2026/01/14
無可動実銃に見る20世紀の小火器203 ヘッケラー&コッホMP5A2 1976年製
この時代のMP5のセイフティセレクターは左側面のみで右側面からは、その設定位置が読み取れるだけだった。
MP5にアンビデクストラスセレクターが標準装備されるようになったのは1986年頃に登場したNavy Trigger Group(ネイビートリガーグループ)の採用からで、NAVY SEALsにMP5Nを納入したのがきっかけだと思われる。
警察用サブマシンガン選定
西ドイツ連邦軍向けのG3納入が一段落した1963年頃、ドイツ地方警察と連邦国境警備隊のサブマシンガン選定が動き出した。これを受けてヘッケラー&コッホは止めていた(と思われる)サブマシンガン開発を再開したのではないだろうか。
1964年に同社の新型サブマシンガンが公開された時、この銃はMP64と名付けられた。実際に“MP 64 7/64”とマガジンハウジング左側面に打刻されている。“64”はいうまでもなく、1964年から来ている。別名プロジェクト64だ。“7/64”は64年7月を表したものだ。
その後、ヘッケラー&コッホが当時用いていたモデル名設定基準に基づき、MP64はHK54と呼ばれるようになった。その設定基準は
2桁目 1=ライトマシンガン、2=汎用マシンガン、3=フルオートライフル、4=セミオートライフル、5=サブマシンガン
1桁目 1=7.62×51mm、2=7.62×39mm、3=5.56×45mm、4=9×19mm
であった。したがってHK54は、“サブマシンガン、9×19mm”を意味する。
1964年に公開されたMP64は、G3を小型化したような外観を持っていた。但し、細部のデザインは1950年代のG3であり、最終的に西ドイツ連邦軍に採用されたものとは異なる。
MP64のフロントサイトには、リング状のフード型サイトガードは装着されておらず、円錐形のフロントサイトがむき出しであった。この円錐形のフロントサイトは50年代、G3の原型となったセトメライフルに一時期、見ることができるものだ。1959年に西ドイツ連邦軍のサービスライフルとして採用されたG3はフード型サイトガードが付いている。このフード型サイトガードは、その後のヘッケラー&コッホ製ライフル&サブマシンガンの特徴でもあり、当時はHKタイプサイトガードとも呼ばれた。1964年に公開されたMP64が新規に開発されたのであれば、当然、G3の量産型と同じHKサイトガードを装着しているはずだ。
リアサイトも同様で、MP64のリアサイトはL型フリップであった。これも1950年代のセトメライフルにあったデザインとなっている。これらの古い形状のパーツが付いていることから、1964年に初めて公開されたMP64は、1950年代後半にCETMEのライフル開発に協力していた頃に試作されたものの、その後、長い間、開発が止まっていたものだと推測する。レシーバーに製造年月として7/64という数字が刻まれているが、おそらくこれは、公開前に新たに打ったものではないだろうか。
但し、最初期のMP64、その後のHK54の試作モデルも、しばらくはなぜか古いデザインのパーツのまま推移した。こうなるとその開発は1950年代後半に始まっていたという主張も、少し自信が無くなってしまう。やはり伝えられているように、このサブマシンガンは1963年から開発が始まったものなのかもしれない。古いデザインのサイトが装着されていたのは、何か別の理由があったのか…。
やがてHK54の試作モデルは改良が加えられ、その各部は最新型と同様になっていく。
これはレバーの形状を変えるか、グリップの角度、形状を修正することで対処できる。MP5もNavy Trigger Housing以降のセレクターレバー形状変更でこの問題を解消した。


