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2025/01/21

昭和大好きかるた 時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る 第19回「て」

 

時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る

 

第19

テープ(カセットテープ)

 

 令和となってはや幾年。平成生まれの人たちが社会の中枢を担い出すようになった今、「昭和」はもはや教科書の中で語られる歴史上の時代となりつつある。
 でも、昭和にだってたくさんの楽しいことやワクワクさせるようなことがあった。そんな時代に生まれ育ったふたりのもの書きが、昭和100年の今、"あの頃"を懐かしむ連載。
 第19回は、刃物専門編集者の服部夏生がお送りします。

 


 ほとんどの昭和生まれの人間は、音楽を聴くためのメディアをひと通り経験しているはずだ。


 僕の場合、幼少期にはアナログレコードで童謡を聴いていたし、はじめておこづかいを貯めて買ったアルバムはカセットテープだった。その後、CDで洋楽の世界を知り、MDも一時期使っていた。そして今はもっぱらネット配信。実にダイナミックな変遷を最前線で体感してきているのである。


 ひと通りのメディアの中で特に思い入れが深いものといえば、間違いなくカセットテープだ。

 

 

熱い想いよ届け!!(届かない!!

 

 小学生くらいから愛用してきたし、CDの時代になってからも、レンタルCDを借りてきて、カセットテープにダビング(録音)して聴くのは、ごく当たり前のことだった。

 

 もちろん音質は幾分か劣化する。だが、CDとアナログレコードの音の違いも「そう言われたらなんとなくそんな気もする」程度の耳しか持たない僕にとっては、さほど大きな意味は持たなかった。
 それよりも「自分でこしらえた」感があることの方がはるかに大事だった。


 そう、カセットテープにはカスタマイズを施す余白がものすごく多かったのである。

 

 まずカセットテープのセレクト。
 メーカーやグレードはもちろんだが、ダビングの際は「長さ」のセレクトも大事だった。


 アルバムの曲目を見て、A面からB面に切り替えるポイントの見当をつける。余裕を持って長めのテープを買ってもいいのだが、そうすると切り替えの際に延々と続く無音状態がなんとも虚しくなる。片面に全曲が入る長尺を用意するという手もあったが、明らかに劣化が早くなって、間延び感が出てきてしまう。やはり配分を吟味する必要があった。

 

実家から発掘したカセットテープ。この連載ではパンクだニューウェーブだって偉そうに語ってますが、ど王道ジャパニーズポップスと、ど王道オールディーズを愛聴していたことを再確認しました

 

 次に見た目である。付属のラベルに手書きでアルバム名やらを書き込むので十分なのだが、ちょっとでもいい感じにしたくなるのは世の常である。ファンシーショップに駆け込んで、イカした色合いのラベルと、イカした書体のレタリングセットを手に入れてきて、ご機嫌な見た目にするのが、中学、高校時代の昭和キッズたちにとっては「たしなみ」となっていた。


 徹夜してどうにか仕上げた時は、自分は天才だと思ったし、『イカ天』からメジャーデビューしたブランキー・ジェット・シティの名プロデューサー、土屋昌巳になったくらいの心持ちになった。先日、実家で見つけ出した当時の「作品」の出来栄えは、ごく慎ましやかなものだったが、そんなのは、どうでもいいことなのである。

 

 

時代は進むが若者は同じゴールを目指す

 

 ダビングでスキル(!?)を磨いてから挑むのは「マイミックス」テープの制作である。


 あちこちからお気に入りの曲を集めてきて、曲順を決めて然るべき長さのテープにまとめる。いい感じのデザインにした上で、気になる子に送るのが、「ちょっとイタいけど、やむを得ない情熱の結晶」として、名古屋の街中にある公立高校ではちょっとした定番となっていた。


 僕も一所懸命作った。その頃聞き出した洋楽の中から精一杯背伸びした感じのミュージシャンや曲を選んで、でもちょっと親しみやすい曲も入れたりして、という絶妙なバランスを考えながら、どうにか完成させた時は、自分がハウスミュージックのレジェンドDJ、ラリー・レヴァンになったかような高揚感に包まれた。問題は、渾身の作を渡す相手がいないということだったが、そんなのも、今となってはどうでもいいことなのである。


 大学に行くようになって、何が言いたいのかつくった本人にもわからない映画をつくるようになったり、へっぽこバンドでオリジナル曲をつくるようになったりしてからも、カセットテープは録音メディアとして非常に使い勝手が良く、多用していた。思いのたけを詰め込んだマイミックスを手渡しても、ふふと笑って受け取ってくれそうな子もなんとなくいるような感じにもなってきた。

 でも、結局のところ渡さなかった。


 MDが普及し始めていたし、何よりそんなまどろこっしい方法でボーイミーツガールする年齢でもなくなっていた。


 一番大事なところで、能力を発揮できないタイミングの悪さ。


 その切なさもまた、カセットテープと僕のへっぽこコンビにふさわしいような気がする。

 

このテーマを書くきっかけとなったのは、ちょっとだけ年上のナイフ作家さんからカセットテープを「懐かしいでしょ」と渡されたこと。ちなみにヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』(2023)では、カセットテープが重要な小道具として登場します。ものすごくいい映画です

 

 米津玄師やAdoが、動画サイトを活用しながら自らを表現していったように、音楽を伝えるためのツールはどんどん進化していく。それまでの「ひと手間」は集合知として簡略化され、新しい人たちは新たな部分で、自らのクリエティヴィティを表現しようとする。
 その本質は変わることはない。


 でも、昭和40年代の終わりに生を受けた僕にとって、カセットテープは、音楽を聞き、自らの思いのようなものを表現するための相方のようなツールだったのである。


 いいやつだったな。


 そう感じながら、久しぶりに手に取ったそれは、想像以上にずっしりとした重みがあった。

 

TEXT:服部夏生

 

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