実銃

2026/09/04

【実銃レポート】フランス製ハンドガンの系譜とその結節点に立つ三挺【Gun Pro A.T.】

 

フランス製ハンドガンの系譜と、その結節点に立つ三挺

Text & Photos by Tomonari Sakurai 櫻井朋成

 

 

 

誰もがその存在を忘れ去ってしまった国産高性能ハンドガン

 

 筆者は射撃場に、一挺のフランス製オートマチックを持ち込んだ。MAB PA-15。9mm、15連発の全鋼鉄製セミオートハンドガンだ。隣の射座のフランス人にこの銃を見せても、モデル名を言い当てられることはまずない。自国で作られ、フランスの一部の射手達からは“神話的な銃” (arme mythique)とまで呼ばれながら、実物に触れた者はごくわずかしかいないという、この銃の奇妙な立ち位置を、筆者は射撃場に立つたびに実感している。
 この銃の“忘れられっぷり”は、フランスハンドガン史そのものの性格をよく表している。フランスは金属薬莢式リボルバーをいち早く軍に採用しながら、自動拳銃への移行では遅れをとり、戦後は9mmへの統一を経て、近年は国産拳銃を見捨てて外国製に切り替えた。19世紀半ばまではヨーロッパ最強の陸軍大国として君臨したものの、二度の大戦を経た後、植民地を失い、20世紀の終わり頃には自国製銃器へのこだわりをも放棄したこの国の軍事態勢が、そのままハンドガンの歴史にも色濃く刻まれている。
 本稿で取り上げる三挺は、フランス近代ハンドガン史の節目に立つ存在だ。軍用リボルバー時代の終わりに登場したMle 1892、フランス初の国産軍用自動拳銃Mle 1935A、そして驚くほど高機能でありながらも、軍用として全面採用されることが無かったMAB PA-15。そしてこのPA-15が自国で開発したフランス製軍用ハンドガンの最後となった。

 

 

フランス製ハンドガンのおおまかな歴史

 

 フランス軍用ハンドガンの連発化は1858年、フランス海軍によってLefaucheux(ルフォーショー) Mle 1858が採用された時に始まる。これはピンファイア式の10.7mmリボルバーで、金属薬莢を用いる拳銃を軍が正式に採用した世界最初の例にあたる。
 敵艦船に接舷し、移乗攻撃を行なう海軍戦闘部隊が、パーカッションよりも確実な連発火器を求めた結果だ。
 一方、陸軍はリボルバーを近接防御の道具と見做して採用に慎重だった。普仏戦争ではパーカッションリボルバーで戦ったが、この戦争に敗北したことを受けて軍用火器の刷新が進み、1873年、Chamelot-Delvigne(シャムロー・デルヴィーニュ) Mle 1873が採用される。11mm、ソリッドフレーム、ダブルアクションのこの拳銃は、フランス陸軍初の近代的金属薬莢式リボルバーとなった。
 翌1874年には仕上げを変えた将校用のMle 1874が続く。サンテティエンヌ国営工廠(MAS)で約33万挺以上が生産され、堅牢で信頼性はかなり高かったが、使用する11mm弾の初速の低さが弱点として残った。
 黒色火薬から無煙火薬への移行期に登場したのが、MAS Mle 1892だ。8mm口径のこのリボルバーは、世界最初の無煙火薬を使用する軍用リボルバーであった。シリンダーを右へスイングアウトして装填するソリッドフレームのダブルアクションリボルバーで、19世紀末期におけるフランス製軍用ハンドガンの到達点に位置付けられる。
 しかし、第一次大戦が始まると、塹壕戦におけるハンドガンの有効性に注目が集まったが、フランス軍はその絶対数が不足していることを認識する。そこでスペインの銃器工場に大量発注し、戦争終結までに968,220挺が納入された。その多くはRuby(ルビー)ピストルと総称される雑多な32 ACP級の自動拳銃だった。
 だが、それらは軍用として戦後も継続使用するほどの品質ではなく、また非力であった。

 

 大戦後、歩兵装備刷新の一環として、1921年に新型ハンドガンの開発計画が正式に始まった。それは9mm口径の大容量マガジンを装備する斬新なGrande Puissance(高威力)ハンドガンであった。この要求仕様を受けて、ベルギーのFNはJohn M. Browning(ジョン・ブラウニング)に高性能ハンドガンの開発を依頼し、これが最終的にはFN High Power(ハイパワー)として完成するのだ。
 ところが、このフランス軍用新型ピストルの選定は、官僚的優柔不断さで16年もの長期に及び、さらに要求仕様は大きく変化してそのレベルを大幅に低下させていくことになる。FNにおける試作は、ブラウニングの死後、Dieudonné Saive(ディードネ・セーヴ)が引き継いだが、結局、フランスは1937年、自国の民間企業であるS.A.C.M.が開発したMle 1935Aを選定、その後MAS国営工廠製Mle 1935Sを追加選定した。これらは7.65mm Long弾を用いるフランス初の自国製軍用自動拳銃となった。
 しかし、長い時間をかけて選定したこれらをじゅうぶんな数だけ量産するより前の1940年5月、フランスはドイツの侵攻を受け、6月には占領されてしまうのだ。


 戦後、フランスはハンドガンとサブマシンガンの弾薬を9×19mmに統一する方針をとり、1950年にMAC モデル1950を採用した。1953年以降、その配備が進み、古いMle 1892やMle 1935系を順次置き換えていった。
 そして国内民間企業から注目すべく一挺が登場する。バスク地方の民間メーカー、マニュファクチュール・ダルム・ド・バイヨンヌ(MAB)が1966年に発表したPA-15だ。9×19mm、15連発のこの拳銃は、13連発のFNハイパワーを上回る装弾数を持つ、当時における高性能自動拳銃だった。
 にもかかわらず、軍がこれを大量採用することはなかった。フランスは1980年代末にライセンス生産のPAMAS G1(ベレッタ92のフランス版)を採用、MAC 1950の後継とした。そして、2020年には第5世代のグロック17を採用してPAMAS G1とMAC 1950の双方を退役させた。74,596挺が発注されたこの契約により、フランスの国産ハンドガンの時代は完全に終焉を迎えている。

 

 

この3挺

 

 以上の系譜のなかで、今回撮影した3挺はそれぞれ明確な結節点に立っている。Mle 1892はフランス軍用リボルバーの終着点であり、Mle 1935Aは自動拳銃時代の起点、そしてMAB PA-15は純然たる国産自動拳銃がたどり着いた頂点であると同時に最終点に位置する存在だ。以下、これら3挺を個別に見ていく。

 

 

Mle 1892
■ 製 造:マニュファクチュール・ダルム・ド・サンテティエンヌ(MAS)
■ 生産期間:1892年〜1924年
■ 総生産数:約350,000挺(資料により約385,000挺)
■ 全 長:約240mm 
■ 銃身長:約115mm
■ 重 量:約850g(非装填時)
■ 口 径:8mm(8×27mmR、通称8-92。“8mmルベル”は俗称)
■ 装弾数:6発
■ 装填方式:シリンダー右スイングアウト
■ 施 条:4条右回り
■ 弾頭重量:約122gr
■ 初 速:約722fps( 無煙火薬、当初の黒色火薬装弾は約623fps)
■ 銃口エナジー:約117ft.lbs
■ 照 準:固定式(前部ブレード、後部ノッチ)

 

 

 

続きは「月刊アームズマガジン2026年10月号」でどうぞ。

 

 

 

Text & Photos by Tomonari Sakurai 櫻井朋成

 

この記事は月刊アームズマガジン2026年10月号に掲載されたものです。

 

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