2026/01/15
海上自衛隊 令和7年度 遠洋練習航海 Part.1
幹部候補生学校を卒業すると、3等海尉の階級が与えられる。初級幹部と言えど幹部は幹部。部隊に配属されれば、同じ歳の若者から自分の父親と変わらぬ年齢のベテランまでの海曹士を指揮・統率する立場となる。しかし実務経験がない…。そこで、練習艦を使い、洋上で幹部自衛官に必要不可欠な知識や素養を学ぶための「遠洋練習航海」を行う。まだまだあどけなさの残る二十代そこそこの若き新米幹部たちの奮闘ぶりを軍事フォトジャーナリストの菊池雅之が追う!
海上自衛隊では、毎年「遠洋練習航海」と銘打った航海実習を実施している。通称“遠航”と呼ばれ、対象となるのは、防衛大学校や一般大学を卒業後、海上自衛隊へと幹部候補生として入隊した「A幹」こと、一般幹部候補生だ。
彼ら、彼女らは、江田島(広島県呉市)にある幹部候補生学校で約1年をかけ、幹部自衛官としての資質を養わせるとともに、初級幹部自衛官として必要な基礎的知識及び技能を修得する。そして3月に卒業すると、いよいよ教育の場を机上から洋上へと移して学ぶことになる。そもそも艦艇勤務の経験がないため、まずは日本国内を巡る内地巡航こと、近海練習航海を実施。これが終わると、いよいよ遠航へと旅立つことになる。
今年度は、「令和7年度遠洋練習航海」として、6月13日から11月12日までの約5か月間をかけ、主として北米大陸の南側から南米大陸を回った。日本を出発後、パールハーバー(アメリカ)~アカプルコ(メキシコ)~カヤオ(ペルー)~バルパライソ(チリ)~ブエノスアイレス(アルゼンチン)~サントス(ブラジル)~フォルタレザ(同)~ジャクソンビル(アメリカ)~プエルトサントトマスデカステージャ(グアテマラ)~サンディエゴ(アメリカ)~ヒロ(同)へと寄港し、再び日本に戻る総航程約56.500kmにもなる長大なコースだ。
幹部候補生学校を卒業した時点で幹部候補生たちは、3等海尉の階級が与えられた立派な幹部ではある。しかし、遠航期間中は、幹部見習いたる実習幹部という身分となる。A幹には、防大卒の1課程出身、一般大卒の2課程出身がいるが、遠航中の教育カリキュラムに違いはない。
今回この長期航海に挑むのは、第75期一般幹部候補生課程卒業生192名だ。内29名が女性自衛官である。そんな彼らが乗り込むのが練習艦「かしま」及び「しまかぜ」だ。航海中は、この2隻が学び舎であるとともに家でもある。ここで学び、そして生活し、初級幹部としての知識だけでなく、シーマンシップも培う。
この遠航を指揮するのが、練習艦隊司令官及び練習艦隊司令部となる。練習艦隊司令官は、海将補の階級の幹部が当たり、今回は渡邉浩海将補(防大34期)が務めた。渡邉司令官の前職は幹部候補生学校長であり、今回の実習幹部を幹部候補生から見てきた。
そして実習幹部を指導するのは、「かしま」及び「しまかぜ」の艦長以下個艦の幹部たちだ。航海科、機関科、船務科など、すべての科にて、基本から応用までをしっかりと学ぶ。
この度、アメリカ東海岸の都市ジャクソンビルからサンディエゴに至る約1カ月に渡る航海を密着取材した。
米東海岸南部側に面する都市ジャクソンビル(フロリダ州)には、米海軍3番目の規模を誇るメイポート海軍基地がある。この基地には、米第4艦隊が司令部を置き、主として中南米側を担当している。ちょうどこの頃、ベネズエラと麻薬の密輸を巡るいざこざが発生していた時期であった。9月16日、8番目の寄港地として、練習艦隊は、この基地へと入港した。岸壁には、「かしま」「しまかぜ」の他に、アルゼンチンやブラジルなどの南米各国、さらにはスペイン、ドイツなど、欧州からも多くの海軍艦艇が入港していた。
その理由は、多国間共同訓練「UNITAS 2025」が行われるからだ。
これは、1960年に第1回目が行われ、今回で66回目を数える歴史ある訓練だ。主としてアメリカと中南米諸国によるパートナーシップを構築するためのものであり、「Unity(結束)」と「Oneness(一体)」を表すラテン語を訓練名とした。今回は9月15日から10月6日まで、カリブ海や大西洋にて、26ヶ国の海軍が訓練を行い、その中に、練習艦隊も名を連ねた。
9月19日に出港すると、早速訓練開始。各国海軍は共同して、対艦ミサイル実射訓練SINEXや着上陸訓練などを実施。さすがにそこまで戦術的な訓練が行えない練習艦隊は、通信訓練やPhotoEXにのみ参加。そして最後まで参加はせず、9月21日から、通常の航海へと戻った。
毎日のスケジュールはほぼ決まっている。まずナイトラと略されるナイトトランジット(夜間航行)が翌朝6時まで行われる。ここで総員起こしからの配食用意がかかり朝ごはん。そして0615から0745まで蛇行運動、0800から1000まで占位運動、1015から1130まで戦術運動と、午前中はがっつりと操艦訓練が詰め込まれている。お昼ご飯を挟み、午後の実習は座学が中心。そして1715頃に夜ご飯となり、1930火の元点検、その後ナイトラへ。
実習幹部たちは5つの組に分かれている。4つの組が「かしま」、1つの組が「しまかぜ」で実習を行う。
実習幹部の一人・野沢輝星(のざわひかる)3等海尉は、高校2年生の時に防衛大学校への進路を決めたと話す。「自衛隊のイベントにいろいろ行ったのですが、その中で船乗りに憧れました。そこで防大に入ってからも迷うことなく海自を選びました。しかし、海自の中にもいろいろな職種があり、その中で私は哨戒機のパイロットへと希望を変えました。官民問わず、パイロットというのは無事に行って帰って来るのが仕事です。哨戒機については、それは当たり前の上で、危険な任務もこなしていく。その中で自分を試してみたくなりました」。
古屋空美3等海尉の場合は「国防とか、そういう高い志ではなくて恥ずかしいのですが、中学生時代、有川浩の小説を読んで、潜水艦に乗りたいと思いました。しかし、調べてみると、潜水艦に女性は乗れないことが分かり、その夢は一旦忘れ去りました。そして一般大学へと進み、そこで将来の進路を考えていると、令和元年から女性も潜水艦に乗れるようになったというニュースを見ました。そこで中学生の頃の夢を叶えるべく、海上自衛隊へと入隊しました」
士気旺盛な彼らではあるが、まだまだ経験のなさゆえに失敗することが多く、歯がゆさも感じているようだ。「幹部候補生学校の時は、与えられた課題をこなす、ひたすら言われたことをやっていくような形でした。ここでは、例えば防火の配置、と任務は与えられますが、何をするのか自分で調べて、その先を常に考えなければいけませねん。そのためには、積極的に聞き、学ぶ必要があります」(前出・古屋)
実習幹部の指導に当たる「かしま」航海長・秋吉1尉は、「操艦するには、進む距離や速力などを基に、計算で出た数値、それに自分のこれまでの経験をプラスしてちゃんと考える必要があります。中には本当に勉強してきた?っていうぐらいぶっつけ本番の人もいますよ」と苦笑する。
練習艦隊司令部訓練幕僚・勝原2佐は、「配置が人を育てるという言葉があります。ここを終えて、部隊に行けば、みな途端に逞しくなるものです。ここでは艦内生活、そして仲間や部下とどう接していくかを学んでくれれば成功です。私自身、自分よりも年上の部下たちを持ち、最初は戸惑いました。そんな中で試行錯誤して今日までやって来た。海上自衛官であれば、。誰もが通って来た道です」と奮闘する実習幹部たちに温かい目を向ける。
こうして日々鍛えられていく実習幹部たち。そして9月25日0800、グアテマラ沖に仮泊した。仮泊とは、入港前に錨を降ろして停泊することであり、それぞれの国の入国手続き、入港中の行事の調整などに当てられる。なお、2025年は日グアテマラ外交関係樹立90周年にあたる記念すべき年であり、行事は目白押しだ。
翌26日、礼砲交換を行いながら、プエルトサントトマスデカスティージョへと入港した。
(次回へ続く)
Text & Photos:菊池雅之
この記事は月刊アームズマガジン2026年2月号に掲載されたものです。
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