2025/06/07
オールドモデルガンアーカイブ:度肝を抜かれたシューティングカスタム 03
オールドモデルガンアーカイブ
度肝を抜かれたシューティングカスタム
1950年代末から1960年代初めにかけての最初のトイガンブームの頃から、射撃用のトイガンは存在した。そしてモデルガンが生まれ、安全基準が作られ、弾の飛ばない射撃用の銃も作られた。そんなモデルガンの黎明期からプラスチック全盛期に掛けて発売された射撃用銃には、実に驚きに満ちたモデルが存在する。今回はそんなシューティングカスタムとも呼ぶべきモデルガンから、多くの人が度肝を抜かれたモデルをピックアップしてみた。
コクサイ
PPCカスタム


コクサイ S&WニューM-29カスタム サターン/デビル メーカー:コクサイ(国際産業) サターン 302mm(6.5インチ)/ 350mm(8-3/8インチ) サターン 1,400g(6.5インチ)/ 1,600g(8-3/8インチ) ※寸法などのデータは当時のメーカー発表によるもので、実測値ではありません。また価格は発売当時のものです。 |

コクサイ パイソンカスタム メーカー:コクサイ(国際産業) ※寸法などのデータは当時のメーカー発表によるもので、実測値ではありません。また価格は発売当時のものです。 |
コクサイ(国際産業)もMGCとほぼ同時期にPPCカスタムを発売した。
きっかけは1979年、MGCが「第1回カスタム祭り」を開催したのに合わせて、コクサイでも得意なリボルバーで何かカスタムを作りたいとなったことだったという。当時MGCのカスタムはオートマチックに偏り気味だったので、これは正しいチョイスだったのではないだろうか。当時コクサイのアドバイザーだったイチローさんに意見を求めると、PPCカスタムを薦められた。アメリカで最もホットな銃の1つだった。
しかしMGC同様、ベースとなるS&WのKフレームリボルバーがなかったので、スタイルの近いNフレームのM-29と、パイソンが選ばれた。というか、当時カスタムが作りやすいプラスチックのダブルアクションリボルバーはそれしかなかった。シングルアクションならブラックホークもあったが、さすがにそれでPPCは無理。それに、M-29もパイソンも日本では絶大な人気を誇る。
コクサイはイチローさんから資料写真の提供を受け、さらにはイチローさんのアメリカの自宅まで行って実銃の取材も行ない、できるだけイチローさんの持っていた実銃のPPCカスタムに近い形になるように設計を進めた。そしてM-29カスタムには、イチローさんの命名によって、スラブバレルに「デビル」、ラウンドバレルに「サターン」のニックネームが与えられた。この名称にもガンファンの多くが度肝を抜かれた。まさかの悪魔系のネーミング!
ただ、コクサイの社内にカスタム部門のようなものはなかったので、切削加工を駆使した限定カスタムということではなく、金型を使った量産品でありながら、通常のラインとは違った製品という位置づけのカスタムだった。そのため通常の量産モデルと同じ仕様の箱に入れられていた。わずかに豪華だったのは、自社製のデイドタイプのスピードローダーと、S&Wまたはコルトの真ちゅう製ベルトバックルが付いていたこと。実際MGCよりもだいぶお安めの価格で発売された。そして発売後も長く販売され、後期には組立キットも発売された。
重量は最大で1.6kgにも達した。さすがに重すぎたようで、モデルガンは金属製のインナーフレームがあるため薄くなったプラスチック製のフレームでは支えきれず、勢いよく振り回すとヒビが入ってしまうこともあった。設計を手がけた岡田節雄さんも、ちょっと重くしすぎたかもしれないと振り返られていた。
結局、コクサイはこれらのカスタムの正式な名称にPPCの名を冠さなかった。単にM-29カスタム、パイソンカスタムとした。実銃のPPCではありえない銃ということで、あえて付けなかったらしい。わかっていて作っていますよというアピールだったのかもしれない。
いずれにしても強烈なインパクトを持っていたモデルガンだったことに間違いない。そして長くファンに愛されたモデルガンでもあった。






※モデル名などは、基本的にはメーカー表記に準じていますが、メーカー自身の表記にも揺らぎがあるため、本稿ではその時に参考にした資料に従って表記し、あえて統一していません。
TEXT&PHOTO:くろがね ゆう
この記事は月刊アームズマガジン2025年7月号に掲載されたものです。
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