2023/04/29
【実銃】大英帝国が誇る傑作銃「リー・エンフィールド」の歴史と特徴
Lee-Enfield
No.1 Mark Ⅲ
.303 British
第一次、第二次大戦において、大英帝国ならびに英連邦国軍の基幹歩兵銃として使われたリー・エンフィールド ボルトアクションライフル。軍用銃としての歴史はマウザー98よりも古い。半世紀以上にわたって軍用として使用され続けたのは、優れた部分も少なからずあったからだ。現在ではほとんど顧みられることがなくなったリー・エンフィールドに、改めてスポットを当ててその魅力を探ってみたい。
リー・エンフィールドライフルNo.1 マークⅢは30年以上、所持している。超古い読者ならご記憶かもしれないが、国際出版の旧Gun誌1990年3月号の“ガンのメカニズム”で取り上げたことがあった。
今回、リー・エンフィールドライフルをリポートすることになったのは、松尾副編集長からのリクエストだ。この銃の日本語による実射リポートはこれまでごくわずかしかないという。確かにそうかもしれない。
リー・エンフィールドライフルのデザイナーは、スコットランド生まれの米国人James Paris Lee(ジェームズ・パリス・リー)だ。米海軍採用のM1895 Lee Navy Magazine Rifle(リー・ネービーマガジンライフル)口径6mm Lee Navyのデザイナーとしても知られている。
リー・エンフィールドライフル系は1890年前後から1965年までの長期にわたって製造され、今日でもいくつかの国では予備役、またはトレーニング用として(すなわち第一線ではないところで)稼動中だといわれている。これはなかなか凄いことだ。ボルトアクションライフルが列強国のミリタリー基幹小銃から消えたのは少なくとも60年前のことだ。その意味では現役小銃として最長の寿命だといえる。もちろん現在使われているのは、ごくわずかであろう。
近代ボルトアクションライフルのルーツはマウザー98だが、それより前に登場したリー・エンフィールドも優れたデザインを持っていた。後世モデルに引き継がれたメカアイデアもいくつか存在する。現代のガンメーカーが独自に開発したように語るメカも、実は100年以上前に登場していたものだという場合もある。今回はその辺にも焦点を合わせてリポートしよう。
リー・エンフィールドライフルは英国以外の国でも製造されたため、現地のニーズはもちろん、時代と共に変化する用兵思想から幾多の小改造バリエーションが生まれた。基本構造はほぼ同じであっても、バリエーションはうんざりするほど多岐にわたる。コレクターサイドからみればここに面白さがあるのだろう。しかし、1挺ならともかく筆者のような中産階級にとって何挺もコレクションすることは不可能だ。
英軍、英連邦国軍装備のリー・エンフィールドはドイツ軍マウザー98系を相手にWW1、WW2を戦い、1950年代初めの朝鮮戦争派遣連合軍の一部でも使用された。軍用サービスライフルとしての寿命はマウザー98系よりはるかに長かった。この寿命の長さは一体、どんなメリットから来たのだろうか?特徴あるスペックがなければ70数年間も製造が継続され、かつ100年後も現役(第二線ではあるが)であるはずがない。
ボルトアクションが軍用ライフルの主流だった時代において、リー・エンフィールドは明らかな優位性も持っていた。ボルトアクションライフルでありながら10連発マガジンを備えていることはそのもっとも目立つ特徴だろう。マガジン着脱、クリップチャージによる上方からの装填も可能だ。第二次大戦までのボルトアクションはそのほとんどが固定内蔵マガジンによる5発装填だった。
そしてリー・エンフィールドは、三八式、九九式でおなじみのコックオンクロージングを採用していた。ご承知の通り、ボルトアクションのストライカーコッキング方法にはもう一つある。マウザー98で御馴染みのコックオンオープニングだ。意見はいろいろあるだろうが、一般論としてコックオンクロージングは速射に長けたメカということになっている。熟練シューターなら、ボルトアクションでありながら最大20-30発/分の発射が可能だったという。10発マガジンのキャパとの組み合わせで、ボルトアクションにしては第二次大戦当時において、トップクラスのファイヤーパワーを持っていたということになる。
これまでに何回も触れたが、近代ボルトアクションライフルのルーツ、またはベンチマークといわれるのは、マウザー98だ。しかし、これにないメリットを持っていたのがリー・エンフィールドライフル系だった。但し、リー・エンフィールド系はマウザー98系と比較したとき、ボルトアクションライフル史の中での存在感はきわめて薄い。総製造数約1,700万挺以上で、マウザー系約2,000万挺には及ばないもののボルトアクションライフルじゃ生産数の多さではNo.2であり、しかも英国、英連邦を勝利に導いたモデルであったのにも関わらずだ。
そして日本の銃器愛好者における、リー・エンフィールド系に対する注目度もかなり低いと感じる。これまで第一次、第二次大戦を舞台にした映画は数多く制作されてきた。米国側から見た敵国はドイツ、そして日本であり、当然の事ながらM1ガーランド/M1カービンが相対する銃は、マウザーM98系、三八式、九九式となる。英国、英連邦採用のリー・エンフィールド歩兵銃/カービンは米国と連合国同士であり、英国軍、および英連邦軍を中心に描いた映画でない限り、ストーリー上登場する頻度は少ない。
1,700万挺余も製造されたリー・エンフィールドライフル/カービンが日本のガンファンの間で影が薄い一番の理由は、これまで雑誌で実射リポートが掲載されなかったことにあるのではないかと思う。これには筆者の責任もあるが、他のリポーターたちもほとんど手を付けていない。なぜ、だれもリポートしなかったのか?簡単に言えば、どのリポーターもリー・エンフィールドに興味をそそられなかったというのが当たらずとも遠からずではないかと考えられる。例外は床井さんで、かつて旧Gun誌で2年以上にわたって詳しい記事を連載されていた。
リー・エンフィールドライフルの小史
ジェームズ・パリス・リーのボルトアクション(ターンボルト)マガジンライフルのパテントが米国で認可されたのは1879年のことだった。マウザー98の完成年より20年近く前にさかのぼる。当時、連発銃といえば米国じゃレバーアクション全盛時代であり、シングルショットのスプリングフィールドモデル1873が米軍のサービスライフルだった。その背景にはコストの低いシングルショットしか選択できなかったという台所事情があったことは、2020年2月号の記事で書いた通りだ。
米国はヨーロッパと違い、仮想敵国になり得る国が隣接しておらず、国防の基礎ともいえる武器開発意欲も高くなかった。ヨーロッパ各国の新兵器開発競争も、ある意味で対岸の火事として傍観していた感がある。米国の隣国は北に友好国カナダがあり、南のメキシコとの間には国境問題はあったものの、それが米国の脅威とはなっていなかったからだ。
少数限定ではあったがリーボルトアクション ボックスマガジンライフル(口径.45-70)を初めて米国で製造したのはSharps Rifle Manufacturing Company、いわゆるシャープスライフルだった。そして米陸軍、海軍オードナンスにそれぞれ数挺のサンプルを提出し、当時のトップ用兵者に意見を仰いだ。しかしリーが期待する反応はなかった。既に触れたように新モデルに切り替えなければならないという切羽詰まった理由が米国政府内になかったからである。そしてまた南北戦争による戦費負担からきた経済の回復が遅れていたという財政上の問題もあった。
それから数年後、1880年代に入って間もなく、米国も海外の小火器開発競争にようやく眼を向け始めた。米国内メーカー大手、レミントンアームズ社はヨーロッパのレベルに追いつこうと考え、手っ取り早い近道としてジェームズ・パリス・リーから製造権を買い、Remington Lee Rifle(レミントンリーライフル)の製造を開始した。
1881年、米海軍がレミントンリーライフル(口径.45-70)をテスト用とし限定数を購入テストしている。ほぼ同時期、リーのライフルは英国軍による歩兵ライフルトライアルにも参加し、優秀な成績を収めた。そして英国はこれを軍用として採用、エンフィールドロックにあるロイアルスモールアームズファクトリー、すなわちエンフィールド造兵廠で更なる改良を行なった。この時、エンフィールド造兵廠はMetford(メトフォード)ライフリングバレルを選択した。メトフォードライフリングとは、英国のWilliam Ellis Metford(ウィリアム・エリス・メトフォード:1824-1899)が発明したSeg-mental Rifling(セグメンタルライフリング)をいう。当時、マズルローダーパッチドボールに適したライフリング用として評価されていた。そしてまた寿命(命数)が長いと信じられたライフリング形式でもあった。この命数の長さが大きな魅力だったのか、いくつかの国で軍用としても採用された。例えば日本軍の三八式、九九式、デンマーク軍のKrag Jorgensen(クラック・ヨルゲンセン)などがそれに当たる。しかし、メトフォードライフリングは様々な理由からその後、ほとんど消え、ライフリングの山谷が明確に識別できるエンフィールドライフリングが主流となっていく。ちなみにポリゴナルライフリングはメトフォードの亜流だ。
話を19世紀末の英国に戻そう。幾多の試作モデル、限定生産を経て1895年、リー・メトフォード マークⅠ(口径.303British)ができ上った。ところが同年末、バレルの仕様が改められ、メトフォードライフリングからエンフィールドライフリングに変更、リー・エンフィールドマガジンライフルマークⅠとなっている。長い試作改良期間を経てメトフォードバレルに決着したはずだが、わずか1年未満でエンフィールドと交換したというのは、どう考えても解せない話だ。
1907年、後々有名となるRifle No.1 Short Magazine,リー・エンフィールド MarkⅢ(通称SMLE(ShortMagazine リー・エンフィールド)が英軍サービスライフルとして採用された。このモデルが英国軍の第一次大戦における基幹歩兵銃となった。
複雑なバリエーションだが大きく分ければNo.2、No.4、No.5、No6、No.7などの各シリーズがある。リー・エンフィールド系の中でよく知られているのは通称“ジャングルカービン”と呼ばれるモデルだ。正式名称はRifle No.5 MKⅠ Jungle Carbineだ。1944-1947年の間、英国バーミンガムのBSA-Shirley(シャーリー)、そしてリバプールのROF Fazakerley(ファザカーリー)で合計20数万挺が製造された。使いやすいということもあり、リー・エンフィールド系の中じゃ今回リポートのNo.1 マークⅢと共にまだまだ現役だ。
1957年、英国は基幹歩兵ライフルをFAL ベースとしたL1A1に更新した。しかし一部のリー・エンフィールド系はスナイパーライフルとして継続使用され、フォークランド諸島奪回作戦でも使われている。また“ジャングルカービン”は1960年代、かなりの数が.303Britishから7.62mm NATOに改修された。
カッタウェイモデルは、エンフィールド社による1915年製だ。入手したとき、長い間、ドブに浸かっていたような汚いモデルだったが、徹底的にクリーニングしたらなんとか写真に耐えるレベルに復帰した。ライフリングはメトフォードだった。先にも触れたが、この時代ならエンフィールドライフリングのはずだ。おそらくエンフィールドバレルが不足していたのでメトフォードも併用されたということなのだろうか?もう1挺のNo.1 マークⅢはエンフィールドライフリングバレル付きで、外見は傷のついた典型的な中古品だが、ボアは信じられないほど新品同様だった。おそらくあまり射撃せず、かつ何らかの理由から保存状態がよかったのであろう。銃器骨董屋の査定によれば、このモデルは1948年以降、インドのRifle Factory Ishapore(イチャプール)で製造された15万余挺の中の1挺だそうだ。英国オリジナル リー・エンフィールド No.1マークⅢと外見は全く同じだが、ショートカットされた機能もある。バリエーションを詳しく書きだすとキリがないのでこれぐらいとする。
デザイン&ファンクション
全長1,135mm、重量約4kgは当時の列強国ボルトアクション歩兵銃とあまり変わらない。一大特長はボルトアクション最強の10発マガジンを備えていることだ。リポートモデルは既に触れたように戦後、インドで製造されたものだが、ルーツをたどれば1907年に英軍に採用となったNo.1 マークⅢ SMLEだ。
.303British(.303 Brit)はボルトアクションライフル系ではリー・エンフィールドだけが採用した口径だ。1906年、米軍スプリングフィールドM1903採用の.30-06、ドイツ軍の7.9mm×57、日本軍がのちに九九式で採用する口径7.7mm×58(米国内では7.7mm Japanese Arisaka)の4種を比較すると以下のようになる。
.303 Britのバリステックデータは後々、登場する日本軍の7.7×58mm Arisakaとほぼ同じ、口径も7.7mm、.303” グルーヴ.311”というわけで、リローディングする際もブレット、パウダーデータを共有することが可能となっている。
操作性
コックオンクロージングは好き嫌いのある作動機構だ。ボルト閉鎖時、ストライカースプリングを圧縮しながらとなるので、当然のことながらプレッシャーがかかる。発射後、ボルトをオープンする際にはストライカースプリングの反発力が加わってボルト開放とボルトの引きは素早くできる。三八式、九九式と同じメカであるコックオンクロージング採用なのだが、三八式、九九式より操作しやすく、リズミカルにボルト操作が可能と感じた。三八式、九九式の独特な形状のボルトハンドル先端部は、操作性、特に速射性向上を重要視したデザインだ。一方、リー・エンフィールドのそれは何の変哲もないボール形状となっている。
それでもリー・エンフィールドの方が操作性が良い。1分間で20-30発撃てるというのは、大袈裟でもなければハッタリでもない。といっても、しょせんはボルトアクションライフルだ。火力制圧ならともかく、距離がある状況で特定のターゲットを狙いながら20-30発撃ついうのは、まず不可能に近い。後々登場するセミオートのM1ガーランドならそれも可能だが……。
Photo&Text:Gun Professionals テキサス支局
この記事は月刊ガンプロフェッショナルズ2020年5月号に掲載したものです。
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