2025/03/28
今なお私たちを魅了する、第二次世界大戦の軍用ピストル
現代にはないロマンがあふれる軍用ピストルたち

騎兵突撃の衰退とピストルの役割
1939年から1945年まで続いた第二次世界大戦は、その主要交戦国のほとんどが戦争開始時までにセミオートマチックピストルを軍用ピストルとして制式制定していた。しかしながら、軍が装備する小火器の中でピストルのポジションは非常に低い。ほとんどの国でピストルを支給された兵士は、士官、下士官、砲兵、通信兵、航空機や車輛の操縦士とその乗組員などに過ぎず、彼らはそれを用いて積極的に戦闘に参加することは無かった。
20世紀初頭までは違っていた。大型の軍馬に乗った重騎兵が地上戦闘の花形であり、彼らはピストルを装備、敵歩兵の隊列に突撃して粉砕すると、慌てふためく敵に向けてピストルを撃ちまくった。それを撃ち尽くすと、今度はサーベルを抜いて戦った。そんな時代において、重騎兵の手に握られたピストルは有効な攻撃兵器であったわけだ。しかし、機関銃が登場したことにより、騎兵突撃はほぼ自殺行為に等しくなってしまった。これに伴い、軍におけるピストルの位置付けは急速に低下していく。騎兵突撃の衰退と共にピストルは、それを持つ兵士が緊急事態に陥った時に使う自衛用兵器に過ぎなくなる。
ピストルが戦闘用兵器として用いられない理由は、戦場における交戦距離の長さが大きく影響している。ピストルで狙って標的に当てられる距離は、一般的に最大でも25m程度に過ぎない。
当時、ピストルは片手で構えて撃つ道具だった。現代のように両手保持で撃つ射撃スタイルが用いられるようになったのは、1950年代後半、カリフォルニア州ロサンゼルス郡の副保安官Jack Weaver(ジャック・ウィーバー)が最初だと言われている。よって第二次大戦当時に両手でピストルを保持して撃つことは全くといって良いほど無かったのだ。そうなると有効射程はもっと短くなる。近距離戦闘ならピストルでも戦えただろうが、100m以上離れて物陰に隠れている敵兵に当てることは至難の業であった。
軍用ピストルという存在の、隠れた実効性とは
第二次大戦後に出版された本に、あるイギリス軍将校の証言が載っている。
“戦時中、ピストルによって死傷した兵士の数は30名だった。そのうちの29名は、不幸なことに安全な操作を誤った味方の暴発事故の犠牲者だった”
イギリス軍ということで、その銃はエンフィールドNo.2 Mk.1等のリボルバーであったかもしれない。セミオートマチックに比べて安全性が高いといわれているリボルバーですらそんなに暴発が起こるというのだ。だとすれば、セミオートマチックピストルを装備していた場合はもっと多くの犠牲者が出た可能性もある。事実、軍の装備する小火器の中で「最も自分達を傷つける可能性を持つのは“味方のピストル”だ」という意見は他にも散見される。にもかかわらず各国は果敢に新しい軍用ピストルを採用、それを量産配備することにかなりの労力を割いている。

第一次大戦が勃発した時点で、アメリカはM1911を11万挺保有していたが、その必要数を100万挺と試算、量産体制の構築に動いた。コルトだけでなく、スプリングフィールド造兵廠で量産すると共に、レミントンUMCとカナダのノースアメリカンアームズに生産を依頼、戦争終結までに72万3,275挺を生産した。第二次大戦では、コルト以外にも電動タイプライターメーカーのレミントンランド、銃器メーカーのイサカガン、鉄道信号メーカーのユニオンスイッチ&シグナルの3社と契約、M1911A1の量産をおこない、最終的に199万4,066挺を完成させた。国家総力戦であったとはいえ、これだけの挺数が必要だと判断したわけだ。
第二次大戦でドイツのワルサーは、戦争が始まった1939年からP38の量産を開始したが、陸軍からの要求は1942年末までに41万6千挺を生産完了せよというものだった。この要求はその後に拡大、100万挺に膨れ上がった。とても1社で製造できる数ではない。そのため、マウザーとシュプレーヴェルケでの製造が計画され、ドイツの敗戦までにワルサーで58万4,500挺、マウザーで32万3,000挺、シュプレーヴェルケで28万3,000挺を製造、その合計は119万500挺にも上る。
軍用ピストルは、戦闘に用いることによる実効性よりも支給された兵士の士気を高めるための道具だった、とも言われている。そうして高められた士気は部隊全体に伝播するためもちろん重要なことである。そのために各国は優れたピストルを採用、量産配備したのだ。
まだロマンを感じられた時代の軍用ピストルたち

実際にピストルを使って、効果的に敵兵を倒したという記録もある。第一次大戦において1911を使ったAlvin C. York軍曹の活躍は映画にもなった(ただし戦争当時の階級は伍長)。しかしそのような例は決して多くない。
それでも軍用ピストルは重要だ。その国の軍を象徴する一つのシンボルだからだ。ゆえに、第二次大戦の頃は個性的な銃が多く使われ、そのひとつひとつはどれも独特な魅力を持つものであった。言葉を変えれば、そこにはロマンがあった、ともいえるだろう。
現在は少し様子が違う。戦争の様相が大きく変わり、ピストルを含む複数の小火器を装備した特殊部隊がそれらを効果的に用いて結果を出すようになった。その意味では、現代の戦闘におけるピストルのポジションは大きく上昇した。どれだけ使いやすく効果的に敵を倒せるか、戦闘に用いるための実効性も大きく向上している。しかしそれと引き換えに独特の個性を失い収斂されてきた現代の軍用ピストルに、もはやロマンなどというものを感じる余地はない。今を生きる我々が第二次大戦の軍用ピストルに魅せられる理由もそんなところに見出すことができるだろう。
TEXT:アームズマガジンウェブ編集部
この記事は月刊アームズマガジン2025年4月号に掲載されたものです。
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