2025/03/02
ポーランド新型アサルトライフル MSBS GROT
Text & Photos by Tomonari Sakurai:櫻井朋成
ポーランドがカラシニコフライフルから脱却すべく、長い時間を掛けて開発した新型アサルトライフルがMSBS GROTだ。その細部やメカニズム、開発の経緯などは2025年1月号で床井さんが詳しくレポートしている。今回はその実射をお届けしたい。

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ラドムと言われて真っ先に思い起こす銃は、1911によく似たVIS wz. 35だ。この銃は1911をコピーしたものではないが、第二次世界大戦前にポーランドの技術者が国産軍用ピストルを開発しようとした際に、アメリカ軍用のM1911を参考にしたことは間違いない。当時のポーランドには独自設計の銃を開発するだけの時間の余裕がなかった。M1911のスライドの形状とフレームの組み合わせ、スライドストップのデザイン、さらにはトリガー形状とグリップセイフティ、メインスプリングハウジング、マガジンキャッチなどをほぼそのままに、9mm対応にスケールダウンして設計し直している。
大きく違うのは、シングルアクションでありながらこの銃にはデコッキングレバーが装備されていることだろう。しかし、このデコッキングも機能的には、ドイツのワルサーPP/PPKを真似したに過ぎない。但し、それをシングルアクションの銃に組み込むというアイデアは、ラドムのオリジナルだといえる。ラドムVIS wz. 35に独自の要素があるとすれば、ほぼこの部分だけだろう。にも拘わらず、この銃はとても魅力的だ。
10年以上前に編集部のリクエストでラドムVIS wz. 35を撮影しようと探したのだが、なかなか見つからない。最終的にハンガリーの友人に頼み込んで、その知り合いである警察官を通し、昔の事件で押収されたまま保管庫に眠っていたVIS wz. 35を引っ張り出して貰った。それが2014年11月号の記事だ。銃器大国のアメリカでも見掛けることはほとんどないようで、同国在住のライターさん達も、VIS wz. 35を実射レポートしたことはない。いずれにしてもラドムといえば、このVIS wz. 35が筆頭に挙がる。
またラドムのサブマシンガンPM-63 RAK(Wz.63)も魅力的だ。この銃はカモノハシの嘴(くちばし)のような形状をしたスライドエクステンションを持っていることで良く知られている。これを何かに強く押し付けることで、ボルトをコックできるのだ。
2025年2月号でお伝えしたPM-98はその後継機だが、特徴的なスライドエクステンションがないため、あまり目立たない。
ポーランドのガンメーカー“Radom”の銃といわれてすぐに思いつくのは、このVIS wz.35とPM-63 RAKの2挺だ。しかし、これからは違うかもしれない。MSBS GROTはラドムの歴史の中で特筆すべき完成度を持つアサルトライフルなのだ。

口径:5.56×45 mm NATO
全長: 843/900mm(ストック展開時)
銃身長:406 mm(16インチ) 6 R 1回転 178mm
重量: 3,650 g(マガジンなし)
装弾数:30発/60発
セレクター:シングル/フルオート
回転速度:700-900発/分
作動方式:ショートストロークガスピストン
ラドムの歴史
1922年、ポーランドは軍需品の生産を国営企業に集約させることを決定、Centralny Zarząd Wytwórni Wojskowyc(中央軍事生産局)を設立し、その傘下企業としてFabryka Broni w Radomiu(ファブリカ ブローニ ヴゥラドム:通称ラドム)が操業を開始した。1927年に中央軍事生産局は解散し、新たにPaństwowe Wytwórnie Uzbrojenia(国家兵器工場)がラドムの親会社となる。そしてポーランド軍向けのKar98k ポーランド版の生産を開始し、その他、ナガンリボルバーも生産した。もっともその時点ですでにナガンはあまりにも旧式だったため、前述のVIS wz. 35を開発、これを量産した。
しかし、1939年9月にドイツとソ連がポーランドに侵攻を開始、これが第二次大戦の始まりだ。約1ヵ月後にはポーランドはドイツとソ連によって分割占領されてしまう。そしてラドムの工場はドイツ軍に接収された。これによりラドムはオーストリアのシュタイヤーの傘下に組み込まれ、Kar98kとVIS wz. 35を枢軸国軍向けに生産させられた。その後、Kar98kの生産は終了したが、wz. 35の生産は1944年のポーランド解放まで続く。
第二次大戦後に社会主義国家となったポーランドはラドムの再建を決定、Zakłady Metalowe im(金属加工工場)として、ソ連のトカレフコピーをTTCの名で生産すると共に、サブマシンガンPPSの生産を開始した。その一方で、wz.35は忘れられた存在となっていく。
1957年にはカラシニコフ(AK)ライフルのライセンス生産が始まり、戦前のラドムの香りはすっかり消えてしまった。
しかし、その後にこの工場はソ連型兵器生産一辺倒から脱却、独自の製品開発もおこなう体制を作り出した。その結果がPM-63 RAKであり、ピストルもマカロフコピーではなく、ワルサーPPKをベースに独自改良を施したP-64やP-83を生み出している。
1980年代末に東欧の社会主義国家が崩壊し、ポーランドも自由化に向かって動き出した。同時にそれは企業活動に競争原理を持ち込むことであった。社名をZakłady Metalowe Łucznik(ウチニク金属工場)に変更、民間企業として活動したものの2000年に同社は破綻してしまう。
しかし、その数ヵ月前にAgencja Rozwoju Przemysłu(工業開発庁)は、ウチニク金属工場の小火器製造事業を分離させ、Fabryka Broni Łucznik Radom(ファブルカ ブローニ ウーチュニク ラドム)として事業化させていた。
同社はPolskiego Holdingu Obronnego(ポーランド国防ホールディング:旧Bumar)の傘下となり、ポーランド政府と密接につながっていたが、この体制はその後に変わり、現在のラドムは2013年に設立されたPGZ(Polska Grupa Zbrojeniowa:ポーランド防衛産業グループ)の傘下になった。

2014年のロシアによるクリミア併合は、ポーランドにとって隣国での出来事だった。この影響で軍への納入が急がれたためか、改良も早く進み、長いハンドガードを特徴とするこのモデルA2が登場した。

GROTの最大の特徴はモジュラーシステムを持っていることに尽きる。クイックチェンジに対応したバレルに加え、必要とあらばブルパップ仕様にもなるモジュラリティがあるのだ。
GROT
PGZは国内だけではなく国外への展開に力を注いでおり、各国の防衛ショーで大きなブースを構えてグループ製品を大いにアピールしている。フランスで行なわれるユーロサトリなどでも大々的に同社の製品が展示されてきた。
共産党政府時代や大戦中を舞台とした映画のイメージから、ポーランドは何か重苦しいイメージがあったが、これらのブースではピンク色の銃を展示したりしていて、暗いイメージはない。そして、そこで見られるポーランド軍採用のアサルトライフルは最新のトレンドに従い、ポリマーレシーバーを持つ完成度の高い製品に仕上がっていた。
ポーランドは民主化した後、NATO加盟を視野に入れて5.56mmのNATO弾に対応したwz. 96 Beryl等を開発している。但し、それらはどれもカラシニコフをベースに、無理やり近代化したような野暮ったさがあった。その状態が長く続いたが、現在はそこから完全に脱却、最新のライフルは、モジュラーシステムを取り入れたMSBS GROTだ。
MSBSはModułowy System Broni Strzeleckiejの略で、これはポーランド語でモジュラー銃器システム、GROTは“槍の穂先”を意味する。またGROTは、第二次大戦中にレジスタンスとしてナチスドイツに抵抗、その結果命を落としたポーランド国内軍の指導者で英雄のステファン・グロト=ロヴェツキ将軍(Stefan Grot-Rowecki)のニックネームでもある。



フリップアップ式のフロントサイトは、上下に調整可能な設計になっている。市販型ではなく、自社独自のデザインだ。

リアサイトは工具を使用せず、左右に調整が可能だ。迅速な調整が求められる場面でも対応しやすい。
