2025/02/05
スイス製SIG P210-6
SIG P210-6
最高品質のプロダクションモデル
9mm×19 / 7.65mm×21
Text & Photos by Turk
Gun Professionals 2012年12月号に掲載
筆者が旧Gun誌でSIG P210-6をリポートしたのは、かれこれ7年前(2005年)のことだった。銃器は道具(ツール)という考えを持つ筆者だが、ガンスミスの端くれであり、高品質モデルを所持したいという気持ちもある。キャリーする場合はぶつけても気にならないグロック、SIG P225 を愛用し、P210やインフィニティはレンジで撃つというわけだ。このP210-6は友人所有の預かり物だったのだがその後、ブルーブック(銃器中古価格のバイブル)で譲り受けた。
SIG P210シリーズはおそらくプロダクションピストルでは最高の品質を誇っている。さすが工業国スイス製と思わせるモデルだ。今回はランサムレストでテストし、そのグルーピング性能に焦点をあわせてみることにした。
1969年頃の昔話だが、スイスに住んだことがあった。当時のスイス陸軍サービスピストルはPistole 49(P210)だった。鋼鉄の塊からの削りだし、作りの良さは外見からも窺われ、同時期の他メーカー製品を圧倒していた。スイスで現物を手にし、コルトガバメントとの違いの大きさを感じたものだ。
ガバメントは自衛官時代に撃ったこともあったので良く知っていた。それに比べて、P210の品質の高さに、”サイドアームにここまで拘るのか”と漠然と思ったものである。当時のスイス陸軍サービスライフルであったStg57にもそれが言えた。プレス加工のライフルに出くわした最初のモデルがStg57だったが、その高レベルな作りに感心させられた。
その後、米国に渡りこれもプレス加工のHK91を所持した。同じプレスでもエライ品質差があるものだとこれまた感心したものだ。Stg57のシビリアン・モデルSIG-AMTが米国でも市販されていたが、1980年代初めで小売価格1,500ドルだった。M1Aが420ドルの時代である。現在(2012年)の貨幣価値に換算するなら多分3,000-4,000ドル程度であろう。当時、価格を聞いてうなだれる人がほとんどだったはずだ。もっとも筆者もその一人だったが…1970年代末、ホンダ アコードの新車が6,000-7,000ドルで買えた。
SIG P210 ヒストリー
リポートのモデルはP210-6だが、現在ではP210-9が登場している。P210シリーズの原型は第二次大戦末にSIG(SWEIZERISHE INDUSTRIE GESELLSCHFT)で試作開発されたSIG-PETTER44シリーズだ。1900年以来、スイス陸軍のサイドアームであったルガーピストル( 口径7.65mmパラベラム)に替わり、1949年、Pistole49の名称でサービスピストルとして採用された。P210はP49のその後に付けられた市販モデル名である。

1930年代、スイスのガンデザイナー チャールス・ぺター(Charles Petter)はフランスのガンメーカーSACMのディレクターという要職にあった。ぺター・デザイン・ピストルは同社で試作開発が継続され、後々フランス陸軍のサービスピストルM1935Aとなった。
フランスらしいのは当時、ヨーロッパを席巻していた9mmパラベラム、7.65mmパラベラムとは違った独自の7.65mmMASを採用したことだ。もっとも日本も独自の8mm弾を採用するなど世界の趨勢に従わなかったこともあり、フランスがどうのとはいえない。フランス独自と思わせる7.65mm MAS弾は、実は第一次大戦中に開発されたスプリングフィールドM1903セミオートコンバージョンデバイスである、.30 Pedersen カートリッジのコピーなのだ。塹壕戦用に開発された新兵器だったが、実戦に使われることなく戦争が終結し、廃棄処分となった。

M1935Aの作動方式はブラウニング系のショートリコイルを採用していた。ユニークさはないが、裏を返せば冒険を止め既にプルーフされた方式を採用したといえる。トリガー部分はケーシングに組み込んだユニットとした。このアイデアはそのままP49に受け継がれることになる。
1930年代はスイスにとっても厄年といえる年代でもあった。それは台頭する隣国ナチス・ドイツの侵攻があるのではないかという心配だ。何百年と戦争がない国スイスもこの時ばかりは冷や汗ものだった。1900年に採用したルガーピストル(7.65mmパラベラム)は製造しにくく、それはそのままコスト高となっていた。平時ならこれでも良かったのだが、戦時ともなれば話は別だ。

1937年になってSIGはPETTERデザインによるM1935Aに関連したオートピストルの製造権をSACMから得た。まず手始めに行なったのは口径を9mmパラベラムとすることだった。しかしながらほっそりしたストレートの7.65mmMASカートリッジ用としてデザインされたM1935Aの9mmパラベラム化は難行した。

複数のプロトタイプが完成したのは戦争終結も近い1944年のことだった。これがSIG-PETTER 44/8、あるいは44/16などだった。シングルスタックマガジンだけでなく、16発という大型マガジンを備えたモデルも、プロトタイプに含まれていた。8,16はマガジン・キャパを意味する。マガジンの大型化は既にモーゼル・ミリタリー、ブラウニングHPがあり珍しくはなかった。基本的にM1935Aと変わらなかったがバレルのリンクを介してのバレル昇降をやめ、バレル後部をブロック化しピーナッツ型のカムスロットとした。