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2025/03/04

昭和大好きかるた 時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る 第22回「に」

 

時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る

 

第22

日曜日の朝

 

 令和となってはや幾年。平成生まれの人たちが社会の中枢を担い出すようになった今、「昭和」はもはや教科書の中で語られる歴史上の時代となりつつある。
 でも、昭和にだってたくさんの楽しいことやワクワクさせるようなことがあった。そんな時代に生まれ育ったふたりのもの書きが、昭和100年の今、"あの頃"を懐かしむ連載。 

 第22回は、軍事フォトジャーナリストの菊池雅之がお送りします。

 


 日曜日の朝が好きでした。もちろん、大人になってからも好きなのに変わりはありませんが、子どもの頃は、疲れを取る、という目的ではなく、いつもよりダラダラできることが好きだった理由のような気がします。

 

キッズを夢中にさせた日曜朝のテレビ番組

 

 だから、日曜日と言えど、7時頃には起きていました。
 いつもよりはゆっくりではありますが、早い方ですよね。


 町内会で行っているソフトボールに参加していた時期もあり、その頃は6時起きでした。親に無理やり参加させられた感もある上、球技はまったくダメな私なので、すぐにつまらなくなってやめてしまいましたが。


 私の日曜日の朝の楽しみ方のひとつにテレビ鑑賞がありました。日曜日の午前中は、アニメや特撮ヒーローものが放送されているのは今も昔も変わらない光景。


 当時、フジテレビで午前9時から知る人ぞ知る番組が放送されていました。
それが「東映不思議コメディシリーズ」(*)です。


*「東映不思議コメディシリーズ」:本文中にあるようにフジテレビ系列で1981(昭和56)年から1993(平成5)年まで、日曜9:00〜9:30(関東地区)に放映されていた特撮ドラマシリーズ。いずれも原作は石ノ森章太郎、制作は東映。筆者が夢中になった『ペットントン』は1983(昭和58)年10月から翌年8月、『勝手に!カミタマン』は1985(昭和60)年4月から翌年3月まで放送された


 私が小学生になるかならないかのタイミングで『ロボット8ちゃん』がスタートします。特撮とは言ってもCGやVFXなどがなかった時代。登場するロボットたちは着ぐるみです。『がんばれロボコン』に次ぐシリーズだったようです。私は『がんばれロボコン』が放映を開始した1974(昭和49)年にはまだ生まれてないので、その存在は大人になってから知りました。


 そして『ロボット8ちゃん』に続き、『バッテンロボ丸』がスタートします。こちらもロボット着ぐるみが大騒ぎします。しかし、この2作品、キャラクターたちは覚えているのですが、私が幼すぎて内容は全く覚えていません。毎回ドタバタ騒ぎなので、中身があるようでない作品なのですが、ちょっと悔しいです。

 

「IDEX(国際防衛展覧会および会議)2025」で展示されたドローン。子どもの頃には空想の世界でしか存在なかったアイテムが、令和の世では現実の世界に登場するようになった

 

テレビの前で家族で笑っていた「大満足」のひととき

 

 しかし、今でも鮮明に覚えている作品が次にスタートします。それが『ペットントン』です。緑色の体をした金髪の謎の宇宙人ペットントンが主人公です。手足が伸び、うれしいと膨らみ、悲しいと萎む。見た目には可愛い要素はないのですが、これが不思議と回を重ねるごとに愛らしく見えてくるのです。


 当時大ヒットしたスティーブン・スピルバーグ監督の映画『E.T.』に影響を受けたのは間違いないお話。この『ペットントン』、子供向けじゃん、などと侮れない内容で、最高視聴率は20%を超えたそうです。


 ただし、ここで着ぐるみシリーズは一旦終了。今度はぬいぐるみサイズの主人公が活躍、というか混乱に近い騒動を引き起こす『どきんちょ!ネムリン』『勝手に!カミタマン』と続きます。私は『勝手に!カミタマン』が大好きで、今でもカミタマンの呪文「カモン、カカモン、カカモカ、カミタ」は脳裏から離れていません。


 これらが終わった後、父が起きてきて、10時から『笑っていいとも!増刊号』を見始めます。平日正午より放送していた『笑っていいとも!』の総集編で、作家の嵐山光三郎(*)を編集長とした雑誌風番組となっていました。それが “増刊号”と銘打っている理由です。ですが、いつしか編集長制度はなくなり、ただの総集編となりました。小学校高学年になってからは、この番組も大好きになります。


*嵐山光三郎:平凡社の『太陽』『別冊太陽』の編集長を務めながら作家としても活躍した。ポップカルチャーの牽引者のひとりであり、「昭和軽薄体」と言う口語をフィーチャーした文体を提唱した。彼が多用した「なのでR」をはじめとしたアルファベットを日本語に見立てた「ABC文体」は昭和50年代に流行し、沖田浩之の名曲「E気持」(作詞:阿木燿子)などが生まれた


 そんなこんなで、あっという間にお昼です。今となってはもっとやるべきこともあったような……。ソフトボールも続けていれば、もしかしたら何か別の道もあったような……。


 そんな後悔もチラリとあります。が、しかし。日曜日の朝はダラダラとほぼテレビ漬けで終わる日曜日の朝は、やっぱり楽しかった。当時の私は、大満足だったのでR。

 

アラブ首長国連邦の首都、アブダビで開催れた「IDEX」を取材した筆者。アームズマガジン本誌でのレポートも楽しみにしていてほしい。

 

TEXT:菊池雅之

 

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