ミリタリー

2022/12/25

【取材レポート】「リムパック2022」で行なわれたオーストラリア・トンガ・スリランカ・マレーシア軍の合同演習に密着

 

 今回で28回目を数える世界最大規模の軍事演習「リムパック」──。
 もともとはソ連の太平洋進出に対抗すべくアメリカの呼びかけで始まった。今では環太平洋の国々だけでなく、インド洋や欧州などからの参加国もある。今回は「リムパック2022」のうち陸軍演習のひとつとして行なわれた市街地戦闘訓練にスポットを当てて見ていこう。

リムパック2022レポートの前編はこちら

リムパック2022に参加した米軍兵器はこちら

 

~変わるリムパック~

進む統合運用化で演習も変化

 

王立オーストラリア陸軍連隊(the Royal Australian Regiment)第1大隊による訓練の様子。訓練場内にいる敵を制圧するシンプルな訓練内容。メインとなるのはステアーAUGのライセンスバージョンであるEF88やF90など。また各分隊にFN MINIMI(5.56mm×45)およびFN MAXIMI(7.62mm×51、Mk48のオーストラリア軍仕様)が配備されている

 

 環太平洋合同演習「リムパック」は、海軍演習という認識を持たれている方も多いことだろう。
 事実、そのルーツとなる1971年実施の第1回目は、米第3艦隊(司令部:パールハーバー)が呼びかけた多国間海軍演習という位置付けだった。それ以降、今回行なわれた「リムパック2022」まで、主軸は海軍である点は変わらない。しかし、世界情勢は大きく変わった。特に冷戦後、米軍は早々に陸海空海兵隊をまとめた統合運用へと舵を切った。そうしたことから、当然の成り行きで「リムパック」にも米海兵隊や陸空軍、さらには沿岸警備隊なども参加するようになる。この流れに乗って、海軍のみならず、陸軍や海兵隊などを参加させる国も増えていった。
 日本もそのひとつだ。2014年に開催された「リムパック2014」より、西部方面普通科連隊を参加させた。後の水陸機動団だ。ただし、2020年より同部隊を派遣していない。その一方で2018年、2022年と第5地対艦ミサイル連隊を派遣している。
 なかなか実態像の見えにくい概念である“統合運用”を体感できる場所が、「リムパック」にはいくつかある。例えば太平洋艦隊の主要基地であるパールハーバー海軍基地。日本人であれば、真珠湾攻撃の舞台として必ず歴史の授業で学ぶ場所だ。その隣に米空軍のヒッカム基地がある。この場所も真珠湾攻撃の標的となった。2010年、この2つの基地は「パールハーバー・ヒッカム統合基地」となった。それまで海軍側から空軍側へと向かうためには基地内であってもゲートがあったが、それも取り払われ1個の基地となった。
 毎回「リムパック」の指揮所がおかれるのが、このパールハーバー・ヒッカム統合基地の中にあるフォード島だ。その中の建物の1つに、米軍をはじめ、参加国が集い、約1カ月間もの演習を戦い抜いていく。迷彩服の異なる将兵がうろうろしている姿を見ると、各国も統合運用化が進んでいる模様が見て取れる。姿を消すための手段である迷彩服にはふさわしくないが“色とりどり”が出揃い“華々しさ”すら感じてしまう。

 

2段構成のリムパック

 

 長期間にわたる「リムパック」であるが、大きく2つの演習に区切ることができる。それが「機能別訓練」と「シナリオ演習」だ。
 まず「機能別訓練」とは、各軍、またはいくつかの軍をまとめたグループごとに行なう小規模な訓練だ。例えば、艦艇であれば、対空戦闘訓練として、数隻で射撃を含めた訓練を1日もしくは数日かけて行なったりする。洋上では他にも、対艦、対地などの訓練も行なうが、それらとは連接せず完全に独立した訓練であり、特定のシナリオも特にない。
 一方で、「シナリオ演習」とは、仮想敵国や敵部隊を想定し、その戦いをロールプレイ方式で行なっていく訓練だ。まさにシミュレーションゲームであり、訓練実施部隊を「プレイヤー」と呼称する。完全ブラインド型となっているケースがほとんどで、敵の動きはトップシークレット。だからこそ実戦的な訓練を行なうことができる。なお「リムパック2022」では、敵と戦っている最中に、大規模地震が発生し、某国で甚大な被害が発生したため、災害派遣を実施しながら敵と戦う2正面作戦が付与された。
 今回注目したいのは「機能別訓練」における陸上戦闘の部だ。オアフ島以外にもハワイ島やその周辺の島々でもいろいろな陸上戦闘訓練が行なわれていた。

 

オーストラリアによるインド太平洋の安全保障環境整備

 

 今回取材したのは、オアフ島にあるベローズ空軍基地内にあるUrban Terrain facility(市街地訓練場)だ。ここは米陸軍や米海兵隊が市街地戦闘を学ぶために整備された訓練施設で、イラク派遣用に中東を模した建物などもある。戦闘訓練だけでなく研究・試験用施設としても使われており、UAVやUGVといった無人兵器を実際に無人の街で運用し、そのデータの収集などが行なわれている。そんな本格的な市街地戦闘訓練場にて、オーストラリア、マレーシア、トンガ、スリランカ軍が建物を制圧する訓練を行なった。
 このグループを束ねていたのがオーストラリアだ。王立オーストラリア陸軍連隊第1大隊を中心に、各国が市街地戦闘における戦術技量を向上させることを目的とした訓練を繰り広げていく。
 オーストラリアは、インド太平洋における安全保障を語る上で絶対に欠かせない存在だ。だからこそアメリカは、「リムパック」を開催するにあたり、是が非でもオーストラリアに参加してほしかった。それに応えるべく、1回目から28回目となる今回まで、オーストラリアは欠かすことなく参加している。最近では日本もオーストラリアと2カ国間での防衛協力体制を強化しており、日米同盟に匹敵する関係を作り上げている。その関係構築に「リムパック」が大きく寄与したのは間違いない。
 オーストラリアがインド太平洋の平和と安定を目指すために行なっているのが、軍事的サポートだ。具体例が、南太平洋諸島12カ国に対して行なっている「太平洋哨戒艇供与計画(Pacific Patrol BoatProgram)」である。南太平洋の多くの国々は、小さな島々で構成されている。それらの国々は広大でかつ重要な排他的経済水域を持つが、そこを侵略者から守る軍事力はほとんど有してない。そこで1980年代後半より、そうした国々に哨戒艇を供与することにした。1987年にパプアニューギニアを皮切りにバヌアツ、ソロモン諸島、トンガ、ミクロネシア連邦、フィジー、パラオなどへと22隻を与えてきた。そして訓練を施し、自分たちの領海を守ることができる海軍や沿岸警備隊、海上警察などを育てていった。
 次のステップとして、「リムパック」を通じ、インド太平洋の国々の陸上部隊の教育指導も行なうようになっていった。それが今回の顔ぶれとなった。

 

スタックのフォーメーションをとりながら建物の間を慎重に進むトンガ海兵隊員たち。使用しているのはオーストラリア陸軍から借りたEF88。「リムパック2022」では、オーストラリア軍と常に行動を共にした

 

塀沿いに前進するスリランカ海兵隊員。スリランカが海兵隊を発足したのは2016年11月で、創設前から米海兵隊11MEU(第11海兵遠征部隊)による訓練を受けてきた。「リムパック」への参加は2018年以来で2度目。今はオーストラリア軍から多くを学んでいる

 

マレーシア陸軍の空挺隊員がM4カービンを構える。レール上にはAimpoint Micro T-1ドットサイトを装備。同軍は各旅団から集めた空挺隊員(Paratroopers)を中心に「リムパック」派遣部隊を特別編成したとのこと。オーストラリア軍のEF88を使っている兵士もいた

 

各国の市街地戦闘訓練

 

 いよいよ各国の市街地戦闘訓練を見せてもらう。
 まずはオーストラリア陸軍が手本を示す。その様子をトンガ軍兵士たちが見学していた。
 建物内の敵を制圧すべく、住宅街を捜索する。女性兵士も含まれており、警戒しながらゆっくりと歩を進める。すると、ある建物から銃撃音(空包)が鳴り響く。そこで、一旦別の建物の影へ身を隠した。そして、攻撃が仕掛けられた方向に向け応戦。敵の攻撃が緩んだ瞬間に、次々と建物内へとエントリーしていく。
 こうして地道にいくつもの建物を制圧していく。ある部屋には金正恩と金正日の写真が掲げられていた。ここは北朝鮮という想定で作られた街なのだろうか…。
 そしてトンガ軍。今回は、トンガ海兵隊が参加した。米軍のような独立した海兵隊ではなく、陸軍の中に1個大隊規模の海兵隊が編成されている。トンガ軍は2012年より「リムパック」に参加しており、だいぶなじんできた。彼らもオーストラリア軍同様に、慎重に住宅街の中を進んでいく。突然敵から、手りゅう弾が投げ込まれるという場面があった。こうした緊急時の対処を学ぶことも重要だ。この時、1人の兵士が手りゅう弾を蹴り返すという対応を見せた。これが正しい対処方法なのかどうかは分からないが…。
 次に場所を変えて、マレーシア軍の訓練を取材する。ハワイへとやって来たのは空挺資格を有した隊員たちで構成された「リムパック特別派遣部隊」だそうだ。
 到着した時点で、すでに訓練は始まっていた。明るい黄緑色の迷彩服を着ているのがマレーシア軍だ。対抗部隊として向かいの建物に米海兵隊の姿が確認できる。戦いは最終局面に達しているようで、もはやお互いが十数mで撃ち合っているような状況だった。なお、マレーシアは2010年の「リムパック」より、小隊規模の地上部隊を参加させている。そして2018年に同国海軍のフリゲート艦「レキウ」を参加させている。陸上部隊から艦艇部隊へという、「リムパック」の成り立ちからすると“逆ルート”を辿った。
 そして最後がスリランカ海兵隊。遂に覇権主義的拡大を続ける中国は、インド洋をも手中に収めるべく行動を開始した。スリランカは中国に国土を奪われかけており、こうして多国間安全保障の枠組みに身を置くことで、最悪な事態を免れようとしている。
 インド太平洋地域には、軍隊と呼べるような軍事力を有していない国が多い。そうした国々も「リムパック」グループに加わることで、「軍事同盟」に匹敵する絆を手に入れることができる。そして米豪をはじめとした「リムパック」レギュラー国から、多くの戦術を学ぶこともできる。
 今後も参加国が増えていくのは間違いないだろう。

 

SL40グレネードランチャー付きEF88をかまえる女性兵士。レシーバー前方左側に装備されるグレネード用の照準器には、素早く照準するためのTrijicon RMRドットサイトもセットアップされている

 

次々と室内にエントリーしていくオーストラリア軍。敵も応戦するなど、空包の音が間断なく響き渡るなかなか迫力ある訓練となっていた

 

トンガ王国軍による訓練の様子。同国では陸海空軍の3軍制を採用。写真の兵士はトンガ陸軍内に内包されているトンガ海兵隊員。なお、編成は、3個歩兵中隊編成の1個大隊のみと小規模で、戦車や装甲車は保有していない。「リムパック」参加は2012年から。この10年間で、米軍やオーストラリア軍から多くの戦術を学んできた。部隊規模も拡大しつつあるが、171もの群島で構成されるトンガを守るには、今の人員装備ではまだまだ足りない

 

壁伝いに進みながら、各建物内に潜伏する敵の捜索および制圧を行なうスリランカ海兵隊。独特なカラーリングの迷彩服が特徴的だ。まだまだ隊員の練度は低いものの、米海兵隊から直接学ぶ機会も多く、伸びしろは充分にある。いつか海軍艦艇を派遣したいとの思いもあるようだが果たして…

 

中東風の建物が並ぶエリアで訓練を行なうマレーシア軍。対抗部隊の米海兵隊と近距離で対峙し、銃撃戦が展開された

 


 

 月刊アームズマガジン2022年12月号には「リムパック2022」レポート後編の詳細が掲載されている。WEB版では未掲載の写真も多数収録されているので、気になった方はぜひ購入してほしい。下記のリンクから購入可能だ。

 

Text & Photos : 菊池雅之

 

この記事は月刊アームズマガジン2022年12月号 P.198~205をもとに再編集したものです。

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