあって、マガジンにもいろいろな種類があるようで、CMCのものは残弾確認孔が6つあるタイプ。装弾数は6発だ


 作ったのはN.K.GグループのCMC。原型を製作したのは六人部登さん。小林太三さんが手がけたMGCのブローニング380が、改造防止のためストライカーをサブマシンガンのオープンボルト方式のような形式にし、バレルもバヨネット形式ではなくシンプルなピン留めとしていたのに対して、可能な限り実銃どおりのリアルな構造とした。しかもMGCのものは設計が古く、ブローバック化することを想定していないものだったのに対して、CMCのものはブローバック全盛期だったので、ブローバックを前提に設計され、手動式のスタンダードとブローバックの2つの仕様で発売された。


 実銃と同じストライカー方式は、モデルガン用としては打撃力が弱く不発が多かったものの、ブローバック自体は快調で、紙火薬3粒程度でスムーズに作動した。ただ銃口が開いていないので発火ガスが抜けず、すぐに汚れがたまって1 〜2マガジンで掃除をしなければならなかった。それでも、快調ブローバックが口コミで広がり、多くの人がブローバックモデルを買ったとされる。火薬を使って撃たない人もブローバックモデルを買う人が多かったと聞く。
 MGCが最初のブローニング380を作った頃より改造防止技術も進歩し、モデルガンがよりリアルな仕様になっていった時代に、CMCのブローニング380はピタリとハマったのだろう。この銃もまた名銃と呼ぶに相応しいモデルガンだった。

 

 

 DATA 

  • 主材質:亜鉛合金ダイキャスト、ABS樹脂(グリップ)
  • 作動方式:スタンダード:手動式
  • ブローバック:自動式
  • 発火機構:前撃針/ブローバックファイアリングピン
  • 撃発機構:ストライカー
  • 使用火薬:ブローバックは平玉紙火薬3〜4粒
  • カートリッジ:スタンダード=ソリッドタイプ、ブローバック = オープンタイプ(真ちゅう製とアルミ製あり)
  • 全長:152mm
  • 重量:570g
  • 口径:9mmショート
  • 装弾数:6発
  • 発売年:1973〜1977年
  • 発売当時価格:スタンダード3,800円、ブローバック5,000円(各カートリッジ6発付き)

 


 

MGC

ポケット(ベレッタ・ポケット)

 

MGC製ポケット(1968年)
※表面を白・黄・金色などに着色し、銃口を閉塞していれば所持可。
※寸法などのデータは当時のメーカー発表によるもので、実測値ではありません。また価格は発売当時のものです。

 

 MGCが1968年に発売したポケットは、多くのファンから通称ベレッタ・ポケットと呼ばれていた。のちに作られた総合カタログなどでもベレッタ・ポケットと表記されたが、最初は単にMGCポケットとされていた。
 実は、MGCポケットは、設計を手がけた小林太三さんに伺ったところ、実在の銃をそのままモデルガン化したものではなく、実銃をモチーフにデザインされたモデルガンオリジナルのポケットピストルだそう。だからカッコ良さ優先で、ヨーロピアンテイスト溢れるイタリアンデザインのポケットピストルがモチーフに選ばれたということらしい。いわば架空のモデル。


 モチーフとなった実銃は、ベレッタ・ミンクスとベレッタ・パンサーだとされる。小林さんもそうインタビューで答えられているし、当時のチラシやカタログにもハッキリ明記されている。それらをちゃんと読んでいればわかったはずだが、チラシやカタログがあったのは初期だけで、ボクのように後で購入した者はそれがないから事情がわからず、一体どの実銃をモデルガン化したんだと、よく話題になっていた。
 ちなみにミンクス(M950)は.25ACP(6.35mm)口径、8連発、チップアップ式バレルのハンマー外装式オートマチックピストル。一方パンサー(M418)は同じ.25ACP口径、8連発ながら、ベレッタM1934を小さくしたようなデザインでストライカー撃発方式、グリップセーフティを備えたオートマチックピストルだ。MGCポケットはどちらかといえばミンクスのほうに近いデザインと言えそうだ。

 

残弾があるときのレスト状態。発火済みのカートリッジは次弾を撃つときにエジェクトされる

 

実銃はバレルだけが跳ね上がるが、モデルガンではスライドがバレルと一体になって跳ね上がる

 

基本的なパーツは、写真にないトリガースプリングと合わせて4つだけ。MGCはオリジナルダブルアクションと呼んでいた

 

スライドが動かないのにカートリッジが飛ぶ。動くのはトリガーと内部のハンマーだけ。魔法のようなモデルガンだった


 発売当時はモデルガン全盛期で、銃好きのマニア以外にも売れるようになっていた。そのため模型店や一般のおもちゃ屋さんでも売られ始め、通信販売でも盛んに売られていた。おもちゃ屋さんや通販では、店員さんが使い方や手入れ方法などを丁寧に説明するなどということはできないので、「価格が安く、マニアでなくても遊べる簡単操作」のモデルガンが求められていたという。
 それに応えたのがMGCのポケットだった。安価に作るため小型のポケットピストルにすることが決められ、メカニズムは、スライドアクションのPPKが大人気だったことから、それをアレンジしてさらに部品点数を減らすことになった。


 小林さんは、基本的にはたった4つのパーツ、トリガー、トリガースプリング、ハンマー、ハンマースプリングだけで連射できるシステムを考案した。スライドがトリガーに連動して動くこともなく(よってトリガーは軽め)、バレルにはチャンバーもなくカートリッジが装填されることもない。当然エキストラクターもエジェクターもない。リボルバーのダブルアクションのような機構で、カタログにも「MGCオリジナルのダブルアクション」とある。
 銃本体にはあえてREOPORDOと刻まれている。豹のレオパードの英語ならLEOPARDだし、イタリア語でもLEOPALDOだ。小林さんはMGCオリジナルの架空銃だということをここに込めたのではないだろうか。

 

 

 DATA 

  • 主材質:亜鉛合金ダイキャスト、ABS樹脂(グリップ)
  • 発火機構:前撃針
  • 作動方式:指アクション(装填衝撃発火方式)
  • 使用火薬:平玉紙火薬(のちに5mmキャップ)
  • カートリッジ:ソリッドタイプ
  • 全長:110mm
  • 重量:290g
  • 口径:.25(6.35mm)
  • 装弾数:6発
  • 発売年:1968年〜
  • 発売当時価格:1,980円、カートリッジ1箱(12発)200円

 

 

TEXT&PHOTO:くろがね ゆう


この記事は月刊アームズマガジン2025年5月号に掲載されたものです。

 

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