2022/05/01
【コラム】ウクライナの戦場を考察する 第2回「ウクライナの対戦車戦闘-攻撃側-」
実際の対戦車戦闘を分析してみる
ロシア軍のウクライナ侵攻については、ネット上でさまざまな考察がなされている。そこでArms MAGAZINE WEBの特別企画として、「月刊アームズマガジン」ライターであり、アフガニスタンでの実戦経験もある元アメリカ陸軍大尉、飯柴智亮がウクライナの戦場について考察。第2回では、ネット上で公開されている実戦の映像を例にとり、ウクライナ軍の対戦車戦闘を分析していく。
はじめに
前回(第1回)では、対戦車戦闘の一般論について述べてみた。今回は実際にウクライナで行なわれた対戦車戦闘の映像を分析して、専門家としての意見を述べてみたい。上から目線で話すつもりは毛頭ないが、対戦車戦闘の専門家が映像を見てどのように感じたか、を理解していただけたら幸いである。今回は攻撃側の行動に限定して客観的に話を進めてみたい。
ちなみに筆者が今回この映像を選択したのには、特別な理由は無い。ドローンによって上空から一部始終が撮影されており、非常にわかりやすかった。ただそれだけの理由である。まずは問題の映像を見てみよう。
この映像は、ウクライナの首都キエフ北東20km付近で行なわれた戦闘である。ロシア軍の機械化歩兵部隊(戦車や歩兵戦闘車等で編成された部隊のこと)の車列に対して、ウクライナ軍の兵士がアンブッシュ(待ち伏せ攻撃)を仕掛ける映像だ。
攻撃側の評価を下す前に、前回述べた対戦車戦闘に加えて、アンブッシュの基本から述べてみたい。それから説明すれば、攻撃側の何がよかったのか、あるいは何が悪かったのかが、自然と浮き彫りになる。
1.アンブッシュサイトの選択
対戦車戦闘は地形がすべてだと前回述べた。理想的な地形は谷底にある視界が悪い道路を見下ろすような場所だ。理想はボクシングの「打たせずに打つ」で、こちらからは攻撃でき、敵側からは攻撃できない状況である。一般的に戦車砲の仰角(ぎょうかく:砲身の水平状態を基準として上方向の角度)は20度、俯角(ふかく:砲身の水平状態を基準として下方向の角度)は5度程度である。よって距離と高さを考慮し、戦車砲が撃てない場所に位置するのが望ましい。
アンブッシュサイト(待ち伏せ陣地)を決定する際に、もっとも重要な公式がある。それがOCOKAだ。我々米陸軍兵士は、OCOKAに照らし合わせて、アンブッシュサイトやOPの位置などを選択する。
O:Observation and Field of Fire(視界と射界)
まず、視界が良好な場所を選択する。これは説明の必要がないくらいだ。同時に射界だが、射撃ができないと話にならないので、射撃に支障がない場所を選択する。
C:Cover and Concealment(遮蔽物と隠蔽物)
自軍の位置が敵から見えてはならないため、林などで充分に隠蔽できる場所を選択する。ただ隠蔽物(木立など)だけでは敵の弾丸を止められないため、弾丸をストップできる遮蔽物によって自軍が守られる位置を選択する。
O:Obstacles(障害物の有無)
自然・人工の両方で、部隊が移動する上で障害になるものの有無を確認する。川、沼地、地雷原、壁、等。
K:Key or Decisive Terrain(重要な地形/建造物)
作戦進行上において重要な拠点を確認する。橋、滑走路、丘、貯水場、等。
A:Avenue of Approach(敵部隊の侵入経路)
敵部隊が移動してくると想定される経路。陸路と空路の両方だが、主に陸路のみで語られる。
2.Kill Zoneの設定
アンブッシュサイトを決めたら、Kill Zone(キルゾーン)を設定する。これは読んで字のごとく「死の範囲」で、射撃を集中させ敵兵をせん滅する位置(範囲)を意味する。つまりその中に入った敵兵は1人残らず皆殺しにするように設定しなければならない。攻撃を受けると、まず敵兵は左右に動いて回避しようとする。その動きをあらかじめ予想しておいて、路肩に対人地雷や対戦車地雷を埋設したり、ブービートラップや障害物等を設置しておくと、戦果を高めることができる。ただしあまり露骨にやると進行してくる敵にバレるので、可能な限り目立たないよう、周囲に溶け込ませるように設置する。
アンブッシュで理想的なのは「L-Shapeアンブッシュ」と呼ばれる、L字型の曲がり角にさしかかった敵への待ち伏せ攻撃だ。この方法なら攻撃をキルゾーンに集中させやすく敵部隊の動きを封じやすいので、効率よくせん滅できるというわけだ。しかし敵もバカではなく曲がり角の通過時は特に警戒されるため、L-Shapeアンブッシュができる機会はめったにない。よって、直線で移動してくる敵部隊をサイド(側面)から攻撃する「リニアアンブッシュ」が一般的だ。
3.最大の火力で口火を切る
アンブッシュの際は、攻撃側は最大の威力がある火器で攻撃の口火を切る。これはアンブッシュの鉄則である。ただし、オープンボルトの機関銃は例外で、攻撃の口火を切るのに使用してはならない。これは単なる作動上の問題である。オープンボルトの機関銃はベルト(弾帯)をフィードトレイに正確に置かないと、ズレて作動不良を起こすことがあるからだ。
ウクライナ軍のアンブッシュ
では、実際の映像を再度見て検証してみよう。攻撃側のウクライナ軍はOCOKAの公式に沿ってアンブッシュサイトを設定しているだろうか?
Observation and Field of Fire(視界と射界)
これは見る限り良好である。視界も射界も大きな問題はなさそうだ。だが、スタンドオフの距離(standoff distance:この場合攻撃側の生存を考慮して敵と距離を取ること)がいくら何でも近過ぎる。Kill Zoneとなる道路から100m~150m程度の距離に位置しているようだが、この距離で装甲車輌と撃ち合うのは自殺行為だ。実際問題、後続のIFV( Infantry Fighting Vehicle :歩兵戦闘車)がアンブッシュサイトの方向に機関砲でカウンター砲撃しているが、もし反撃したのが車列の中にいた戦車だったら、砲撃で半数が壊滅したのではないかと予測できる。ロシア軍戦車が搭載する125mm戦車砲の砲弾が付近に着弾した時の威力はすさまじく、生身の人間はただでは済まない。仮に死ななかったとしても、反撃する気力すらなくなっているだろう。
Cover and Concealment(遮蔽物と隠蔽物)
道路の西側にある雑木林(Tree Line)からアンブッシュを敢行している。雑木林が隠蔽物になっているのと、遮蔽物の反対側から射撃しているように見えるので、とりあえず合格としたい。本来なら高台から撃ち下ろしたいところだが、ウクライナは平地が多く、丘陵が少ないのでこの辺は仕方がないと思っていい。
Obstacles(障害物の有無)
映像を見る限りアンブッシュサイトの隠蔽物となっている雑木林の木は太く、戦車の進入を阻むと予測できる。なので悪くはないのだが、欲を言えば道路が河川に沿って走る場所を選択して、川の反対側からアンブッシュするのが理想的だ。ちなみに川の反対側からアンブッシュするのはかつてアフガンゲリラがソ連軍に対して行ない、最近ではタリバンが米軍に対して行なったアンブッシュ方法である。筆者自身もアフガニスタンで作戦に従事した際、何度か川の反対側からアンブッシュを受けた経験がある。
Key or Decisive Terrain(重要な地形/建造物)
これについては後述する。
Avenue of Approach(敵部隊の侵入経路)
これはシンプルだ。ロシア軍戦車部隊は北方から南方へ向かって移動している。アンブッシュ側もそれを予測して行なったのだろう。
アンブッシュはNLAW(イギリスから供与された携行式対戦車兵器)で口火が切られており、これは正しい。しかも見事に敵主力戦車に命中させている。NLAWはトップアタックモードで敵戦車の真上で炸裂し、1発で無力化させることができた。だが、後続のIFVに対する2射目は別の武器が使われたようで、命中はしたものの完全には撃破できず逃げられている。20輌以上の装甲車輌の車列のうち、1輌撃破できたところでその進撃を阻止することはできず、攻撃した意味は何もなくなってしまう。
Kill Zoneの選択だが、これが曖昧だ。リニアアンブッシュなのはわかるが、どこからどこまでをKill Zoneに設定しているのかがよくわからない。前述のように映像では20輌以上の装甲車輌の車列が確認できる。これは機械化歩兵大隊に近い規模(Battalion Minus:準大隊もしくはCompany Plus:増強中隊)の兵力だ(ちなみに、旧ソ連軍の戦車大隊は戦車30輌を有する)。そんな大兵力に対してKill Zoneの設定幅が数10mから100m程度とは中途半端過ぎる。
攻撃を受けて道路の東方(画面右側)に退避した敵装甲車輌の動きも予測できたはずだが、予想退避エリアに対戦車地雷も何も設置していなかったようで、映像からは爆破も何も確認できない。この規模の機械化歩兵部隊に対するアンブッシュとしては、あまりにもお粗末すぎる。攻撃を成功させたければ、NLAW射手をもっと並べて少なくとも10発同時に発射し、敵の指揮統制車輌と通信車輌を含むコンボイ(車列)の半数を撃破しておきたい。
そして、Key Terrainでは書かなかったが、最悪なのがアンブッシュの場所である。雑木林の南端なので、敵装甲車輌に回り込まれたら逆L字カウンターアンブッシュになってしまう可能性があった。それよりも問題なのが、画面左下に見えているガソリンスタンドの真横という位置である。しかも、この付近の地図をよく検証するとガソリンスタンドの真横に大きな工場がある。言うまでもないが、工場にはたいてい可燃物(シンナー、塗料、マグネシウム、燃料、等)が備蓄されているものだ。そして、実はその後方にもガソリンスタンドがあったのだ。実際問題、NLAWにより被弾した戦車は燃え上がりながらコントロールを失って、クックオフ(火炎や高熱によって弾薬が発火する現象)しながらしばらく前進し続けている。ガソリンスタンドに突っ込まなかったのが幸運だった。そして、敵装甲車輌のカウンターファイアは工場とその後方にあるガソリンスタンドの方角に向けて行なわれている。この映像では戦闘がどんな結末を迎えたのかはわからないが、工場の可燃物備蓄所に被弾して、大きな誘爆を起こしたとしてもまったくおかしくはない。風向きが南風だったら、そのまま工場北側の雑木林に引火して、アンブッシュ側の部隊は丸ごと火だるまになっていただろう。ついでに言うと、アンブッシュサイト後方600mにはもう1軒のガソリンスタンドがあり、さらにこの道路の約1km先にはさらにもう2軒のガソリンスタンドがある。「火に油を注ぐ」どころの騒ぎではなく、「ガソリンスタンドに砲弾を撃ちこむ」になってしまう。
まとめ
では、結論を述べてみよう。アンブッシュした攻撃側の指揮官はド素人だったとしか言いようがない。そもそもガソリンスタンドの真横でNLAWをぶっ放せる神経が信じられず、ましてやガソリンスタンドが5軒、工場が1軒と周辺が可燃物だらけの場所をわざわざアンブッシュサイトに選んだ、もしくは何も下調べをしていないという点が話にならない。
このように、他の項目が間違っていなくても、重要な点でミスを犯すとすべてが帳消しになってしまう。よって今回の攻撃側の点数は0点である。
さて、次回はアンブッシュされた側、機械化歩兵部隊側の対応について分析してみたい。
TEXT :飯柴智亮