2023/09/21
戦争終結まで帝国陸軍を支え続けた日本の小銃「三八式騎兵銃」【無可動実銃ミュージアム】
この1挺は戦うために作られてきた本物の銃だ。
数奇な運命に導かれ、今はこの日本という平和な地で静かに眠っている。
発射機構を排除され魂を抜かれても、その銃の魅力が廃れることはない。
時代と共に歩んだ歴史を、培われた技術体系を銃はその身を持って示してくれる。
その姿は銃に魅了された我々に新たなる知見をもたらすことだろう。
さあ、今回も無可動実銃のことを語ろう……。
日本の情勢にあった小銃
「さんぱちしき」のニックネームで呼ばれた三八式歩兵銃は明治38年に採用され、太平洋戦争終結までの40年間にわたり帝国陸軍の主要火器として使用された日本を代表する小銃である。欧米人と比べると体格が小さい日本人でも扱いやすいように、反動の少ない6.5mmの小口径弾の採用と長い銃身を備えたのは前身の三十年式歩兵銃譲りの特徴であり、三八式では日露戦争での経験に基づく改良も加えられた。
当時の日本のが進出していた中国大陸で想定される広大な平地での銃撃戦を意識し、有効射程距離や命中率、銃剣突撃の際のリーチは重要な要素であり、三八式はこれらの要件を満たしている。また、大戦中は弾薬不足から白兵戦を行なうことも多くなり銃剣を取り付けた三八式は長い間合いを活かすことができた。こういった長所が多いライフルであったため、後継の九九式小銃が登場した後も三八式歩兵銃は日本軍の主力小銃として運用され、第一線で戦い続けたのである。
三八式騎兵銃 後期型 (名古屋製 #28127)
- 全長:966mm
- 口径:6.5mm×50
- 装弾数:5発
- 価格:¥231,000
現在に通じるコンセプトの騎兵銃
着剣すると全長166cmにもなる三八式歩兵銃は、突撃戦法を得意とする日本陸軍のスタンダードモデルであるが、戦闘を続ける中で様々なバリエーションモデルも生み出している。
その最たるものとして短縮された騎兵銃は軍馬に乗って機動戦闘を行なう騎兵が使用し、馬上での取り回しを重視した改良が施されている。騎兵用の銃器は全長が短縮されているという特徴があり、特別な仕様であることからカービンと呼ばれた。これは現在でもM4A1カービンなど、フルサイズよりも銃身が短いライフルの名称として使われている言葉だ。
第一次世界大戦以降、ドイツのKar98k、ロシアのモシンナガン、イギリスのエンフィールドなどは短縮化したモデルを製造し、三八式騎兵銃もまたこれら外国製ライフルと近い全長となっていた。他国のライフルが7.62mmの大口径を短くしたのに対し、三八式騎兵銃は6.5mmという小口径のため、銃身長の短縮による悪影響は少なく、命中精度などはフルサイズの三八式歩兵銃と遜色ないものであった。
優れた性能を持つ三八式騎兵銃であったが、騎兵は軍刀を携帯するのが規則となっていたため、三八式騎兵銃用の銃剣と軍刀の2本を携行するのが煩わしく、すぐにスパイク型銃剣が銃に付いている四四式騎兵銃に装備を改変したため三八式騎兵銃は工兵、通信兵、戦車兵、憲兵、警備兵、船舶兵などの支援部隊で主に使用された。一般兵でも銃剣を付けると前方が重くなりバランスが悪くなる三八式歩兵銃より三八式騎兵銃を好む兵士もいたようで、戦闘が始まると三八式騎兵銃を持つ通信兵が貸してほしいと要求されることもあったようだ。
三八式歩兵銃と同様に三八式騎兵銃も第一次世界大戦時にはイギリスやロシア、メキシコなどに輸出されており、ロシアに渡ったものの一部は独立したフィンランドにも引き継がれヨーロッパの戦場でも三八式は使用されていた。
戦後も各地で投降した日本軍が残した三八式騎兵銃はそのまま現地で接収されている。日本人の戦争が終わった後も三八式騎兵銃だけは各地で壊れるまで戦闘に使用され続けたのである。
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この記事は月刊アームズマガジン2023年10月号に掲載されたものです。
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