2024/10/29
昭和大好きかるた 時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る 第13回「す」
時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る
第13回
す
彗星
令和となってはや幾年。平成生まれの人たちが社会の中枢を担い出すようになった今、「昭和」はもはや教科書の中で語られる歴史上の時代となりつつある。
でも、昭和にはたくさんの楽しいことやワクワクさせるようなことがあった。そんな時代に生まれ育ったふたりのもの書きが、”あの頃”を懐かしむ連載。
第13回は、刃物専門編集者の服部夏生がお送りします。
今回のテーマは「彗星」である。
こう書くと「あれだろ、赤いあれだろ?」と思う方々がほとんどだとは思うが、申し訳ない。
そうじゃなくて、ブルートレインの話である。
キッズの心を鷲掴みにしたブルトレ
僕の好奇心がまだまだ旺盛だった子どもの頃、熱狂したものはいくつもあった。
あったからこそ、こんな連載を始めたのだが、中でも一番熱狂させたものは「鉄道」だった。
なんでだかわからない。
幼少のおり、近所を走っている名鉄瀬戸線、通称「瀬戸電」を見て満面の笑顔を浮かべている写真が残っているので、多分、その頃に刷り込まれたのだと思うが、「好き」に理由なんてないことは、人類が土を捏ねて縄で文様をつけた器をこしらえていた頃から変わることのない真理である。
当時の「鉄」キッズにとってのヒーローは「ブルートレイン」一択だった。国鉄が全国に走らせていた夜行の客車列車である。青い客車を機関車が引っ張る姿は実に凛々しく、機関車に掲げられた愛称を冠したヘッドマークはため息をつくほど格好良かった。
「あさかぜ」「さくら」「富士」「みずほ」。「北陸」「出羽」「日本海」。名古屋で電気機関車からディーゼル機関車に付け替えられる「紀伊」……。今でも彼らのヘッドマークを鮮明に思い出せる。
中でも「彗星」という列車のそれは、濃紺に金銀でほうき星があしらわれたもので、青い車体と相まってめちゃくちゃシックだと感じていた。
だが彗星は大阪と宮崎の間を深夜に走る列車だったので、名古屋住まいの小学生の僕が見るのは無理だった。だから、雑誌や本の写真で憧れを募らせていたのである。
僕が社会人になった頃には、ブルートレインは数を大幅に減らしていた。国鉄はとっくに分割民営化されJRになっていて、複数の会社を横断する列車は扱いが難しかっただろうし、そもそも飛行機や夜行バスが発達して、古色蒼然とした「夜行列車」の需要がなくなりかけていた。
早晩、全廃になる。
ついに「彗星」が廃止、というニュースを目にした時、僕は予感した。
その頃の僕は、もう熱烈な「鉄」ではなくなっていて、飲み屋で上司の愚痴をこぼすくだらない大人に成り下がっていた。
だが彗星がなくなるという事実は、心の引き出しの奥底にしまわれていた好奇心を取り出すには十分な力を持っていた。目覚めた僕は、あの手この手を使ってブルートレインに乗るよう努め出した。
鉄道好きの相棒カメラマンと結託して、出張の行き帰りにもブルートレインを積極的に使った。当時つとめていた会社のベテラン経理の女性は、物言いたげな顔をしていたけれど、お土産を持参するようにしたら、途端に当たりが柔らかくなった。
よく言えばおおらかさが残っていた時代だったのである。
夜を徹して語り合ったブルトレの夜
その夜も僕は相棒カメラマンと一緒にブルートレインに乗っていた。A寝台という高級なベッドを取ったが、そう易々と眠るわけにはいかない。僕たちはフリースペースでお酒を飲んで車窓を眺めていた。
「ご一緒していいですか」
僕たちと同じ年頃の男性が、仲間に入ってきた。
「全国を旅する仕事している、という話が耳に入ったので」
笑顔でそう語った彼は、羨ましいなあ、と嘆息して缶チューハイをぐびりと飲んで、言葉を続けた。
「子どもの頃ね、ブルートレインに乗ってずっと旅をしたいと思ってましたよ。でも今はしがないサラリーマン」
「見た目は楽しそうですけど、実際は楽じゃあないんですよ」
そう答えた相棒が自分も子どもの頃、同じことを考えていたと続けると、男性は嬉しそうな顔になって「ブルトレ話」に花が咲き出した。
「オレ、彗星が好きだったんですよ」
「オレはあけぼの」
「学生時代、まりもに乗ったけどあれはよかったですねえ」
しばらく話に加わっていたが、会話は次第に「鉄道」をフックにした人生論へと変わっていき、いつしか男性の今後について、相棒が相談を受ける形になっていった。
自分の出る幕はなさそうだ、とその場を辞して、ベッドに横になった。窓の外は真っ暗闇で、時折、踏切の赤い灯火がものすごいスピードで流れていった。
子どもの頃、憧れていたブルートレインは、豪華でピカピカしていて、乗っている人たちもそのままパーティに出席できるくらいめかし込んでいるものだと信じ込んでいた。
でも、大人になって乗ったそれは、少なからず内装がくたびれていたし、乗客も『男はつらいよ』の体でアルコールをブルージーにあおっていた。
そんなもんだよな。「彗星」には乗らず仕舞いだったけど、憧れのままで終われたからかえってよかったかもな、と思いながら、僕は眠りについた。
それが最後のブルートレイン乗車となった。
定期の夜行客車列車が日本国内を走らなくなって久しい。僕も移動に新幹線や飛行機を使うのが当たり前になって、上司がいなくなった代わりに、世の中に悪態をつくさらにくだらない大人に成り下がってしまった。
でも、もしブルートレインが復活したら乗りたいな、と思うくらいには鉄道が好きでい続けている。リアルな大人の人生を垣間見せてくれた彼らは、僕の心の中では、子どもの頃と変わらず、颯爽と夜のとばりを切り裂いて走っているのである。
TEXT:服部夏生
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