2025/02/25
グロック17 第4世代モデル GLOCK 17 Gen4
グロック17 第4世代モデル
GLOCK 17 Gen4
By Yasunari Akita
Gun Professionals 2012年9月号に掲載
進化を遂げてきたグロック
82年にグロック17(以下G17)が完成し30年が経過した。この大成功により設計者のガストン・グロック氏がポリマー・ガンの時代を築いた第一人者として世界的に有名になった。
それ以降、シリーズ構成が広がり軍・警察用、護身用、携帯用、狩猟の携帯用、そして競技用と幅広い分野をカバーしながら世界中にファンを増やしてきた。生産開始から現在の最新ロットまで、この間基本構造は変わらずグロック・シリーズは幾多の改修を受けて進化を遂げている。
改良点の中にはパーツの形状変更や追加などのマイナーチェンジも多々あった。しかし大きな改修を受けてアップグレードされた際、それがやがてジェネレーション(世代)として呼び分けられるようになった。
ジェネレーションはGen(ジェン)と略され、そこに世代別の番号を与えることで、どの世代のモデルかを識別している。現在もっとも製造期間の長いのが第3世代のGen3(ジェン・スリー)である。
グロックの影響により多くのメーカーがポリマー・ガンの開発に取り組み、強力なライバルの中にはグロックにはない新発想を取り入れたモデルも出現している。迎え撃つグロックも次の世代でそれに対抗、最新のアイデアを取り入れ改良を重ねている。
今月はグロック・ファン達から待ち望まれていた第4世代グロック、すなわちGen4(ジェン・フォー)をご紹介したい。


オーストリア軍P80
戦後オーストリア軍で使用されていた銃器は老朽化し徐々に次世代のものへと置き換えられていった。オーストリアの老舗銃器メーカーであるシュタイヤーは樹脂製ストックや内部パーツを駆使した新時代のブルパップ・ライフル、シュタイヤーAUGを開発し採用され、マシンガン、ライト・サブマシンガンも同社製品が採用されるという独占状態にあった。
ハンドガンに関してはワルサーP38や戦後生産型のP1が使い続けられていたが優先順位が低く更新計画が遅れていた。
1980年、ようやくオーストリア陸軍でもサイドアーム・トライアルが計画された。シュタイヤーが開発したPi18が有力候補の一つと目されていたが、P80として制式化されたのは銃器業界に突如として現れたグロックという新メーカーの拳銃であった。
グロックは1963年に創業されたオーストリアの企業で、軍用ナイフなどの製造では、地味ながら知られていたメーカーであった。合成樹脂パーツやプレス加工製品の製造では長い経歴を持ち、その道のエキスパートと呼べる存在だったのだ。
この時すでに50歳を超えていた社長のガストン・グロック氏に銃器設計の経験は無く、P80が自身にとっての第一号製品となったというから驚く他ない。経験が皆無なのは大きなハンディではあったが、むしろ経験が無かった事により既成概念にとらわれない新しい銃器デザインが行なえたとも言える。
トライアルの発表を機にガストン氏はこれまで温めてきたアイデアと共に、自身の得意分野であるポリマー樹脂の特性を最大限に生かす銃器設計を試みた。

銃器設計上、ガストン氏に感銘を与えていたもの…それがドイツのH&Kが70年に完成させたVP70であった。合成樹脂パーツはグリップ・パネルに使われる程度であったものがVP70では既にフレームをまるごと樹脂化するという偉業を既に成し遂げていたからだ。
しかしVP70は注目されずに終わった。H&Kはこの銃を第三世界向けの低価格軍用拳銃として設計し、ポリマー・フレームはコスト削減の為の一手段として導入しただけで、それ以上の意欲は最初から持ってはいなかった。
VP70は大容量の18連マガジンを備え、フレームの樹脂化で低価格、そして軽量という特徴はあったが、構造の簡略化の為にストレート・ブローバックを採用した為、大きく重いスライドで重量が増して、ポリマーフレームによる軽量という利点はほぼ殺されていた。全体的に大型で、ストライカー発射方式によるDA(ダブル・アクション)オンリー・トリガーも扱いにくく、市販用VP70Zも一般受けしなかった。
しかし、この設計思想に後に大成功へと繋がる大きなヒントが隠されていたのをガストン氏は見逃さなかった。設計次第でもっとポリマー素材の良さが生かされ成功へと結び付いた筈…と新拳銃の構想作りの下地とした。

誰も注目していなかったポリマー・フレームというアイデアをガストン氏は自社の技術を持って再び掘り起こしたのであった。ライバル会社達が持つ合成樹脂のイメージは低く、主要パーツ用として十分な耐久性があるとは考えられていなかったが、その分野の専門家、ガストン氏には自信があった。
そしてガストン氏はプロジェクト開始から2カ月という短期間で稼働できる手作りの試作品を作り上げた。デザインはそれまで存在したモデルの良いところを集合させたものであったが、将来の軍・警察用ハンドガンとなり得る、理想的な設計思想を持つものであった。
トライアルのライバルでもあり時代を先取りしていたSIG・P220の影響が強く、作動方式もP220で採用されていたブローニング・タイプの改良型を導入する事で加工をシンプルにすると共に、VP70よりも大幅に軽量化されたスライドを組み合わせてフレームの軽量さを引き立てた。
そしてP220と同様、トリガーを引き切った時点で解除されるオートマチック・ファイアリング・ピン・ブロックを主安全装置とする事で落下などの衝撃に対する安全性を確保し、外部に露出するセフティ・レバー等を一切排除した。

VP70のDAオンリーと同じく初弾から最終弾まで同一の作動を確保したストライカー発射方式を継承しつつも、重く作動距離の長かった点を大幅に改良した。
初弾装填時のスライド操作で、ある程度までコックしたストライカー(ファイアリング・ピン)をトリガーを引く事により発射可能位置まで後退させて発射するというSA(シングル・アクション)の一種を採用、これがセーフ・アクションと名付けられ特許を取得したトリガー・メカニズムだ。
初弾以降はトリガーを数mm戻すだけで発射可能になり連射しやすい。その上、落下の衝撃でストライカーが勝手に前進することはないメカニズムとし、これはドロップ・セフティと名付けられた。
またストライカー発射方式の利点を活かしハイ・グリップ出来るように設計された。軽量化によりキックが強まり、本来ならばマズル・ジャンプが大きくなってしまうのを、反動を抑え込みやすいデザインとすることで対処した訳だ。

試作第一号ではかなり丸みを帯びたスライドを持ち、手作りである為、加工もかなり荒かった。第二号試作に移行しフレームはかなり製品版に近づき、第一号では設計が煮詰まっていなかったフレーム側のスライド・ロック・レバーもかなり完成型に近づいた。
試作を進める段階で追加の必要性が判明したのがトリガー・セフティだった。大きな衝撃が加わっても暴発の危険性は少なかったが硬いところで落下させた場合、トリガーが衝撃で移動し、指で引き切った時と同じ状態になる事が判明したからだ。
トリガーの移動距離の短さと軽さが仇となってしまった訳だが、対策としてトリガーに組み込んだセフティは、トリガーを引くという自然なプロセスの中で解除できる為、親指で操作する必要性はなく、シンプルな操作を追求するという目標を妨げるものではなかった。
そしてグロックのマガジンはライバル達を引き離す17発という大容量を誇った。このマガジンも樹脂のチューブに金属インサートを加えたものだ。

1982年、オーストリア軍のトライアルは、H&KやSIGなど有名メーカーの強豪達を下し、無名選手のグロックが選ばれるという驚きの結末となった。グロックはPi80(スライド刻印はP80)という制式名称が与えられ、オーストリア軍サイドアームとなった。そして市販製品はグロック17と名付けられた。
