2025/01/25
Arma Lite,Inc. AR-10 T 7.62mm×51 Super S.A.S.S. Semi Auto Sniper System (S.A.S.S.)
Arma Lite,Inc. AR-10 T
7.62mm×51 Super S.A.S.S.
Semi Auto Sniper System (S.A.S.S.)
Turk Takano
Gun Professionals 2012年10月号に掲載
今回、リポートしたモデルAR-10T Super S.A.S.S.は新製品ではない。2007年に発売開始されたモデルで、格好良さがひとつの売り、5年が経過した現在、市場ではいまもって好評だ。
AR-10 Super S.A.S.S.はGun誌2007年11月号でリポートしたモデルでもある。その後、Arma Lite AR-10Tは新しいアクセサリーとの組み合わされ、一段と精悍さを増したモデルに仕立て上げられている。また眼に見えない部分で改良を遂げたという噂もあるが果たしてそうなのか?今回、検証してみた。
2007年当時よりもAR系7.62mmモデルがかなり登場してきている。今後、各メーカーのAR-10系7.62mmをリポートすることになるだろう。5年前、今後はAR系も7.62mm(.308)またはそれに類した口径が登場すると述べた。理由は2つだ。AR系5.56mmポテンシャル・バイヤーの限界数に達したこと、そしてアフガンで米軍が一部ではあっても7.62mmに軸足を変えたことだ。
M14やAR系7.62mmを引っ張り出してきたことが一般市場にも影響を与えている。7.62mmはリコイルが大きすぎるという批判がずっと付きまとっていたが、米軍が使用し始めたことで市場も再考する格好となった。

5.56mm登場以来、7.62mm×51のリコイルに関してのリポートはウンザリするほど登場した。特にM14はフル・オート時のコントロールがどうしようもないレベルとかいった意見の大合唱だった。筆者の限られた経験から言えば、口径7.62mm×51ならモデルが何であれフル・オート射撃時のリコイルはコントロール(定義があるわけではないが)し難い。FAL、G3、M14、AR-10とそれぞれ若干の違いはあってもコントロールは容易ではない。
筆者自身、元自衛官ということもあり64式は単連射で撃った。しかし20発マガジンを一気にフル・オートでとかいった射撃はなかった。64式は自由主義圏の中では唯一7.62mm×51減装弾を常時使用しているという関係もあり、同じ土俵で比較するわけには行かない。しかし、不思議なことにこの数年、7.62mmのフル・オート時のリコイルがどうのといったリポートはほとんどなくなった。
マズルブレーキの発達がそうさせたのか…?いやフル・オート機能を持っているからフル・オートで撃たければならないという規則はないのだ。多くの人々がそれにやっと気付いたのかもしれない。フル・オート火器ならSAWがあるではないか。その昔にはBARがあった。軽量の歩兵ライフルを、むやみやたらにフル・オートで撃つことなどないのだ。
オクラホマ州の施設で、アフガン派遣前のグリーンベレーに対しておこなわれたM4調整トレーニングを取材したことがあった。4日間の射撃トレーニング中、フルで撃たせたことは一度もなかった。本当に一度もなかったのだ。各人数千発消費したものの全部セミ・オート射撃だった。教官はシールズで15年間教官職にあったという猛者である。フルで撃ちまくるのは、どうやら映画の世界のみといえそうだ。

AR-10T Super S.A.S.S.が始めて発売された当時、唯一の一般向け市販AR系7.62mm×51として注目を浴びたものだ。まだ5.56mm系全盛の時代で、5.56mmの陰りは見えてきたものの5.56mm系を製造または販売する各メーカーの鼻息は荒かった。AR-10系口径7.62mm×51の先鞭をつけたのはこの時点からさかのぼること10数年、フロリダ州のナイツ社が最初だった。ナイツ社はデザイナー/ユージン・ストナー本人を顧問に迎えAR-10 系ライフルの製造を始めた。筆者もこの頃、ユージン・ストーナー氏に会っている。
読者もご存知のストーナー・ライフルSR-25のことである。しかし値段が飛びぬけていたこともあり普及品として巷に広がることはなかった。もちろんそれは今も変わりはない。ナイツ社とて手ごろな値段の普及品製造には初めから興味を持っていなかったはずだ。納得行くモデルをデザイン製造したかったとなれば、どうしてもコスト高となる。ものがよければ高価格でも売れる。そういう購買層が存在するからだ。
現在のアーマライト(Arma Lite)社は1955年、カリフォルニア州のコスタ・メサで産声を上げたオリジナルのアーマライトではない。1980年代末に社名を商業的に譲ってもらったもので血縁関係はゼロだ。オリジナル・アーマライトはフェアチャイルド・エンジン&エアプレーン社傘下の部門だった。ユージン・ストーナーを中心とした開発陣は幾多の前衛的ともいえる銃器をクリエイトした。その中にはAR-15のベースとなったAR-10(口径7.62mm×51)が含まれていた。オリジナルと同じArma Lite(アーマライト) と名乗れるのはトレード・ネームの譲渡を受けた現Arma Lite社(旧イーグル・アームズ社)の一社しかない。

1950年代、米軍ではM1ガランドを更新すべく、新型歩兵ライフルのトライアルが行われていた。AR-10はトライアル進行後半に登場した。この時点で既に更新候補モデルはT44(後のM14)に傾きつつあった。アルミ・アーロイ、プラスチックを多用するなど、AR-10の持つ時代に先駆けたデザインは当時の背景から言えばマイナスにはなってもプラスにはならなかった。まだまだ第二次大戦経験から得たアイデアが主流だったからである。第二次大戦の歩兵ライフルとしてM1ガランド成功の余韻が審査委員会メンバーには残っていた。そのような人たちにより進められたトライアルだったといえば想像がつくはずだ。M1ガランド(.30-06)の8発エンブロック・クリップ装弾を20発のボックス・マガジン着脱とし、フル・オート機能を加えたのがT44(7.62mm×51)だった。
最終的にはT44とFAL(7.62mm×51)、そして後半にAR-10(7.62mm×51)を加えてのトライアルに関する逸話は、いろいろあるがどれが真相なのかはっきりしない。
我々が知っているのは1957年、米軍はT44をM14として制式採用したことだ。そしてベトナム戦争の最中、M14はAR-10の小型軽量小口径化バージョンAR-15 / M-16 と更新された。M14の制式期間はわずか8年でしかなかった。先にも触れた通り、軍の倉庫に半世紀の間、長い眠りについていたM14はアフガン戦争でゆり起こされ再度のご奉公となった。

リムーブの文字が見える側(右側面)からこのボタンを押しながらリリース・ラッチを後に引けばストックがステーショナリー・チーク部分から外れる。ストックを自分の希望位置に引き出し左側面のプレセットを押し込めばそれがストックのセット・ポジションとなる。ストックを押し込んだ位置からリリース・ラッチを後方に押しながらストックを引くだけで希望した位置にセットされる。
引き出す度に希望の位置にセットする面倒を省く便利な機能だ。チーク・ピースの高さは調整できない。QD(クイック・デタッチブル)スリング・マウントは近年、流行してきたシステムだ。マグプルUBRストックのQDレシーバー・マウントはフロントとリアの2箇所に備えられており、左右どちらにも取り付け可能だ。操作性から見てのアンビではない。
タクティカル・スリングと連結されたピストン状のプッシュ・ボタン・スィベルをQDレシーバー・マウントに差し込むだけで自動ロック結合できる。プッシュ・ボタン・スィベル中央のボタンを押せば簡単にリリースできる。ストックの右側面にはコンパートメントが備えられており、フレキシブル・クリーニング・アクセサリー、オイル・チューブなどの収納に使える
AR-10は試作限定製造で終了、その後、米国に見切りをつけ海外に活路を求めた。1957年、オランダのArtillerie Inrichtingenで1万挺弱が製造された。これらはアフリカの植民地傭兵部隊、そしてまた一部は中南米のニカラグア軍などでも使われた。AR-10 の歴史は過去、本誌の床井雅美氏によりGun誌などで何回かに渡り詳しく記述されている。また同氏の著書“M16&ストーナーズ・ライフル”ではバリエーション含め詳しく解説されているので更に興味ある読者はこれらを参照されたい。
現アーマライト社(旧イーグル・アームズ社)は当初、AR関連アフターマーケット・アクセサリー・メーカーでスタートした。ARパテント関係の失効と共に完成ライフルの製造をスタートさせ、それがEA-15だった。筆者もEA-15カービンを所有している。

EA-15はコルトARと違いミリタリー・オリジナルにより忠実だった。コルトの民間市販型ARはアッパー、ローア・レシーバーにミリタリー仕様とは寸法が異なるピンを採用するという、なんの意味もない小細工をしていた。またコルトARにはフォーワード・アシストなしのアッパー・レシーバーが使われていた。
M16A2の時代になってもフォーワード・アシストなしは、多くのARファンにとって納得できるものではない。しかし、それでもコルトのブランド名は吸引力があった。一方、イーグル・アームズがいくらミリタリー仕様に近いスペックのARを製造販売しても、そのブランド名のインパクトは小さかった。NO NAMEを打開するためには既にブランドが確立された名前を譲ってもらうことだ。
伝説化したアーマライト(Arma Lite)の名前が使えればメーカーにとって鬼に金棒だ。Arma LiteはARメーカーならのどから手が出るほど欲しいブランド名だったはずだ。もっとも譲受価格と効果を天秤にかけなければならない。イーグル・アームズ社がどのようなチャンス、きっかけからArma Liteブランド譲受に成功を収めたのか、これに関する情報がないわけではないが、それは印刷されたものではなく信憑性に欠けるもので、ここでは触れない。