2021/07/20
【実銃】P08アーティラリーカービンに見るピストルカービンの盛衰
Pistole-08 Artillerie Karabine
P08 アーティラリーカービン
(Artillerie Karabine= Artillery Carbine砲兵カービン)
ピストルにストックを装着する…これを実行するとそれはショートバレルドライフル(SBR)となり、アメリカの法律でも規制の対象となる。そう聞くと奇異に思われるかもしれない。ピストルの所持が許されている国で、それにストックを付けただけでそれが問題になるなんて、ちょっとおかしいのではないか…。
ショートバレルドライフル規制は、1934年のNational Firearms Act(NFA:連邦銃器法)で始まった。この時、16インチ未満のバレル長を持つライフル、18インチ未満のバレル長を持つショットガン、フルオートマチック火器、サプレッサー(サイレンサー)の所有者と製造者に$200の納税と登録を義務付けた。この法規制は1968年のGCA(Gun Control Act:銃器規制法)、1986年のFOPA(Firearm Owners’ Protection Act:銃器保持者保護法)で追加修正され、Destructive devices(破壊装置:.50口径を超える銃がこれに含まれる)、AOW(Any Other Weapon:偽装銃)の所持が禁止となり、さらに1968年以降に製造されたフルオートマチック火器の民間所持も不可能となった。
これらの法律は、ピストルにストックを装着することを明確に規制しているわけではない。しかし、ピストルにストックを付けるとバレルが短いため、その威力に関係なく、16インチ未満のバレル長を持つライフルと見做されてしまうのだ。バレルが16インチ以上あればストックを付けても問題ないのか、と言えば必ずしもOKではなく、ストックを取り外した状態での全長も26インチ以上なければならないとなっている(ストックが装着できる銃の場合)。
おそらくこのSBR規制は、1920年代の禁酒法時代にアメリカでトンプソンサブマシンガンを犯罪者達が好んで活用したことが原因だっただろう。トンプソン モデル1928A1は10.25インチバレルで、ストックを取り外すと全長25.25インチであった。そのためフルオート規制とSBR規制をセットにしてトンプソンサブマシンガンの普及を阻止したわけだ。
その“とばっちり”を受けたのが、ショルダーストック付きピストルだ。そもそもピストルにストックを付けるという行為はどの時代に始まったものか、これは定かではない。フリントロック式ピストルの時代にすでにそのような着脱式ストックを装備したものがごく一部で作られていた。このデザインのピストルが急に増えたのは、19世紀末のセミオートマチックピストル黎明期であっただろう。大きく、バランスが悪かった当時のセミオートマチックピストルに、ショルダーストックを装着すればさらに大型化してしまうが、射撃はずっと容易になる。そのため黎明期の大型ピストルの中には、ショルダーストックを装着できるようにしたものが少なからずある。
その代表的な例がマウザー(Mauser:モーゼル)C96とパラベラムピストル(Parabellum Pistol:Lugerルガー)だろう。同時期に作られた南部式自動拳銃やFNブラウニング(Browning)モデル1903、ベルグマン(Bergmann)1896などにも着脱ストック付きが作られたが、普及度でいえばマウザーとルガーが圧倒的だ。特にマウザーC96はストック付きが基本だといってもよいほどで、ほとんどのC96のフレームバックストラップ部は、ストック装着用のスロットが装備されていた。ストックもその内部に銃本体を収納可能とし、このストック自体をホルスターとして活用する型式となっている。
ルガーの場合、その原型になったボルヒャルト(Borchardt)ピストルC93がストックとセットで販売されていたのに対し、DWMが改良しスイス軍に採用されたモデル1900はストック装着を想定していなかった。ストック装着用のラグがフレームのバックストラップ部に装着されたのはドイツ海軍向けのP04 Marineで、その後のP06、そしてドイツ帝国軍採用のP08もストック装着ラグはなかった。
しかし、第一次大戦がはじまって砲兵部隊向けに供給したランゲ(Lange)P08でストック装着ラグが復活し、これ以降、通常のP08もパーツの共通化のため、フレームはラグ付きとなった。P08はこれ以降、第二次大戦中に製造されたものまですべて装着ラグ付きで製造されているが、ランゲP08以外のほとんどはショルダーストック装着を想定したものではない。
1914年から1918年まで製造されたランゲP08は、当時としては極めてアグレッシブな戦闘用ピストルであった。ライフル等で武装することが困難であった砲兵が、銃撃戦闘をおこなう場合に用いる個人用武器という位置付けで開発されたランゲは、Artillerie Karabine(砲兵カービン)とも呼ばれた。今日でいうところのパーソナルディフェンスウェポンに近い。8インチのロングバレル基部に装着されたタンジェントリアサイトは800mまで調整可能だ。現実的にはストックを装着した場合、100m程度の距離で敵兵士を容易に倒すことができる。装着するストックはマウザーC96のような凝ったものではなく、板状の簡便なもので、その側面に革製のホルスターを装着した形で支給された。軍用ではなかったものの、これとは別にもっと凝ったショルダーストックが何種類も製作され、市販されている。
ランゲは砲兵だけでなく、機関銃手など通常のライフルを装備できない兵士広く供給された。その後、このランゲが塹壕戦などでかなり有効な武器であることがわかり、32連ドラムマガジン(snail magazine)も支給された。比較的小型で取り回しが良く、100m程度の有効射程があって、セミオートマチックで連射もできる。ボルトアクションライフルが地上戦の主要な歩兵装備であった時代において、ショルダーストックと32連ドラムマガジンを装備したランゲP08は最高の近距離戦闘火器であっただろう。DWMでは1914~1918年に約152,000挺、エルフルトでは1914年のみ約23,000挺が製造されている。しかし、ランゲP08に勝る軽便かつ強力な小火器が1918年に誕生した。MP.18サブマシンガンだ。その登場は戦争末期であったため、サブマシンガンの有効性を広く知らしめることはできなかったが、ショルダーストック付きピストルの時代はこれでほぼ終わった。
あれから100年以上が経過している。当時のランゲP08を見ると、現代の軍用火器とは全く違うエレガントさを感じる。NFA1934で規制されたSBRに相当する製品でも、クラシックなランゲP08はCurio or Relic(C&R)Firearms(骨董品または遺物小火器)として所持できる。ただし、状態の良いフルセットなら、かなり高額になることは覚悟しなくてはならない。
「月刊ガンプロフェッショナルズ2021年8月号」では、そんなルガーランゲP08の実射レポートをお届けしている。もはやアンティークガンといえる1917年DWM製のアーティラリーカービンは問題なく作動し、その高いポテンシャルを見せてくれた。
この種のピストルベースのカービンは、数十年の間、ほとんど顧みられることはなかった。しかし、近年再び一部で注目されている。写真はB&T USW Glock とCAA MICRO RONI Gen4だ。
どちらもグロックを組み込んで使用するコンバージョンキットで、折りたたみストック、フォアエンドで構成されており、これにドットサイトやウェポンライトを装着、ピストル単体と比べて大幅に高い機能性を持たせている。これらは完全にSBRに該当するため、誰もが所持できるわけではないが、100年以上前のアーティラリーカービンのコンセプトは、形を変えて今でも生き続けているということを示している。
TEXT:Satoshi Matsuo(月刊ガンプロフェッショナルズ副編集長)