2024/01/20
【実銃】映画『007』シリーズ第1作で登場したジェームズ・ボンドの銃「WALTHER PP」【前編】
ワルサーの英知が結集したDAオートの始祖
WALTHER PP
ワルサー ポリッツァイ・ピストーレ(PP)が登場したのは1929年だ。実に92年前!もはや立派なヴィンテージピストルとなっている。
しかし、PPK、PPK/Sの影に隠れて、PPはイマイチ影が薄いのも事実だ。この銃が持つ渋い魅力に気が付くには、ある程度年齢を重ねていく必要があるのかもしれない。そんなPPにやっとたどり着いた。
007のPP
2020年の暮れ、名優ショーン・コネリーが亡くなった一ヵ月ほど後に、ウエスト・ハリウッドの競売業者Julien's Auctionsが一挺の銃をオークションに掛けた。それは、映画『ドクター・ノオ』(1962年)でコネリーが使用したワルサーPPだった。通の間では、『ドクター・ノオ』のワルサーはPPKではなくPPだったことは有名な話だが、このオークションによってそれが完全に裏付けられたカタチとなった。
出品されたPPは、リアサイトがブレイド・タイプの古いモデル。シリアルは19174Aで、口径は.32ではなく.380ACPだ。元々はイギリスの有名なプロップ会社BAPTYが2006年に自社保管品のオークションで売却したものという。BAPTYに関しては旧Gun誌時代に床井さんが紹介しているのでご存じの方もおられると思う。
ちなみに落札価格は、競売業者の予想をはるかに超える256,000ドルだった。自分がイリノイ時代に必死でローンを組んだ一軒家とほぼ同額という凄さ。まあ、映画史上に燦然と輝く、記念すべき007映画の一作目で使われたプロップ銃ともなればそのくらいは当然か。できれば自分も、金があったらぜひ欲しかったところで。
さて、コネリーが使ったPPは惜しくも買い損ねた自分だが(オイオイ)、その代わりについ最近、ちょっと小綺麗なPPを入手した。今ご覧の一挺がそれだ。
PP
どうです。なかなか美しいPPでしょう。輸入元インターアームズの刻印が入った西ドイツ製だ。口径は.32ACPで、ボンド銃の設定と同じ。限りなく嬉しい。
この銃は、月刊ガンプロフェッショナルズ2021年10月号のガンショー徒然日記の中で買い逃しのエピソードを書いたPPである。会場では流しつつも名刺だけはすかさず貰っており、どうにも我慢がならずに後日連絡を取って買いに走った次第だ。予備マグ一個の箱無し状態で765ドルとなかなかのお値段。代金調達のためガラクタ系の銃を数挺、ARMSLISTで処分した。そこまでしても欲しかった。イヤ、そこまで金が無かったワケで(泣)。
思えばPPは、長年買い逃しを続けた自分だ。カリフォルニア在住時代の10数年前にはまだまだ価格も安定しており、のん気に構えたままズルズル過ぎた。
一番痛恨の買い逃しは、サクラメントのガンショップで見付けたワニ革模様の紙箱に入った古いPPか。正真正銘のドイツ製で茶色のグリップが付き、確か400ドル弱だった。他に買わねばならぬ銃があり、うっかり流してそれっきり。今じゃ軽く千ドル以上の代物だ。泣けてくるぜマジで。
このようにズルズルと、今日に至るまで買い逃しを繰り返したのにはワケがある。昔は今ほど、PPに思い入れがなかったのだ。半端な気持ちで探していた。もっと言えば、日本にいた頃の自分は、PPは完全にスルーだった。モデルガンの影響からPPK/Sが一番、その次にPPKで、PPまでは気が回らなかった…といった辺りの事情は、旧Gun誌時代に.22口径版のPPをリポートした際にも散々書いている。
ひどい話である。自分はホント、見る目がなかったとつくづく思う。
PPは、ワルサーPPシリーズの元祖であり原点。DAオートの走りとして幾多のコピーを生んだ本家本元の銘銃モデルだっていうのに、「何だか見た目が間延びしているし」と、自分は継子扱いだったのだ。
PPが誕生したのは1929年だ。それまでのワルサーは、1908年のモデル1から1921年のモデル9に至るまで、ブラウニングに倣った小型オートをひたすら作り続けていた。それが一念発起、リボルバーのようなDA/SAメカを持った中型オートに挑戦。それがPPだった。
当時、巷にはオーストリアのLittleTom(1908年)やらその他数種のDA オートが既にちらほらあった。しかしそれらはトリガープルが最悪だったりでポピュラーには成り切れずにいた。その突破口を開き、世界で最初に商業的に成功したDAオートがPPとなる。
エレガントな外観と、ローディードチェンバーインジケーター(シグナルピン)等の洒落た機能をまとったことも成功の要因だった。まさしくフリッツ・ワルサー渾身の革命的革新的なオートだった。
PPはナチスの制式拳銃となり、戦後は東ドイツ警察に使用され、フランスのマニューリン社のライセンス生産品(1950年に開始)が西側諸国の警察で使用された。また、トルコのMKEやハンガリーのFEGや米国Indian ArmsのP380等、大量のコピーも生んだ。そのPP誕生から2年後の1931年、派生モデルであるPPKが登場(実際にはPP誕生の二か月後に試作が完成していたらしいが)。
コレはPPのバレルを3-13/16インチから3-1/4インチの長さに縮め、グリップフレームを1/4インチ分カットして装弾数を7発から1発減らし、バックストラップをスケルトナイズドしてラップアラウンドの樹脂グリップで包んだ軽量小型版だ。
そして1969年にはPPK/Sが登場する。米GCA法(1968年)が定めた輸入銃のサイズ規定にPPKが引っ掛かってしまい、それをクリアすべくPPのフレームにPPKのスライドを乗せたニコイチモデルがコレだった。苦肉の策だったがスタイルも意外に悪くなく、ユーザーに広く受け入れられた―――――――――。
こういった歴史的背景は、読者の皆さんなら大方ご存じであろう。けれど、重々ご存じなんだけれど、それでもやっぱりPPは印象が薄かったりするんだよね。PPKとかPPK/Sの陰にどうしても隠れがちの存在なんだよね。
今回、試しに、友人知人の数名にPPのイメージを聞いてみた。すると、実に様々なご意見が返ってきた。例えば、
「本当はPPが元祖なのに、PPK/Sに比べてスライドが長くて何だかカッコ悪いな~というイメージでした。しかし歳をとってからは、スパイの銃と言うよりも、ポリッツァイピストルとして開発された、当時の厳格だったであろうドイツ警察のイメージで、カッコ良く思えるようになりました」
とか、
「私的には、PPK>PP>PPK/Sの順位になります。知人のミリタリーマニアにはPPが好きという方もおります。ミリタリー的にはPPがスタイルが良い気がします。PPKは007の影響が強いわけですが、本来PPはミリタリー用として完成されてますし、もっと人気があっても良いのではと思います」
とか、
「私はマルシンのモデルガン組立キットのPPK/Sからスタートしました。ウエスタンアームズのモデルは中古の傷まみれを購入しレストアしました。経済的な事情もあって長らくマルシンPPには辿り着けませんでしたが、PP自体はヨーロッパの公用のイメージもあり、スマートで好きです。私の中ではPPK/S、PP、PPKの順番です」
とか、
「確かにPPは影が薄いですが、私はPPが一番好みでした。実銃射撃の経験はないのであくまでも外観イメージでの判断です。PPK/Sはなんとなく寸詰り感といいますか、すらっと長いPPのスライドを好ましく思いました。.32口径は良いとしても、.380口径はPPでないとキックが強いだろうなと想像します」
とか、
「なかなかのスタイルでカッコ良く、モデルさんの容姿を感じます。ガンファンなら知ってはいてもドイツファンでないと行き着かないワルサー、それがPPのイメージです。あの時代のドイツ火器はカッコ良さがズバ抜けてました。PPKもPPK/Sも、元ネタのPPのカッコ良さがあっての物でしょう」
とか、
在米の友人は、
「以前はPPの魅力が理解できず、デザインバランスも見た目もPPKやPPK/Sの方が好きでした…が、最近ではPPの持つプロフェッショナル的魅力、シブさに惹かれています。と言いながら、これからも買う事はないでしょうね」
とか、
さらにガンプロ編集部の松尾副編になると、
「PP、いいですね!個人的にPPは大好きでした。70年代ではもっとも好きな銃の一つでしたね。一般的にはPPKに比べてデザインが間延びしているとの評価が聞こえますが、自分的には寸詰り感のあるPPKより滑らかな曲線でバランスも良く、断然お気に入りでした。現在の尺度からみれば.32口径、.380口径用としてはデカすぎるわけですが、70年代ならアリでしょう。その頃、テレビで『プロテクター電光石火』(The Protectors)という海外ドラマをやってまして、主演はナポレオン・ソロのロバート・ヴォーン。30分モノのスパイアクションっぽいドラマで(プロテクターは民営の組織)、そのナポさんが使ったのがPPでした」
といった具合だ。松尾副編のように最初から馴染んでる人もいるにはいても、それはきっと例外であろう。PPKはものすごく好きって人でもPPは全然だったりする。素性も実力も重々認め、理屈では分かってるんだけど気持ちが付いていかないというか、どういうわけかPPKのほうが本物に見えてしまうみたいな。姉妹銃でありながら、こーゆー激しい落差も一種珍しい。
それに、だ。PPはずいぶん前に市場から消えたが、PPKとPPK/Sは途中途切れつつもいまだに生産が続いている。ということは、モデルガン好きの日本人だけじゃなくて、地球規模(?)でもやはりPPは馴染みが薄かったのだろうなと想像もするわけで。
ただ、皆さんのご意見を伺って思ったのは、PPは総じて歳を取ってから魅力を感じ出す傾向が強いことだ。一通りあれこれ経験した後に味が分かってくるというか、自分も何時の頃からか渋く見えだして、今は結構お気に入り。スマートな外観を美しく感じ、戦時に活躍したプロの銃としての魅力などを、ようやくボチボチ理解し始めたところなのである。
Photo&Text:Gun Professionals サウスカロライナ支局
この記事は月刊ガンプロフェッショナルズ2021年11月号に掲載されたものです
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