2025/02/24
「第二次世界大戦のドイツ軍の銃器」と聞くと多くの方が連想するあの名銃を語る
この1挺は戦うために作られてきた本物の銃だ。
数奇な運命に導かれ、今はこの日本という平和な地で静かに眠っている。
発射機構を排除され魂を抜かれても、その銃の魅力が廃れることはない。
時代と共に歩んだ歴史を、培われた技術体系を銃はその身を持って示してくれる。
その姿は銃に魅了された我々に新たなる知見をもたらすことだろう。
さあ、今回も無可動実銃のことを語ろう……。
ナチスドイツの象徴となった短機関銃
第二次世界大戦のドイツ軍の銃器と聞くと多くの方がMP40を連想するだろう。この有名な短機関銃は第二次世界大戦が始まる直前にドイツ陸軍兵器局の要請により開発された。最初のモデルがMP38で、その改良型であり大量生産されたのがMP40である。

戦前のドイツはベルクマンタイプのMP18やMP28といった第一世代の木製ストックを装備した、ライフルの短縮版のようであり、機械加工で製造された手間のかかるものであった。しかし、MP40はスチール製ストックとプレス工法を多用し、大量生産を前提にしたシンプルな短機関銃として誕生した。

これは1935年にナチスによる再軍備が始まるとあらゆる兵器が必要になり、歩兵の持つ銃器については予算が限られていたからだ。結果的にMP40は優れたデザインから第二世代の短機関銃の基準となり、多くのMP40が第二次世界大戦後も世界中の戦場で使用され続け、1970年代後半から1980年代初頭まではオーストリアやノルウェーの軍隊では現役であったほどだ。
- 全長:630mm / 840mm(ストック展開時)
- 口径:9mm×19
- 装弾数:32発
- 価格:¥330,000
- 商品番号:【6218】
戦時中のみの製造で伝説になる
MP40は、生産性向上に特化して製造されたものとして世界初の短機関銃であり、車輌搭乗時の携行性を重要視した携帯小火器でもあった。MP40の原型であるMP38は大量生産に不向きな工法を採用していたことから、メーカーであるエルマはヘーネルに生産協力をしてもらった。しかし、この2社はどちらも小規模な武器製造会社だったため、両社を合わせてもドイツ軍の需要を満たすことはできなかった。それどころか自分たちで設定した生産目標すら達成できず、ドイツ陸軍省から製造をスピードアップするために製造方法の変更を求められる。


そこで新たにクルップ、シュタイヤー、メルツヴェルケなどの大企業が支援した。これらの大企業は、大量生産技術に精通しており、生産性を向上させるためにMP38を改良し、のちにこれがMP40となる。また、多くの部品は下請け業者によって製造され、プラスチック製グリップはドイツの電気大手AEGが担当し、クルップとメルツヴェルケはエルマとヘーネルへのプレス部品を供給し、モーゼルヴェルケはバレルを製造するなど多くのメーカーが力を合わせたことで、やっと大量生産を実現できた。特に、レシーバーは鋼鉄のブロックから削り出す工法からプレス加工と溶接による工法に変更されたことで、バレルとボルトのみが削り出しとなり、生産性が大幅に向上した。


こうしてMP40は迅速かつ安価に製造することを前提に設計された最初の短機関銃となり、これ以降の軍用短機関銃に大きな影響を与えた。これほどの完成度を誇ったMP40ではあるが、終戦後はなぜか製造を完全に終えている。戦後は戦勝国によって回収され、再利用や模倣品が造られ永く使用され続けたが、MP40そのものは造られることはなかった。「ナチス」を連想させるといった理由で造られないのであれば、実に残念なことである。しかしドイツ軍の合理的な要求によって生まれたというのは事実であり、その功績は評価に値するものである。
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TEXT:IRON SIGHT
この記事は月刊アームズマガジン2025年3月号に掲載されたものです。
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