2023/04/01
【実銃】アメリカ軍制式拳銃として30年活躍したM9の足跡【M9A3】【前編】
Beretta M9A3
米軍兵士からのフィードバックを元にM9の問題点を払拭すべく、ベレッタが出した回答がM9A3だ。ストライカーファイアのポリマーフレームを欲していた米軍は、これを検討することなく突き返したが、M9A3は高いポテンシャルを持つ92の究極進化形というべき戦闘用拳銃になっている。
再燃するベレッタ人気
SHOT SHOWが開催中であった2017年1月19日、米軍の次期サービスハンドガンを決めるMHS(モジュラーハンドガンシステム)コンペティションの結果が発表され、読者もよくご存じの通り、SIG SAUER P320がベレッタM9の後継サイドアームとなるM17に決まった。同時にキャリーサイズのM11(SIG P228)についても、後継のM18としてP320が採用された。これは米陸軍の新サイドアームとしての選定だったが、その後にM17, M18は米全軍へと採用が広がっている。ベレッタ92Fが米軍の新サイドアームM9に決定した1985年1月から数えて、ちょうど32年後の出来事だった。
M9A3
- 口径:9mm×19
- 全長:220mm
- 銃身長:127mm
- 全高:137mm
- 全幅:38mm
- マガジン装弾数:17発
- 重 量:944g
- メーカー希望小売価格:$1,100
M9コマーシャル
- 口径:9mm×19
- 全長:216mm
- 銃身長:125mm
- 全高:137mm
- 全幅:38mm
- マガジン装弾:15発
- 重量:944g
- メーカー希望小売価格:$675
ベレッタにとってこの32年間、92は象徴的存在であり、自社のカタログでは究極のコンバット&タクティカルピストルと紹介し続けた。米軍採用の肩書により、ベレッタは世界中の軍警察関係者や一般市場へ92シリーズ(正確には90シリーズだが)の売り込みに大成功したが、MHSの結果発表は、それが終焉を迎えた事を意味する。
米軍の中でM9が順次M17/18に置き換えられ、退役していく中、ベレッタは92シリーズがただ色褪せていくのを黙って見守る事はしなかった。近年のベレッタは、火がついたように新機種を展開しはじめ、92が旧式化していく印象を払拭しようとしている。その動きはMHSコンペティションの結果が発表されるずっと前に始まっていた。
ベレッタは2014年初めにカスタム1911で広く知られるWilson Combat(ウイルソンコンバット)とコラボして92Gブリガディアタクティカルを開発、僅か半年後に製品した。
ベレッタにとってはかなり異例の企画であったが、有名カスタム会社とのコラボでベレッタの近代化は日の目を見た。92系の信頼性の高さとパフォーマンスレベルの高さを広めると同時に、ベレッタの製造ラインがカスタムモデルを生み出せる事を立証する意図もあったのだろう。このプロジェクトは好評で約2年後には92Gコンパクト、その翌年には92Gセンチュリオンタクティカルと続いて、現在に至っている。
2018年には同じくベレッタのカスタマイゼーションで知られるアーネスト・ラングドン(Ernest Langdon)の会社LTT(Langdon Tactical Technology:ラングドンタクティカルテクノロジー)と協力し、92エリートLTTをリリース。
SHOT SHOWでは社長自らが解説員となり92シリーズに新しい風を吹き込んだ。LTT は2020年には92のスライドに、ダットサイト取り付け用アダプタープレートを加工しマウントしたカスタムスライドを発表、92シリーズを現在のトレンドであるキャリーオプティックにカスタムする事でベレッタの可能性の道をさらに切り開いた。
そしてベレッタが競技に向け本格的に力を入れて新開発したのが2019年に発表された92Xシリーズだ。特にその中でもブリガディアスライドにヴァーテックデザインのスチールフレーム、フレーム側のサムセイフティレバー、エクストリームSトリバーメカニズムを取り入れた92Xパフォーマンスが注目を浴びている。
同年チームベレッタの筆頭メンバーとしてワールドクラスシューターであるサイモン・JJラカーザ(SimonJJ Racaza)を6年契約で迎え入れ、92Xにコンペンセイターを追加したオープンガンまで導入している。
こうして92シリーズは朽ち果てるどころか、ますますの発展と盛り上がりを見せている事はベレッタファンには喜ばしいことだ。
MHSに対してベレッタは2つの挑戦を行なった。1つはポリマーフレームのAPXを新開発し、トライアルに参戦したことだ(結果は大敗だったが、次世代を担う軍警察向けハンドガンとして現在も販売継続している)。
もう1つは長年のフィードバックをもとにM9を改良したM9A3の開発である。新拳銃に置き換えるよりM9の不満を解消し、継続使用する事の方が予算や訓練時間等を節約できるという提案だ。結果的に米陸軍はベレッタの提案に耳を貸さなかったが、法執行機関や一般のタクティカルユーザー向けにM9A3の市販が開始された。今回はこのM9A3を従来型M9の市販モデルと比較テストしてみた。
92シリーズ
ベレッタは第二次大戦が終わるまで、ブローバック方式の小口径ピストルを開発・製造していたが、1951年に口径を9mm×19に強化するにあたり、同社初のロックドブリーチ方式のモデル951(M1951)を開発する。これが92シリーズの直接的な先祖でベレッタにとって本格的な軍警察用サービスピストルの始まりだった。
第1号ピストルのモデル1915から既にベレッタはスライド上面を大きく切り開いた独自のスライドデザインを採用していた。この時点ではまだエジェクションポートと分離していたが、続くモデル1922でベレッタピストルの象徴的なオープントップのスライドデザインが完成する。
ベレッタは時として実用性や機能性以上にデザイン性を優先する伝統を持っており、このスライドが現在もベレッタピストルの個性を決定付けている。ハンマー方式に転換したモデル1923を経て、第二次大戦のイタリア軍を支ええた.380ACPのモデル1934が登場。しかし戦後の冷戦期にNATOの一員となったイタリアは、他国と同じ9mm×19のピストルを採用する必要が生じた。
しかしここで問題があった。ベレッタ特有のスライドでは、ブラウニングタイプのショートリコイルでロッキングラグとリセスが存在するべき箇所を丸ごと切り抜いてしまっており、導入できない。
そこでモデル951では同様にスライド上面が開放型のワルサーP.38が採用したプロップアップ方式を拝借した。SA(シングルアクション)の8連マガジンを使用し、エジプトやイスラエル等で採用されるなど、それなりの実績を積み重ねたが、クロスボタン方式のセイフティ機構など次第にその設計の古さが指摘されるようになった。
70年代に入る頃にはアルミ合金フレームによる軽量化、DA(ダブルアクション)/SAトリガー、大容量のダブルスタックマガジンの採用が次世代オートの象徴となり、ベレッタは1975年にモデル951にそれら3つの要素を取り入れて発展させたベレッタ92を開発する。
DAトリガー、アルミ合金フレーム、15連マガジンと現在の92シリーズの原型がここで築かれた。フレーム側のサムセイフティレバーとグリップ左下のマガジンキャッチボタンを採用したため、その操作性は発展途上だったがイタリア国内の法執行機関や同国特殊部隊CONSUBINでも使用されるなど注目度は高かった。
さらなる装備の近代化を進めたいイタリアの国家警察からの要請で、より安全に扱えるようにスライド側にセイフティ(片面)とデコッキングレバーを備えた92Sを1977年に完成させた。これをネイビーシールズも試験的に少数を購入して運用したとされる。
1979年にメリーランド州アコーキークにベレッタUSAが開設され、米国市場への本格進出を目指す準備が整った。この前年に米空軍が既存のM1911A1の更新計画を開始し、JSSAP(ジョイントサービススモールアームズプログラム)として選定トライアルの開催が発表された。
ベレッタは92Sをさらに改良した92S-1を提出。デコッキングレバーをアンビ仕様に改修、ようやくマガジンキャッチボタンを一般的なトリガーガード付け根に配置した。
フロリダ州エグリンエアフォース基地で試験が開始されコルトSSP、S&W M459、H&K P9s/V70、FN-DA/FN-FAなどの競合を下してモデル92S-1が最優秀モデルに認定されたが、この時点で米全軍のサービスピストル更新に向けたトライアルへの発展が決定し、ここで一度結果は白紙に戻され、各社は改良を重ねて再挑戦する機会が与えられた。
XM9プログラム
再度発表された要求スペックは5,000発の継続射撃能力など前回を上回る厳しいものであった。期限内に準備できた参加者が少なかったため、テスト開始を数ヵ月延長して1981年末にスタートした。
H&KはP7M13、S&Wはモデル459A、新参加社としてSIGがP220に15連マガジンを取り入れたP226で参戦。対するベレッタはオートマチックファイアリングピンブロックセイフティをスライド内に組み込み安全性を強化した92SBを完成させていた。
テストは進行したが、全てのモデルが合格基準を満たしていないと判断され、米国防総省は決定の延期を発表。各社はさらなる改良のための時間を得たが、米軍は開発競争を継続させることで、メーカーにより良いモデルを開発させる意図があったとも考えられる。
この期間にベレッタは92SBのさらなる改良を加えた。1983年に表面処理をブルー仕上げからテフロン/ポリマー系のブルニトン仕上げに変更して耐腐食性を向上させ、バレル内にはクローム処理を施し、トリガーガード前面にフックを追加、マガジン挿入口を拡張した92SB-Fを完成させた。
3度目となるトライアルはXM9プログラムと命名され、提出された数挺のベレッタのテストでは平均して17,500発まで射撃を継続できたという。米軍のテスト前にベレッタUSAが実施した社内試験では186,000発を射撃し、その間一度も作動不良を起こさなかった。トライアルは進行し、92SB-Fは期待通り好成績を上げた。
アメリカ代表のS&Wが提出したモデル459Aは、最終評価の前に脱落したが、これを不服としたS&Wはテストが公平に行なわれなかったとH&Kと共に連邦裁判所に提訴する騒ぎに発展した。その一方で、最終決戦はベレッタ対SIGの構図になり、テスト結果は互角とされたため、それぞれの納入金額で最終決定が下される運びとなった。
本来の結果発表日であった1984年12月19日を迎えたが、訴訟の影響もあり発表は遅れた。米軍側は試験が公平な視点で行なわれたことを立証し、ようやく発表となったのが1985年1月14日で、冒頭にも書いた通り、SHOT SHOW開催中での事だった。
自社ブースにアメリカの国旗とP226を組み合わせた写真パネルを掲載したSIG SAUERは、勝利に大きな確信を持っていたものの、結果はベレッタが勝利を勝ち取った。SIG SAUERがその雪辱を果たすのは32年後の事だ。
1985年4月10日に米国防総省とベレッタUSAの間で7,500万ドル、315,930挺の契約書が正式に交わされ、改めてベレッタが米軍の新サービスピストルM9となった事が公式にアナウンスされた。そして市販時の製品名は92SB-Fからシンプルな92Fに改められた。
M9はアメリカでの国産化が必須条件であったため、87年に工場設備が完成し生産を開始する。M9として採用されたことのセールス効果は絶大で一般市場での販売も大きく伸びた。
生産開始から間もなく米軍の訓練において射撃中にスライドの中間から割れて射手を顔面を直撃するといった事故が報じられた。これに対する米軍の調査では製造上の問題とされ、熱処理の改善などの対策により一応の解決を見た。
スライドのデザインは92系の脆弱な部分であるのは確かで、サブマシンガンにも用いる強装弾を使う軍隊ではそれが表面化したが、一般市場でもスライドに亀裂が入る事故が起こり始めた。その対策としてハンマーの軸となるピンの頭を大型化してスライドが割れても受け止める改修を行なった92FSが1988年に登場し、以降は全て同型に更新された。
結果的に米陸軍の試験ではスライドの平均寿命は35,000発以上、フレームは30,000発以上、ロッキングブロックは22,000発以上であると報告されている。
この年S&Wを始めとする参加数社はトライアルの不公平さを改めて訴え、これによりその時点での残り5万挺の納品枠をかけてXM10トライアルが追加実施されることとなった。SIG SAUERは不参加だったが、新規にスタームルガーがP85で参戦、FS改良型のM9を30挺ほどと比較し再度の検証が行なわれたが、結果は変わらずに幕を閉じた。
90年代に入り法執行機関から.40S&Wの人気が急上昇し大口径化した96FSを発表。その後、米移民局が交換可能なフロントサイトと同時に反動の強い.40S&Wにも十分に耐えられる強化型スライドを要求した事で1994年に亀裂の入りやすい中間部分の肉厚を補強したブリガディアが誕生した。
一般市場でもたまに起こるスライド破損事故に対して92FSに不安を感じる声も残ったため、9mm口径でもブリガディアは発売された。ただ92系の後継機ではなく、重いスライドにより撃ちやすくバランスに優れた別の選択肢として併売されている。ただしスライド破損よりも頻繁に起こるロッキングブロックの破損問題の解決には至らず、それから現在3世代までロッキングブロックの改良を続けている。
翌年プロップアップ方式では不向きなバレルの短縮化や大口径化が難しい問題をクリアすべく回転式バレルを採用したクーガー8000シリーズを展開する。オープントップスライドは断念する事になったが、92系にはなかった.45ACPやショートバレルモデルを実現する事は叶った。
ただスライドのデザインを妥協した事には悔いが残ったようで2000年にポリマーフレームの9000シリーズを発表。再び伝統のオープントップスライドに回帰した。半世紀前にはできなかったが、ブラウニングタイプのティルティングバレルを採用している。問題のロッキングラグは左右に突き出すことで対応した。
これで3.5インチバレルの小型化には成功したが、そこまでしてスライドデザインに固執する意味があるのか? と疑問は感じた。ここでもデザイン優先主義のベレッタが健在だった事だけは印象に残ったが、全体的に分厚いモデルとなってしまい、人気が上がらず製造中止になった。
回転式バレルには一定の評価があり、8000系を発展させた後継機としてPx4 Stormが2005年に発売、まずまずの人気を得て現在も製造中だ。
92系の主だったバリエーションとして13連マガジンと4.25インチバレルで小型化した92コンパクト、DAオンリーの92D、デコッカーのみの92G、スライド/バレルをステンレス化したアイノックス(INOX)、9mm×21口径化した98FS、アクセサリーレイルの追加、マグウェルの拡張、交換可能なフロントサイト、バックストラップ部をストレートに改良する事で手の小さなシューターにもグリップを握りやすくトリガーリーチを短くしたヴァーテック(VERTEC)、それを通常型バックストラップとした92A1、一体型樹脂製グリップにした90-Two、.22LR化したM9_22LRなどがある。
M9の戦歴
M9が採用後に初めて軍事作戦に投じられたのは1989年に米軍がパナマに軍事侵攻した所謂パナマ侵攻であり、ノリエガ政権下のパナマ防衛軍と交戦した。
そして1990年のイラク軍によるクウェート侵攻・併合が引き金となり湾岸戦争が勃発。翌年、米軍を中核とする多国籍軍がイラクへと侵攻を開始。1月17日に「Operation Desert Storm(砂漠の嵐作戦)」を決行しサウジアラビアから攻め入った。この紛争では砂塵にさらされる過酷な環境が多くの兵器にとっての厳しい実戦テストともなったが、M9は無事に戦い抜いた。これを受けて、作戦にちなんだ記念モデルとして“DesertStorm Edition”が限定発売された。
M9の実戦投入は続き、ソマリアやボスニア等の戦地を経験した後、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を発端に米軍はアフガニスタン紛争へと突入、現在も介入が続いている。2003年に大量破壊兵器破棄を目的に3月19日に「イラクの自由作戦」を開始。砂漠地帯という厳しい環境でM9は再び試される事になった。どんな小火器でも同じだが、トラブルは皆無ではなかったという。しかし、米軍の期待する信頼性は証明できた。
2006年に米海兵隊の要望でダストカバーにフラッシュライトやレーザーエイミングデバイスを装着するためのピカティニーレイルを追加し、PVD処理したマガジンを採用したM9A1が追加購入される。
2009年、世界各地の米軍基地、関係機関やイラク軍に支給される分を含め、45万挺のM9の追加契約が米陸軍との間で結ばれた。この合計契約額は第二次大戦以降の最高額と言われている。
2012年9月、この時点で60万挺以上のM9が既に納入されていたが、米陸軍はM9の追加購入のため、およそ10万挺のM9の購入費にあたる$250,000の契約を結んだ。
コマーシャルM9
ベレッタは限定の記念モデルを含めM9のコマーシャルモデルをこの35年の間、数多く輩出してきた。磨かれた特殊仕上げ、刻印、化粧箱に収まったコメモラティブから軍納入品をほぼ再現したM9まで様々だ。
最も米軍採用品に近かったのは1998年に限定発売されたもので、軍用の説明書、ビアンキM12ホルスター、M1015ピストルベルト、M1025マガジンポーチ、そして94年以前に製造された15連マガジン(当時装弾数規制中だったため)をセットしたM9スペシャルエディションだった。
限定ではなく通常販売品としてM9、ならびピカティニーレイルを持つM9A1が現在も販売中なのでM9刻印の92FS自体は全く珍しいものではない。内容的には殆ど92FSと同一品ではあるが、実際の米軍納入品製造ラインから生み出されておりM9の刻印はコレクター志向の強い人や従軍経験者には、魅力がある。
以前ベレッタ社員から聞いた話だが、市販M9を開始する前に政府が工場を査察し、軍納入品と並行して市販モデルを製造しても、軍に納入するM9の品質管理に問題が生じないかを確認、それをクリアした後に市販が開始されたという。
ここ最近の記念モデルではM9採用30周年を記念した“M9 30th Anniversary Exclusive”がある。ハイポリッシュ仕上げにゴールドインレイでスライド左側面に“30 Years of Service”、そして先端部にアメリカの国旗が描かれている。プレミアムウッドグリップには30周年記念メダリオンが埋め込まれ、限定コインと共にベルベットの内張りの木製ケースに収まり出荷された。過去に20周年や25周年モデルもあり、とにかくベレッタは記念モデルでも稼いできた。
Photo&Text:Gun Professionals LA支局/アームズマガジンウェブ編集部
この記事はガンプロフェッショナルズ2021年2月号に掲載されたものです。
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