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2025/01/07

昭和大好きかるた 時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る 第18回「つ」

 

時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る

 

第18

ツッパリ

 

令和となってはや幾年。平成生まれの人たちが社会の中枢を担い出すようになった今、「昭和」はもはや教科書の中で語られる歴史上の時代となりつつある。
 でも、昭和にだって楽しいことやワクワクさせるようなことがあった。そんな時代に生まれ育ったふたりのもの書きが昭和100年の今、”あの頃”を懐かしむ連載。 

 第18回は、軍事フォトジャーナリストの菊池雅之がお送りします。

 

 

 今ではもう死語となった“ツッパリ”―。


 いわゆる不良の少年少女を指す言葉ですが、昭和の一つのカルチャーでした。


サイタマのツッパリたち

 

 ハタチの我が娘に「ツッパリって知ってる?」と聞いてみたら、「ヤンキーのこと?」との回答。どうやら今ではヤンキーの方が通じるようです。


 私が小学生の頃、ツッパリという言葉はまだ使っていました。ただ、ヤンキーという言葉が徐々に市民権を得ていたような気がします。


 改めて調べてみると、ツッパリとは、1960年代から80年代に使われていた単語のようです。それ以前にはバンカラとも呼んでいました。もちろん、私は、バンカラという言葉は使ったことがありません。



 ツッパリと一口に言っても2系統あり、本当のワル系かファッション系に分かれていました。私は埼玉県に居住していたこともあり、周りはまあ、ツッパリだらけでしたし、前述の系統で言えば、本当のワルだらけでした。校庭をバイクが走り回り、窓ガラスは毎日のように割られ、授業が妨害されることもしばしば。埼玉県内の公立中学ではよく聞く話です(もちろん当時の話ですよ、悪しからず)。


 私はツッパリになりたいと思ったことはありません。ケンカをしたいと思ったこともありません。学校には普通に毎日通いたかったクチです。でも、マジメすぎるのもなぁ、という思春期ならではの悩みも。何より、クラスのツッパリはモテていたのです。



 その当時流行った映画がありました。『ビー・バップ・ハイスクール』です。コテコテの不良である清水宏次朗演じるヒロシと仲村トオル演じるトオルが主人公の漫画が原作です。マドンナ役の泉今日子は中山美穂が演じてました。


 当時の中学生男子にとって、仲村トオルは憧れの的でした。私はモテたい一心で、ファッション系ツッパリに手を出します。

 

映画『ビー・バップ・ハイスクール』は週刊ヤングマガジンで連載された漫画がベースとなっている。作者はきうちかずひろ。映画もシリーズ化された。菊リンをはじめとする個性的なサブキャラが大勢出てきて、青春群像劇としてめちゃくちゃ面白い。


 まずは、学生服のズボンをワンタックのものにして、ダボっと着てみました。いわゆるボンタンです。当時整髪料は校則で禁止されいましたが、ムースでカチッと決めていました。仲村トオルには程遠かったですが、とりあえず“にわか”の道を進みます。


 クラスの女子の反応はよく、さらにモテるべく「よし、次は短ランを買おう」と決心。短ランとは、文字通り、学生服の上着が短いもので、今見るとダサいことこの上ないのですが、当時は欲しくてたまりませんでした。結果、買うことはなかったのですが、それは良い決断だったと、当時の私を褒めてあげたいです。


 ただし、本当のワルは、こうした“にわか”ツッパリファンションに対し、否定的でした。その当時「ボンタン狩り」という言葉があり、そうした形だけのファッションツッパリを粛清し、ボンタンを取り上げる風習がありました。


 ただし、私は、持ち前のコミュニケーション能力を生かし、一般生徒ですが、ツッパリと仲良くやれていました。それでいて、嗅覚も働くので、トラブルが発生する前に、その場から自然とフェードアウトすることも得意(逃げ足が早いとも言う)でしたので、先生に目を付けられることもなく。ただモテたいだけでしたから、これは当然必要なスキルです。


 しかし、私が中学3年生の時、大事件が起きます。仲良かったツッパリたちが、理科の先生に暴力を振るい病院送りにしたのです。ワル系はワル系で、突っ走っており、これを機に、私は「もうついていけない……」と思い、距離を置きます。高校受験も間近に迫っており、私はツッパリへの憧れを絶ちます。


お前、今もツッパってるな

 

 あれから35年近くたち、あの時のイケイケのツッパリたちはすっかりオジサンになり、多くがそのまま町を出ることなく、所帯を持って暮らしています。


 そこで、在りし日のツッパリたちとお酒を飲みながら、私が世界各地を渡り歩き、体験した話をすると、興味深そうに聞いてくれます。


 すると、一人がこう言いました。「お前、ツッパってるな……羨ましいぞ」と。「えっ」と驚く私。「知らぬ土地で、知らぬ人と立ち回るお前は、間違いなく戦っている。もう、そんな勇気や元気はないなぁ……」。私はその言葉に対し、素直に褒められたと受け止めつつも、寂しさも覚えました。


 そう、あの時代、ホンモノにしろ、にわかにしろ、何かと戦ってはいたようです。その相手は、クラスメイトであったり、親であったり、先生であったり、体制であったり。戦う手段は、何もケンカだけではないのです。

 

今もツッパってる筆者


 よし、ならば中年であっても、ツッパってやろうじゃないか。「どっこいしょ」と老眼鏡をかけ直し、腰を上げ、まだまだ戦っていこうと決意を新たにしました。
 

 

TEXT:菊池雅之

 

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