ミリタリー

2022/08/18

【陸上自衛隊】第3即応機動連隊に配備された16式機動戦闘車

 

第3即応機動連隊への道

 

 道北の防衛警備を担当する第2師団(司令部・旭川駐屯地)は、令和4(2022)年4月より即応機動師団へと改編される。これに伴い、日本最北部隊である第3普通科連隊(名寄駐屯地)は昭和27(1952)年から続く歴史を閉じ、第3即応機動連隊へと生まれ変わることになった。今回は、新たに配備される16式機動戦闘車の戦力化の過程を見ていく。

 


 

 

16式機動戦闘車、運用開始!

 

 即応機動連隊における打撃力の中核となるのが16式機動戦闘車(MCV)だ。8輪の装輪(タイヤ)式の脚周りを持ち、52口径105mmライフル砲を備えた砲塔を持つ。現在、陸上自衛隊で断行中の大改編の1つの象徴ともなっている。
 第3普通科連隊(名寄駐屯地)も第3即応機動連隊へと改編されるのに伴い、当然ながら16式機動戦闘車を運用することになった。そこで、改編前である令和3(2021)年9月に16式機動戦闘車の初号機が配備された。
 実は、この初号機が配備される前の同年4月頃より、16式機動戦闘車を使った訓練を開始していた。主に操縦訓練や10式ネットワークを使った訓練などを行なった。この訓練に用いた車輌は、第10即応機動連隊から借りた。

 

令和3(2021)年7月7日に行なわれた訓練の様子。初夏の北海道、青々と茂る大地に車体を隠すために徹底的に擬装を施している。この頃は第10即応機動連隊の車輌を借りて実施していた


 第11旅団(滝川駐屯地)の隷下部隊である第10即応機動連隊は、第2師団隷下部隊である第3普通科連隊とは親部隊が異なる。しかし、ともに北部方面隊に所属しており、大枠では同じ部隊と言ってもよい。第11旅団はもともと第11師団だったが、平成20(2008)年3月に旅団へと改編された。この時目指したのは、「総合近代化旅団」化だった。そして平成31(2019)年3月に再び改編され、今度は「機動旅団」化を目指した。これに伴い、第10普通科連隊が第10即応機動連隊へと改編された。
 第10即応機動連隊は、北部方面隊初の即応機動連隊である。もともとは第10普通科連隊として、昭和29(1954)年に発足した。さらに遡れば、警察予備隊時代の第4管区第10連隊をルーツとしており、自衛隊発足前から存在していた歴史ある部隊の1つだ。16式機動戦闘車を扱う人員は、同じ旅団隷下の第10戦車大隊から集められ、「機動戦闘車中隊」を編成。人員が吸収された分、第10戦車隊へと縮小された。ここで注目すべきは、“戦車部隊が残っている”点だ。
 他の機動師旅団においては、即応機動連隊発足とともに戦車部隊が廃止されている。例えば第8師団であれば隷下に第8戦車大隊を編成していたが、第42即応機動連隊新編とともに同部隊は廃止。第14旅団も隷下に第14戦車中隊を編成していたが、第15即応機動連隊新編とともに廃止された。
 規模を縮小しようとも第11旅団が戦車を残したのは、仮想敵であるロシアが機甲戦力を中核とした戦闘団を編成しているからだ。これは、現在のウクライナ侵攻におけるロシア陸軍の戦術を見ても明らかだ。やはり、ロシア正面となる北海道において、戦車の火力は必要不可欠である。
 こうして戦車を旅団内に残した分、他の即応機動連隊と比べて16式機動戦闘車の配備数は少ない。通常は2個中隊編成を基本とした「機動戦闘車隊」としているが、第10即応機動連隊は、名前の通り1個中隊のみの「機動戦闘車中隊」と規模を小さくした。第2師団においても、戦車の数は減勢されるものの戦車部隊をしっかりと残す。これに伴い、第3即応機動連隊も「機動戦闘車中隊」編成となる。理由は第11旅団と同じだ。機動戦車中隊の人員は同じ親部隊(第2師団)の第2戦車連隊から集め、第3普通科連隊内に機動戦闘車中隊準備隊を創設した。
 そしてこの部隊が、第10即応機動連隊から16式機動戦闘車を借り受け、来るべき初号機受け入れの日までしっかりと訓練を重ねていった。

 

 

重要な儀礼──入魂式

 

 令和3年9月16日。16式機動戦闘車の初号機が配備された節目として、名寄駐屯地内にある第3普通科連隊の隊舎前にて、「入魂式」が行なわれた。
 これは、指揮官が最初に配備された車体へと部隊マークを描き入れるセレモニーだ。今回は、第2師団長・冨樫勇一陸将、第3普通科連隊長・山﨑潤1等陸佐、機動戦闘車中隊準備隊長の3名が、順番に筆を入れていった。
 部隊マーク内には、「3i」、「朔北」、「1952」と書かれている。まず、「3i」であるが、これは第3普通科連隊を示す「3rd Infantry Regiment」の略語だ。小文字の“i”は、「Infantry」の頭文字となる。「朔北」は、もともと“北の方角”を意味する単語であるが、“朔北連隊”のように第3普通科連隊の代名詞としても使っている。そして「1952」は発足した年を表す。
 最初に受領した車輌は、当然ながら各即応機動連隊に配備されている車輌の中でも最新のグレードとなった。車体の前及び後ろには準備隊を示す「3即機-準」と書かれている。当然ながら改編後は、“準”の文字はとれる。
 式典終了後は、駐屯地グランドにて訓練展示を行ない、第2師団長に対して戦力化に向けた準備が滞りなく進められていることを報告した。

 

隊舎前に置かれた初号機の砲塔に描かれた第3普通科連隊のマークに筆を入れる山﨑連隊長

 

陸自にとって入魂式は、非常に重要な式典である。一つの装備とはいえ、自分の命を守り、戦力となって戦ってくれるかけがえのない相棒となるからだ

 

 次回は改変に向けて準備を進めている各部隊を解説しつつ、16式機動戦闘車の初射撃の様子をご覧いただこう。

 

続きはこちら

 

Text & Photos : 菊池雅之
取材協力:陸上自衛隊 第2師団/第3即応機動連隊

 

この記事は月刊アームズマガジン2022年5月号 P.208~215をもとに再編集したものです。

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