2022/10/10
【コラム】次世代戦場の姿を考える in ユーロサトリ2022
ユーロサトリ2022で見えてきた次世代戦場の姿
2022年6月、フランスのパリで世界的に有名な軍事展示会「ユーロサトリ・2022」が開催された。展示内容は一般ユーザーを意識したショットショーなどと異なり、軍事兵器関係がほとんどであるため、参加者も制服を着た軍人が目立つ。こういった展示会のレポートは、個々の出展品に関してウンチクを述べるといった形式がほとんどだ。ここではアメリカ陸軍大尉だった筆者の目に映った「戦場の変化・進化」について主観を述べてみたい。
C5ISTAR
筆者がこの世界に足を踏み入れたのが1993年である。米陸軍ROTC(予備役将校訓練課程)で「C2:指揮統制」という言葉を学んだ。だが、すぐにC4という言葉が出て、C4I、C4ISR…等へと変化していった。言葉だけでなく、米軍そのものが比例して進化していったのだが、筆者はそれを目の当たりにするという幸運に恵まれた。だが正直に言うと、ついていくだけで精いっぱいだった。それほどまでに米軍の進化のスピードは早かったし、今も、そしてこれからもスピードが衰えることはない。
C4ISRとは湾岸戦争から使われだした専門用語だが、それ以前は偵察部隊等から無線で送られてきた報告を司令部で分析し、指示を出す、という非常に時間のかかる作業だった。もっと前だと、物見や忍(しのび)が上げてきた報告を分析し、伝令のほかに太鼓やほら貝、狼煙や旗印で指示を出す、といった具合だ。時代劇でおなじみの「申し上げまする~!」というあれである。ナポレオンなどは伝令が途中で戦死した時のために、3つの同じ指令書を書いて、3人別個の伝令を出したと言われている。だが今はテクノロジーが進歩したおかげで、ほとんどがリアルタイムになっている。素人目にはわからないかもしれないが、ここ数十年の進化のスピードは凄まじく、歴史的な過渡期にあったと言えるかもしれない。
筆者が感じたのは以下の点である。
「C5ISTAR(Command,Control,Communications,Computers,Cyber-defense,Intelligence,Surveillance,Targeting/TargetAcquisition,andReconnaissance:指揮、統制、コミュニケーション、コンピュータ、サイバー、情報、監視、標的補足、偵察)のエンハンスメント」
それに伴って、以下の3点。
1.無人機の性能の飛躍的な向上と小型化
2.RWS(RemoteWeaponSystem)の常備
3.各種兵器の威力の最大化、そして反比例した軽量化
米陸軍内にDEVCOM(Combat Capabilities Development Command)という比較的新しい組織(2019年2月3日発足)がある。指揮官は中将で、13,700人以上の兵士、GS(民間人)、コントラクター、で形成される。指揮官が中将であることから、軍団と同レベルの組織であることがわかる。
DEVCOMは前述したC4ISRの変革・進化を具体的に研究・開発する能力を保有する組織で、各分野で修士号・博士号を取得している多くの専門家(技術者・科学者)を有している。陸軍というと筋肉バカの集まりというイメージがあるが、それは大きな誤りであり、インテリの集団と言ったほうが正確だ。
ではDEVCOMはどのような仕事をしているのか。まず無人機、一般ではドローンと呼ばれるが、軍事用語ではUAV(UnmannedAerial Vehicle)という。UAVは以前は使えるものが少なかったが、今日のそれはサイズが小型化され、その性能も素晴らしいものがある。簡単に言うと、数十年前に映画などで出ていた想像上の兵器(例:映画『ターミネーター』のHKハンターキラー)が現実のものとなっている。UAVとは無人機なので、将兵の生存性が高くなり、致死率が低下したのは言うまでもない。UAVを小型実用化する技術が生まれたら、それをどのようにすれば戦場で最大限の効果が出るのかを研究・開発するのがDEVCOMの任務だ。
次にRWSに関して述べてみよう。筆者が米陸軍82空挺師団に配属になったのが99年。ハンビーに装甲はなく、ガナーだった筆者の周りに防弾壁はなく、身体がむき出しの状態だった。当然そのままアフガニスタンやイラクの戦場へと繰り出したため、多くのガナーは片っ端から敵スナイパーに狙い撃ちされ、IEDの餌食となって吹っ飛ばされた。筆者は無傷で帰還できたので幸運だったが、それでも掃射され車輌に至近弾が着弾した。
こういった経験から、装甲車輌にRWSを搭載するのはもはや常識となっている。高価なシステムではあるが、RWSによって犠牲者の割合が格段に減少したのは言うまでもない。補足すると自衛隊の戦車をはじめとする装甲車輌にRWSが搭載されているのを見たことがない。これは携帯電話に例えると、いまだにスマホではなくガラケーを持っているのに等しい状況である。早急な改善が望まれるところだ。
現実化するCBRN脅威
C4ISRとは関係ないが、目に付いたのはCRBNの脅威に対する対策の進化だ。これも筆者が士官候補生時代の話になるが、ちょうどその時に地下鉄サリン事件が起こり、CBRNに関する訓練を受けたのを記憶している(当時はNBC兵器と呼ばれていた。CBRNは使用される蓋然性の高い順に並べられている)。CBRN(シーバーン)とは、化学(Chemical)、生物(Biological)、放射性物質(Radiological)、核(Nuclear)の頭文字をつなげた言葉だ。これらを用いた攻撃はCBRNテロと呼ばれ、発生した災害をCBRN災害と呼ぶ。また、CBRNに爆発物(Explosive)を追加し、CBRNeと呼ばれることもある。前述したように、松本サリン事件/地下鉄サリン事件を経験している日本にとっても、CBRNテロは他人事ではない。CBRNテロが恐いのは、テロ行為そのものではなく、軍・警察も含めた世間の認識度が薄い点だ。テロが起こってから慌てて対処するといった後手に回ることがほとんどだ。CBRN対策に関しては、ここであまり詳しく述べたくはない。というのも、テロリストにこちら側の手の内を知られたくないからである。「CBRN脅威に対する認識が上がり、SA(Situational Awareness)が向上し、CBRN対策(装備・訓練・技術)が格段に進歩した」とだけ言っておこう。
まとめ
今回はユーロサトリの会場で筆者が感じたことをそのまま率直に述べてみた。よって少し難しい話になってしまったかもしれない。もちろん個々の兵器自体の進歩も目覚ましいものがあった。前号で紹介したラインメタル製KF-51戦車のように、兵器がより軽量でパワフルになっている。記事内では紹介しなかったが、155mmエクスカリバー誘導砲弾などは、従来の155mm榴弾の射程距離であった30㎞を大幅に超え、最大57kmまで到達可能である。しかもGPS誘導によって誤差2m以内という正確さである。エクスカリバー誘導榴弾は米軍がウクライナに供給、使用され、膨大な実戦データを収集している。もちろんそれらは前述したDEVCOM やNGICなどの機関によって分析されて、より有効な兵器・戦術が開発されていくことだろう。
TEXT&PHOTO:飯柴智亮
この記事は月刊アームズマガジン2022年10月号 P.216-217をもとに再編集したものです。