2023/11/10
【実銃】ワルサー PPK/S ~数多くの警察や軍隊、情報機関に使われた傑作銃~【前編】
中型DAオートのマスターピース
WALTHER PPK/S
モーゼルHSc、HK4、ベレッタ84、SIG P230….380ACPを撃つ往年の中型ダブルアクションオートはどれも過去の銃になってしまった。唯一、PPKとPPK/Sだけが生き残っている。ストライカーファイアとショートリコイルを組み込んだ現代のコンパクトオートは、軽くて撃ちやすい。うっかりするとPPKサイズでありながら9mmパラ仕様だったりするのだ。
時代は変わった…それでもやっぱり往年のPPKとPPK/Sには魅力がある。
ロジャー・ムーアは永遠に
ロジャー・ムーアは2017年の5月にこの世を去った。享年89。
訃報の直後、多分日本ではムーア・ボンド一挙放送とか追悼番組が様々組まれたことだろう。自分が芸能ニュースに疎いってのもあるが、アメリカ側ではイマイチ静かな反応だったような気がする。目立った特番なども無いまま過ぎてしまっていたような…。
自分が初めて劇場で観たボンドは、ムーアだった。79年の『ムーンレイカー』だ。高校生の頃だから、わりと遅咲きの劇場ボンド・デヴュー。入れ替え無しで続けて2回観入ってしまった。無論パンフレットも購入し、主題歌のEPレコードまで買い込んで聞きまくった。
シャーリー・バッシーのパンチの利いた歌声にベタ惚れ。歌詞も必死で覚え、今でもそらで歌えるくらいだ。
当時、テレビ放映のボンドはまだまだショーン・コネリー版のみの時代だったから(81年にやっとムーアの『死ぬのは奴らだ』がテレビ初放映)、“ボンド即ちコネリー”の絶対公式は自分の中にも当然あったはず。が、何しろ劇場初ボンドの『ムーンレイカー』にどっぷり漬かった関係で、正直、コネリーもムーアも個人的には甲乙つけ難かったのもまた確かだ。
ムーアが作り出したユーモア満点、茶目っ気たっぷりな新しいボンド像は、コネリーのワイルド感とはまた違った魅力で大いに惹かれたし(広川太一郎の吹き替えが絶妙でした)、出演回数も7作で歴代最多という事実からも、コネリーと並ぶ二大ボンド役者であったのは誰もが認めるところだろう。彼がもう少し若ければ(コネリーよりも三歳年上。最終作の85年『美しき獲物たち』の時点で58歳)、あと2作くらいは行けたに違いない。
また、映画『キャノンボール』の中でムーアが演じたボンドのパロディーなどは超最高で、アレは決してコネリーには真似出来ない芸当だった。ああ、ホントに色々面白かった。それなのに、である。あんなにもワクワクしてムーア・ボンドを楽しませてもらった自分なのに、彼の訃報にはコレといった反応ができず、今の今まで追悼記事の一個も上げ切れてないのである。マジで心の底から心残りの大反省状態で。
PPK/S
そんなワケで、今さらながらムーアを偲びつつこの記事を書いている。ネタはPPKと言いたいところだが、Sのほうだ。PPK/Sだ。それも米国製のステンレス版。無論、インターアームズ時代の製品である。
ワルサーのPPK/Sは、時代の先を行ったダブルアクションのトリガーメカと徹底したセイフティシステムによってDA中型オートの祖となった同社のPP(1929年)と、その小型版であるPPK(1931年)との合体銃だ。小型銃の締め出しを狙った1968年の米GCA法のサイズ規定により、PPKを米国へ輸出できなくなったのが誕生のきっかけ。そのサイズ規定をクリアーするべく、PPのフレームにPPKのスライドを乗せ、苦肉の策としてでっち上げたのが69年登場のPPK/Sだったのは有名な話である。
その後80年に、米国の輸入代理店、ヴァージニア州のインターアームズが米国内のライセンス生産を開始(実際の製造はアラバマ州のレンジャーアームズが担当)。時期的にはムーア・ボンド在任中の『ユア・アイズ・オンリー』(81年)の頃だ。当時の価格は、米ガンダイジェスト誌81年度版で見ると、ドイツ製が500ドルに対してアメリカ製は265ドル。ほぼ半値に近かった。そして83年には、ステンレス版が華やかに登場。価格は、85年の米ガンダイジェスト誌のリストで499ドル、同時期の黒が459ドルだった――といったところがご覧のPPK/Sのざっとのあらましなのだが、個人的には初めてなのだ、Sをリポートするのは。
PPKとPPは何度か扱ったが、PPK/Sはなぜか長年買い逃しており、今回ようやく手に入れた次第。購入のいきさつは、月刊ガンプロフェッショナルズ2019年7月号のガンショー日記で少し触れた。
例によってARMSLISTで売りが出ており、交渉の結果、手持ちのベレッタPICOとS&Wのボディガード380の2挺との物々交換で同意を得たのだ。
交換に差し出したPICOとボディガード380は、ほんの数年前、それぞれ300ドルと400ドルでリポート用に買った物。どちらもたった1回撃っただけの、ほぼ新品箱付き極上品だった。
一方のPPK/Sは、箱無しでマガジンは1本のみの素状態。でもコンディションは上々だから、相場はまあ500ドル辺りか。自分はこの取り引き、得したと思っている。銃を売って金に換えるのは大変だし、往々にして買い叩かれるのがオチだからだ。恐らく、先方も得したと思っているだろう。コレぞウインウインの関係だ。
実はその2ヵ月前に、遠征先のガンショー近くの質屋で同じステンレスのPPKを300ドルの格安で手に入れている。短期間にワルサーが2挺揃い踏み…良い事は重なるものだ。正統派のワルサーファンなら、やっぱりドイツ製に限るとおっしゃるかもしれない。また正統派のボンドファンなら、PPK/Sではなく当然PPKでしょうというお気持ちも重々分かる。が、実は自分はアメリカ製も全く抵抗が無く、加えてPPKよりもPPK/Sのほうが割と好きかもしれない不届きボンドファンだ。そう、すべてはウエスタンアームズのモデルガンのせいである。
PPKのモデルガンは、金属時代にはMGCのタニオアクション(とそのコピー)か、CMCのシングルアクションのみのヤツかのどっちかくらいしかなかった。CMCは規制で消えて、タニオアクションは自分は苦手でずっと敬遠していた(この話、何度も書いてますが)。
そこへ81年、プラ製モデルガンのPPK/Sが登場したのだ。しかもウエスタンアームズとマルシンの競作という凄さ。ウエスタンアームズはインターアームズ製の380口径版、マルシンはドイツ製の32口径版をモデルアップした。
市場へはマルシンのほうが微妙に早く出て、自分は早速飛び付いた(定価8,500円)。が、ウエスタンアームズのエジェクションポートの造形のリアルさ(金属の被せアリ)をむちゃくちゃ羨ましく思い、マルシンのエジェクションポートをタミヤカラーで銀色に塗ったりしつつ、結局ウエスタンアームズのも買い揃えたのだった(定価9,500円)。
マルシンは全体がやや華奢な印象もあり、微妙にボリューム感が勝ったウエスタンアームズのほうに思い入れが強く入った。つまり、“ウエスタンアームズ=PPK/S=インターアームズ=米国製”という構図だ。
モデルガンはどちらも黒モデルだったから、PPK/Sの自分のイメージはあくまでも黒先行なのだが、黒の中古はキズが目立って中々買い切れず、今回ステンレスに落ち着いた次第。ああ、ココまでの道のり、本当に長かったぜ。
ちなみに、ステンレス版が登場した同じ年に、『オクトパシー』が公開されている。どうせならステンレスのサンプル品でもボンドに持たせていたら、新鮮だったし銃の売り上げも上がったろう。少なくともワルサーP5よりは素直に馴染んだのでは思うのだが、いかがでしょうか。
Photo&Text:Gun Professionals サウスカロライナ支局
この記事は月刊ガンプロフェッショナルズ2019年8月号に掲載されたものです。
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