2025/03/18
昭和大好きかるた 時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る 第23回「ぬ」
時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る
第23回
ぬ
主(ヌシ)
令和となってはや幾年。平成生まれの人たちが社会の中枢を担い出すようになった今、「昭和」はもはや教科書の中で語られる歴史上の時代となりつつある。
でも、昭和にだってたくさんの楽しいことやワクワクさせるようなことがあった。そんな時代に生まれ育ったふたりのもの書きが、昭和100年の今、"あの頃"を懐かしむ連載。
第23回は、刃物専門編集者の服部夏生がお送りします。
主はヌシと呼ぶ。でも霊的な存在ではなく、町のそこここにいた、”口うるさい”大人たちのことである。
無敵のカード「学校に電話するぞ!!」
そんな”主”は、子どもの頃、実にけむたい存在だった。
「うるさい静かにしろ」
「傘振り回すな道広がって歩くな」
「いじめんじゃねーぞ」
文字にすれば、ごく真っ当な言葉である。
ポリティカリーコレクト。
でも我々キッズの目線から見ると、実に理不尽だった。
うるさいって言っても、昨日見たドリフの最高の場面を再現して笑っていただけだし、傘振り回したのは悪いけど向こうから人が来たらやめて道をあけたし、これはいじめんてんじゃなくてじゃれてるだけだし。
逆にオレたちにも言わせてくれよ、と思った。
偉そうに言ってるけどさ、トサカみたく髪の毛をおっ立てているヤンキーの兄ちゃんが騒いでいても何も言わねーじゃねーか、あんたも自転車で歩道を突っ走ってんじゃねーよ、あとオトナも会社でいじめやってんじゃねーかニュースでやってたぞ。
この中のひとつでも言えていたら、別の世界がひらけていたかもしれない。
でもごく平凡なキッズだった僕たちは、テレビドラマや小説みたくペラを回すだけの語彙力は持っていなかった。
せいぜい「ばーか」くらいしか言えないのである。
で、そんなこと言おうものなら、主たちから返り討ちにあった。
「お前ら何年何組だ。学校に電話するぞ」
それは地獄への扉が開かれるのと同じくらいいやーな言葉だった。
今から思えばどうでもいい。
でも、子どもの頃は、学外での悪行(!?)は学校に知られると、実に面倒なことだった。
学校で教師に怒られた上に、100%、家にも連絡がいくのである。
主→教師→親。
黄金期の中日ドラゴンズの荒木→井端→渡邉のダブルプレー、シカゴ・ブルズのロドマン→ピッペン→MJのトライアングルオフェンスもかくやという美しい連携プレーで3回、場合によっては体罰込みで怒られるのは、キッズにとっては恐怖であり、是非とも避けたい事案だった。

決めつける教師と弱いものを叩く主
今でも覚えているシーンがある。
僕は中学生になっていた。
何かの用事があって、放課後に職員室で生活指導の教師と話をしていた。
そんな時に職員室に電話がかかってきた。応対していた若手の教師が電話を切ると、僕と話していた教師に「どこそこにお住まいの方から、お宅の生徒がお菓子を食べながら下校していると通報がありました」とご忠信に及んだ。
「え、特徴は?」
「背がたかくて云々」
「あ、トオヤマだな。あいつはしょうがねえな。指導しないと」
「ですねえ」
あまりのことに驚いて固まってしまった。
あ、この人たち、当たり前のように本人不在で犯人と認定するんだ、で、指導するんだ。
僕と同じ団地に住んでいたトオヤマは、確かに中学になってから不良デビューし、まあまあ目立つ感じにはなっていた。とはいえそんなこと、決めつける理由にはならない。
あと、電話する主も主だ。たかが買い食いである。
生活指導の教師とのやりとりを終えて、帰宅しても、ずっとそのやりとりが頭に残っていた。
そして、教師に何も言わないまま流してしまった自分のことを恥じた。

それから20数年、くたびれた大人になってからのことである。
世の中は、冬季オリンピックで盛り上がっていた。
ポジティブなニュースが飛び交う中、一人だけ世間から爪弾きにされたスノーボードの代表選手がいた。彼は公式のユニフォームを腰ばきで”だらしなく”着ていると世間から咎められ、謝罪会見(!!)の際にも舌打ちしたとして、日本中の「主」たちから猛バッシングを浴びていた。メディアも声の大きな主たちにビビったのだろう、その選手を批判する論調でほぼ統一されていた。
え、ちょっと待ってよ、と思っても何も言えない雰囲気が生まれていた。
その中で、あるスポーツライターが新聞にコラムを寄稿した。
「腰ばきはもともと米国の囚人たちがオーバーサイズの服を支給されたことで、仕方なく生まれたスタイル。それをヒップホップカルチャーの人たちが、差別構造やそれをつくり出してきた権威への抵抗という意味を込めてファッションにした。そんな歴史的背景を踏まえずに彼を批判するのは有り体に言って不勉強だ。そもそも、スポーツ選手はスポーツで注目されるべき存在で、スーツの着こなしを批判するのはお門違いだし、会見の対応にいちいち目くじら立てるのも意味がわからない」
かなり昔のことだし、細部はかなり異なるはずだが、趣旨は違っていないと思う。
プロのライターとは思えないくらいガタついた文章だった。でも、伝わってきた。新聞社のデスクも彼の意を汲んで、赤を入れなかっただろうと想像できた。
ものすごく、ものすごく、格好良かった。
中学時代の苦い経験が頭に蘇って、少し涙が出た。
まだ終わっちゃいねえ。と思った。今からでも、おかしいことはおかしいって、文章で書いていこうじゃないか。
まだ会社員だった僕は、そうやって、もの書きになることを決めた。
◆
どこでつくられたかわからない正義は、今も巷に溢れているし、それを盾に騒ぎ立てる主は、掃いても掃いても出てくる。いや、僕だって、知らぬうちに正義の旗を振りながら、人の道を説いているかもしれない。
当たり前だが、いけないことはいけないと子どもには言わなければならない。
それは、大人の義務である。
だが、そこに弱いものを叩く気持ちが少しでもあったら、それは「正論」ではない。
口八丁手八丁を武器に青年起業家として成功を収めることも、オリンピック選手にもなれなかった。率直に言ってヘタレの僕ができることは、今の子どもたちに「やだなと感じたら、大人にだって中指立てていいんだぜ。心の中でもいいから」と説くくらいである。
今回も暗い中身になってしまった。ご容赦ください。
主はみな反論されると押し黙る なつを
TEXT:服部夏生
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