2019/06/22
実銃レポート B&T VP9
スイスのB&Tが送り出した現代のサイレント・アサシン
第二次大戦中、パイプにグリップを付けただけのようなシンプルなデザインで、メーカーロゴなどが刻印されず出所を隠された奇妙なピストルがイギリスで製造された。それが、英軍特殊部隊SASやアメリカのOSS(戦略情報局)などで暗殺など特殊作戦に用いられた消音ピストル・ウェルロッドだ。そして近年、スイスの銃器メーカーB&Tは、このウェルロッドの現代版ともいえる消音ピストル、VP9を送り出した。表向きは「獣医のピストル」と銘打たれたこのVP9だが、そこは特殊部隊御用達のB&T、当然ウェルロッドのような用途も想定しているのではないだろうか……?
B&Tが手がけた「獣医のピストル」
Veterinary Pistol(=獣医のピストル)と呼ばれるこの特殊な消音ピストルVP9は、例えば牧場などで牛や馬が怪我や病気により安楽死させる必要があるような場合に使うことを想定して開発された。獣医が家畜の安楽死に銃を使うケースは意外とあるようだが、家畜の世話をしてきた人間、とりわけ子供の前でライフルを取り出してズドンというのはトラウマ(心的外傷)を与えかねない。そこでこのVP9が役に立つ、というわけだ。ボルトアクションライフルのようにチャンバーにカートリッジを装填してボルトを閉鎖しグリップを外してしまえば出っ張りの少ない1本の筒のような形となり、衣服の袖などにも隠せる。その前半分はサイレンサーとなっており、消音効果も高い。獣医が白衣の袖に隠しておき、後ろの人々に見えないように取り出して撃てば、静かに、かつ一瞬で家畜を安楽死させ、子供にも残酷な場面を見せないで済む…それがVP9のうたい文句だ。
B&T veterinary pistol VP9
使用弾:9mm×19
全 長:285mm
バレル長:50mm
重 量:900g
装弾数:5発
ちょっとまて。この仕組みや形どこかで…と思ったら、そう、第二次大戦中に暗殺用消音ピストルとして英国で開発されたウェルロッドと似ているのだ。特殊部隊御用達のB&Tが子供を気にした優しいピストルというのも怪しい。上記の用途は表向きは事実だろうが、B&Tがそのまま獣医さんだけにセールスしているとは思えない。
スイスの銃器メーカー、B&Tはヨーロッパのほとんどの大手銃器メーカーの製品に適合するサイレンサーを生産するなどアクセサリーメーカーとして成長してきた側面も持ち、現在ではピストル、SMG、アサルトライフル、スナイパーライフルと幅広く手がけている。スイスメイドならではの精度の高さから、警察の対テロユニットや軍の特殊部隊などからも注目されている。
製品はVP9本体をはじめサイレンサーと予備ディスク20枚、練習用のサプレッサー、アクセサリーレール、メンテナンスキット、ケースなどで構成されている。ケースは革装で獣医さんが持ち歩いても違和感のないデザイン
かつてのウェルロッドはステンMkIIのようにパイプに発射装置を付けたような荒々しいデザインだったが、その現代版ともいえるVP9はスイスメイド。シャープでカチリとした造りだ
トリガーガードがないため、トリガーには容易にアクセスできる。さすがに暴発防止のため、トリガープルはやや重い設定
上下にロッキングラグを備えるボルト。ボルトにはピロボールが組み込まれ、クリック感のあるフィーリングにより確実に閉鎖されているかどうかを確認しやすい。こういった配慮もスイスメイドらしい
チャージングハンドルを反時計方向に90度回転させてボルトをオープンにしたところ。ボルトアクションライフル同様のマニュアルオペレーションだ
消音性能と隠匿性に特化したデザイン
VP9はその全長のうち半分はサイレンサーが占めており、消音性能を重視していることがひと目でわかる。ごく至近距離で撃つことを想定しているため、バレル長は5cmしかなく、アキュラシーは重視されていない。
また、射撃時に作動音を立てないようボルトは閉鎖しロックして射撃する。ブローバックしないため、装填は1発ずつ手作業で行なう必要がある。また、上記のとおりマガジンと一体のグリップ(マガジンボックスと呼称)は取り外し可能で、単なる筒に見せつつも発射機能は維持することができる。これを獣医以外の用途を想定するなら、例えば着ているジャケットに隠しながら何食わぬ顔でターゲットに接近し、後ろから、あるいはすれ違いざまにトリガーを引いて暗殺、ということもできるだろう。ただ、通常の9mmパラベラム弾は音速を超え音が大きいので、サブソニック弾を使う必要がある。上記のような機構のため、一般的なオートのように作動への影響を気にしなくていいのもメリットだ。
写真左は練習用サイレンサーのマズル側。外観は一般的なサイレンサーと同様で、練習用といえどもそれなりに消音効果がある。本番用サイレンサーは数発撃つと消耗するので、射撃練習にはこちらを使う方が経済的、というわけだ。写真右が本番用サイレンサーのマズル側。六角形のマズルの奥に見えるのは減音用のラバーディスク
VP9のメカニズム
マガジンはグリップを兼ねていて、5発の9mmパラベラムを装填できる。左側面にある丸いボタンがグリップ(マガジン)のリリースボタンだ。マガジンが装填された銃本体を右手で保持し、左の手の平を銃本体後端のダイヤルに押し当てながら反時計方向に90度回転させる。するとスプリングの力でボルトが後退。完全に後退しきらないのでそれを一杯に引き、再び手のひらを押し当てながら最後まで押し戻す。途中、マガジンからカートリッジがすくい上げられてチャンバーに運ばれ、先ほどのスプリングの力でテンションがかかる。一杯に押し込んだら今度は時計方向に90度回転させる。これでボルトはロックされ射撃準備完了となる。
丸いボタンがマグキャッチ、その後方にはこの銃唯一のセーフティであるグリップセーフティが備えられている。一般的なものとは異なり、少し意識して押し込まないとセーフティがオフにならないことも
本体からマガジン(グリップ)とサイレンサーを外した状態。サイレンサーはレシーバーとほぼ同じ長さ
グリップを兼ねたマガジン(マガジンボックス)。容量は5発で、1発チャンバーに送り込んでから外してしまうと、本体側は出っ張りがほぼなくなり、衣服の袖にも隠して携行できる形状となる
実射インプレッション
グリップは小さいため、グリップセーフティに気を付けつつ射撃体勢を取る。また、グリップを外して上着などに隠して撃つことも想定されているためトリガーガードはなく、トリガーへのアクセスは簡単になっている。
最初はグリップを付けたまま射撃してみよう。装着されているのは練習用のサプレッサーだ。とはいえそれなりに減音効果はあるようで、一般的なピストルに比べたら発射音は静かだ。ただオートピストルのようにスライドが動いてリコイルショックを減じないため、手にずしんと反動がくる。排莢のためボルトを操作する際、ゆっくりボルトを引くと排莢不良になりやすいため、エジェクションポートを下に向け、ボルトを一杯に引いてやるのが操作のコツだ。
マガジンボックスを銃本体に装填する。グリップ自体がないので保持の仕方が一般的なピストルと少し異なる
チャージングハンドルを操作する際、反対側の手では小さなグリップよりサイレンサーを掴む方がやりやすい。ボルトを押し込む際はスプリングのテンションで結構重く、ラグをしっかり最後まで押し込んだら時計方向にひねって閉鎖させる
決してグリップしやすいとは言い難いが、ダブルハンドでも射撃でき、一番安定する。サイトピクチャーも意外と良好
射撃後チャージングハンドルを反時計方向に回転させる。ボルトは2cmほどスプリングの勢いで飛び出してくるが、その後ボルトを完全に手で引かないと確実に排莢されないので注意。サイレンサー内部に発射ガスがこもっているので、ボルトを開けると硝煙がゆっくりと出てくる
ジャケットの裏に隠してみる。サイレンサー付きで全長が長いため、このようなシチュエーションではコンパクトピストルほどコンシールメントキャリー向きとは言えない
暗殺者の使い方を考える
今度は弾を装填した後グリップを外し、暗殺者のようなさりげない姿勢で撃ってみる。手をだらりと下げた状態で撃つと、さすがにリコイルを逃がせず腕が後ろに引っ張られる。そこで左手を当ててみたり、後端を手のひらに押し当てるように持って撃ってみると、なんとなくコツはつかめてきた。数日じっくりトレーニングすれば一発必中は可能だろう。瀕死の動物を安楽死させる以外の用途にも、充分使えることを確信できたのである。
Photos & Text:櫻井朋成(Tomonari SAKURAI)
撮影協力:TR Equipmet
https://www.tr-equipement.com/en/company/
この記事は月刊アームズマガジン2019年7月号 P.126~133より抜粋・再編集したものです。