2022/04/01
【コラム】ウクライナの戦場を考察する 第1回「対戦車戦闘」
歩兵が戦車に立ち向かうには?
ロシア軍のウクライナ侵攻については、ネット上でさまざまな考察がなされている。そこでArms MAGAZINE WEBの特別企画として、「月刊アームズマガジン」ライターであり、アフガニスタンでの実戦経験もある元アメリカ陸軍大尉、飯柴智亮がウクライナの戦場について考察。第1回では「対戦車戦闘」を、わかりやすく解説していく。
はじめに
ロシア軍がウクライナに侵攻(2022年2月24日)して、1カ月以上が経過した。ネットやSNSで色々な憶測、写真、リポート、評論、などが飛び交っている。これらには専門家だけでなく、自称専門家、素人、軍事オタク、などによる無責任な意見が多々混ざっているので始末が悪い。情報過多の時代に必要なのは、多すぎる情報から正確なものだけをフィルターし、分析することだと改めて実感させられる。収集した情報(Information)が正確でないと、分析した情報(Intelligence)が正確になることは絶対にないからだ。よってここでは専門家(筆者)によるできる限り正確な見解をお伝えしていきたい。なお、筆者は米国の自宅に籠ってネットだけで情報集めをしているわけではない。数カ月前に「月刊アームズマガジン」のコラムで紹介したように、実際に最前線に赴いての視察・情報収集も頻繁に行なっている。掲載時は某国の最前線と言葉を濁したが、あれはロシアと対峙する某国の最前線であり、今回のウクライナ危機を予測し、状況を報告する仕事の一環だった。
専門家とは?
物事とは何でもそうだが、専門家による発言に高い権威・信頼性がある。米国のFOXニュースを例えると、外交問題にはポンペイオ前国務長官がよくコメントを出す。前大統領報道官のケイリー・マクナニー女史も頻繁に登場し、現報道官のジェン・サキによる発言に対して鋭いコメントを出している。ポンペイオ氏、マクナニー女史、両人とも現職の前任であったため、これ以上の専門家は存在しない。
これは何も政治レベルに限ったことではななく、例えばプロスポーツの解説もコーチや監督など実績がある経験者が就くことが多い。これは至極当たり前の話なのだが、どういうわけか軍事になると、当たり前が当たり前でなくなる。日本での報道を見ていると、専門家と称される人物の解説や意見がトンチンカンなことがままあり、気を付けなければならない。その場合、実はその専門家の専門分野(研究対象としているテーマ、時代など)から外れているのに、よくわかっていない報道機関の要求に応じてコメントしているからだ。よって同じ分野でも可能な限り個別の専門家の意見を聞くことが望ましい。
手前味噌になるが、ここで筆者のMOS(Military Occupational Specialty:陸軍での専門技術)を紹介してみたい。筆者が米陸軍に入隊した時の最初のMOSが11H2Pだった。11シリーズはInfantry:歩兵であり、Hは対戦車戦闘の専門技術である。2Pは空挺資格の意味で、対戦車空挺歩兵が筆者の専門職だった。もちろんタダでくれるわけではなく、フォート・ベニング陸軍基地で16週間のOSUT(One Station Unit Training:歩兵基本訓練)、4週間の対戦車戦闘訓練、3週間の空挺訓練、のすべてをパスしてからの話だ( ※なお、米陸軍における11HのMOSは、機甲部隊重視の方針から現在は11Bと統廃合されている)。
いずれにしても、専門家とはプロフェッショナル、その分野を職業:Professionとして、賃金を貰って生活している(もしくはしていた)人間のことを言う。前述したように、情報を収集する際はプロフェッショナルが提供する情報・見解を優先するようにしたい。
対戦車戦闘
それでは本題の「対戦車戦闘」に入りたい。ここ最近の報道では「対戦車兵器(特にジャベリン)を持った対戦車歩兵の方が、ロシアの戦車よりも有利」だと、まるでロシア軍戦車部隊が敗北しているかのような報道がなされているが、実際のところはどうなのだろうか。ここではひとまずそれは置いておいて、対戦車戦闘というサブジェクトについて語ってみたい。
現代の戦車とは、分厚い装甲で固められ履帯(キャタピラ、トラック)で走行。砲塔に搭載される主砲は西側諸国では120mm滑腔砲、東側諸国では125mm滑腔砲が主流だ。そして、主砲に隠れて目立たないかもしれないが、砲塔上には車載機銃として12.7mm重機関銃、7.62mm機関銃などが搭載されることが多く、これらだけでも強力な火力である。話が長くなるので詳細は避けるが、最新の3.5/4世代戦車には対戦車兵器への対抗手段(Countermeasure)として、敵の砲弾やミサイルの照準、飛来を検知する各種センサーや、それらを無効化あるいは減殺するAPS(Active Protection System:アクティブ防御システム)が搭載されることがある。例えば米国製のAPSであるクイックキル(Quick Kill)は、対戦車ミサイルなどの飛来物をセンサーが察知し、瞬時に対抗物を戦車の周辺にばら撒いて飛来物を撃ち墜とし、戦車を防御する。同様のAPSとしてはロシアのドローストやアフガニト、イスラエルのトロフィーなどがあるが、ここでは対戦車戦闘の一般論を述べるので、個別のシステムに関して言及はしない。 APSは対戦車ミサイルやロケットを物理的に止める、すなわち「ハード・キル」のシステムだ。無線・有線誘導式のミサイルはもちろんのこと、RPG-7などのLAW(Light Anti-tank Weapon:軽対戦車兵器)にも有効となる。
これに対して「ソフト・キル」と呼ばれるシステムがある。これは何らかの妨害電波等を発信し、ミサイルの照準や誘導をジャミング(妨害・攪乱)するシステムだ。しかし、誘導装置を持つ対戦車ミサイルに対しては限定的な効果を持つものの、誘導装置を持たないLAW相手には無力であるため、APSがより有効な手段であるというのが識者の見解だ。ただクイックキルAPSは瞬間的に金属片を周囲にばら撒くため、友軍のディスマウント(Dismount:降車した戦車兵や歩兵)が戦車周辺にいた場合、殺傷してしまう可能性があるという課題も残されており、APSは現在もエンジニアによって開発・研究が進められている。
一方、対戦車歩兵は対戦車兵器(後述)は持つものの、防御システムといえば個人が着用するPPE(Personal Protection Equipment:個人防護装備、防弾ヘルメットやベスト等)くらいなものだ。暗視装置としてサーマル(熱線映像装置)やNVG(暗視ゴーグル)などの目を持つこともあるが、APSのような対抗手段は基本的にない。移動は基本的に徒歩で、戦車が平坦な土地なら時速80km/hで機動できるのに対して、対戦車歩兵は完全装備で5km/h程度の移動速度だ。
そして、歩兵が運用する対戦車兵器には、米陸軍の場合大まかに分けて4種類存在する。
LAW
LAW(Light Anti-tank Weapon)はかつてM72がそう呼ばれていたが、現在ではその後継として採用された携行式の対戦車無反動砲AT-4のことを指す。使い捨てタイプで携行性に優れているが、射程距離は300m程度。威力も1発では主力戦車を完全には撃破できないレベルだ。射程距離も300mとあるが、この距離で移動標的を撃つとまず外すと思っていいだろう。現実的には150m程度というのが筆者の意見だ。
84mm無反動砲
カールグスタフの名称で知られ、陸上自衛隊でも採用されている無反動砲。ただし、対戦車兵器というよりも砲弾の多彩化により多目的兵器の性格が強くなっているため、ここでは多くは述べない。また射手による技量が命中精度等に大きく関わってくるため、高度な訓練を受けた兵士でないと有効には運用できない。米陸軍内でも古くからレンジャー連隊の兵士(つまり米陸軍最精鋭)によって使用されてきた。2014年に発表された最新型のM4はオリジナルのほぼ半分の重量であり、FCSと連動した光学照準装置も搭載されて、命中精度と多用途性が大幅に向上している。
ジャベリン(Javelin)
ウクライナ軍も使用して、今話題になっている対戦車兵器だ。これは赤外線画像誘導式の対戦車ミサイルで、射程距離は2.5km。命中精度は95%と言われているが、これはある程度正確と言える。照準装置で一旦標的をロックオンしたら発射後は自動で追尾する「Fire and Forget(撃ちっぱなし)」と呼ばれる方式のため、射手は発射後ただちに発射地点から離脱でき、反撃から逃れやすいのが利点だ。ただし射程は戦車の主砲のそれとほとんど変わらないため、射程を4-5km程度まで伸ばす改良モデルが研究・開発中である。なお、歩兵が1人で携行できるものの本体は20kg以上あるため、機動性は限定される。
TOW
TOW(Tube‐launched, Optically‐tracked, Wire‐guided)は有線誘導式対戦車ミサイルで各種派生型があり、射程距離は3,750mである。なぜこのような中途半端な距離かというと、誘導のためにミサイル本体に内蔵されたワイヤーの長さが3,750mだからだ。かなりの重量があるため携行は不可能で、基本的には車輌や攻撃ヘリに搭載して使用される。ここで取り上げた対戦車兵器の中では最も威力があるが命中精度は射手の技量に左右され、発射後も命中まで照準・誘導し続ける必要があるため敵戦車の反撃を受けやすいという欠点がある。そのため、兵器メーカーのRaytheon(レイセオン)がFire and Forget TOWを開発中だが、コストの問題等もあって実現には至っていない。
戦車 vs. 対戦車歩兵
では、戦車と対戦車歩兵、どちらが強いのだろうか? わかりやすく説明してみよう。想定としては、まず双方の訓練水準は同じで、規模は小隊としよう。戦車小隊(M1A2エイブラムス4輌)と、対戦車歩兵小隊(Javelinが2基、12.7mm機関銃が2挺、Mk-19グレネードランチャーが2挺、その他小銃、拳銃等)の戦力だ。対戦車歩兵小隊はアップアーマー(装甲型)のハンヴィー4輌とする。戦場は遮蔽物がまったくない、果てしなく続く平地となるNTC(National Training Center:カリフォルニア州フォート・アーウィンに設立された米陸軍の訓練センター。モハーヴェ砂漠に位置し、広大な演習場を擁する)のような場所を想定し、お互いの距離を5kmとして、「よーい、ドン!」で戦闘を始めたとする。はたしてどうなるだろうか。
まず、センサーおよび肉眼でお互いの位置は把握されている。前述のようにジャベリンの射程距離は2.5km、M1A2の120mm滑腔砲の射程距離は2㎞程度だ。開始時点ではお互いに届かない。だが戦車の移動スピードは80km/hであるため、即座に距離を詰めてくる。4輌の戦車は左右に散開しながらRWS(Remote Weapon Station:遠隔操作式の機銃架)に搭載したブローニングM2・12.7mm機関銃を発射する。12.7mm×99弾の有効射程距離は2km程度だが、最大射程距離は7km以上あるため、対戦車歩兵小隊の周辺に12.7mm弾が炸裂しだす。当然普通ではいられない。対戦車歩兵小隊もM2で反撃するが、RWSがないため有効弾はほとんどない。仮に命中しても戦車の分厚い装甲がすべて跳ね返す。2.5km以内に戦車が接近したらジャベリンを発射しようと対戦車兵が準備していても、12.7mm弾によってジャベリン本体もしくは対戦車兵自身が被弾し、損害が出ている。仮にジャベリンを発射できたとしても、前述のAPSが作動し撃ち落されてしまう。そうこうしているうちに戦車が左右から2輌ずつ迫ってきて、主砲が炸裂する。Mk-19を撃ち返すも、戦車相手にはまったく効かない。うまく生き残った対戦車歩兵がいたとしても、戦車に蹂躙されて無力化。おそらくこのような展開になるだろう。一言で言えば、遮蔽物がないような平地では戦車は無敵(ただし、敵に航空戦力がなければ)ということだ。
古の兵法書「六韜」
では、対戦車歩兵には勝機はないのだろうか。そんなことはない。賢い読者は気づいただろうが、地形を利用すれば勝機は充分にある、どころか圧倒的に有利になる。実は古代から対戦車戦闘の研究はされていて、武経七書の1つである「六韜」に、対騎兵戦術としてその対処法が記されている。
「六韜」によれば「平坦な土地においては騎兵1騎に対し、歩兵8人で対抗できる」のに対し「山間など険しい土地では、騎兵1騎に対し、歩兵4人で戦える」と記述され、地形によって歩兵で騎兵を相手にできる人数を説いている。これを読み替えると「平地では戦車1輌に対して、対戦車歩兵8名で対抗できる」のに対し「山間では戦車1輌に対して、対戦車歩兵4名で戦える」となる。この割合は的を射ている。
ちなみに、これが書かれているのは「六韜」の中でもっとも実用的な用兵が記述されている「虎韜」の章だ。一番重要な事柄が書かれた本を「虎の巻」と呼ぶことがあるが、その語源はそこからきている。
話は少しずれるが、古代における戦車とは「チャリオット(戦闘用の馬車)」であり、チャリオット1台に対して我彼の訓練水準を考慮し、前述の対騎兵戦術の割合を参考にして、歩兵何人で対抗できるかを算出する。
現代の米陸軍における騎兵=Cavalryとは、M2ブラッドレーやストライカー、つまり馬が装甲車に変わっただけで、本質は同じなのだ。
まとめ
今回は初回と言うこともあり、対戦車戦闘に関する一般論・全般論(雑学を混ぜた)を解説してみた。次回はもっと掘り下げて、ウクライナにおける戦闘について専門家としての意見を詳しく述べてみたい。
TEXT :飯柴智亮