2025/12/30
Gun History Room 126 銃砲火薬商 粟谷商店 営業案内

Text by 杉浦久也
過去3回にわたって戦前の日本ではどのような拳銃が入手できたのかを様々な史料から探ってきた。しかし、当時の拳銃販売カタログを見ることが、それを知る一番の近道だろう。そこで大阪にあった銃砲火薬商 粟谷商店の昭和5年版営業案内を見てみたいと思う。
Gun Pro Web 9月号と10月号で、遺品拳銃についての解説を行なったことがきっかけで、それ以降は戦前の日本で購入できた拳銃について、様々な史料を用いて紹介を試みた。そうすることで、遺品拳銃にどんな機種があるのか、その輪郭が見えてくると思ったからだ。
しかし、一番手っ取り早いのは当時の銃砲店カタログを掲載することだろう。合法的に拳銃を入手しようとした場合、銃砲店から購入することが普通だからだ。
従来から筆者は、史料として大阪西区京町堀通5丁目に所在していた銃砲火薬商合名会社粟谷商店(あわやしょうてん)の営業案内(カタログ)、その昭和5(1930)年版の価格表をよく使っていたのだが、紙媒体時代はページ数の関係で、その“営業案内”の当該ページを誌面に掲載することは困難だった。
しかし本誌がデジタル媒体化したことで、こうした“掲載できない理由”は解消している。そこで、この連載記事の締めくくりとして、このカタログの拳銃ページを掲載し、それにキャプションを添えることにした。
粟谷商店カタログ
このカタログは、全く同じ体裁、同じ内容のものが、川口屋林銃砲火薬店からも出ている。表紙裏表紙ともに全く同一で、販売会社名の部分のみ“川口屋林銃砲火薬店”となっているものだ。
川口屋林銃砲火薬店は、明治20(1887)年に創業、大正3(1914)年には銃砲商間の取引に便宜を図る『大日本銃砲火薬商名鑑:附・営業法規』の発行を手掛け、その後の日本全国の銃砲店・火薬店を取りまとめた、当時の大手業者だ。
外国製各種銃器の輸入を実際に行なっていたのは、おそらく粟谷商店ではなく川口屋林銃砲火薬店であり、このカタログを製作編集したのも川口屋林銃砲火薬店であったと推測する。
同社は、戦前にはK.F.C.ブランドで散弾銃の自社製造販売をおこない、戦後にはミロク製散弾銃の供給や輸出、外国製銃器の輸入販売、装弾の自社製造もおこなった。現在も“株式会社川口屋”として事業を継続しているが、銃砲関係の業務からは撤退している。
それはともかく、昭和初期に作られたカタログは、銃や弾薬の価格を別冊子としていて、地域や店舗の思惑及び時期(為替変動)などで適宜変更できるようにしていたようだ。
一方で国産の猟具やホルスター類などの価格は、カタログに直接記載されている。
全体の構成では、全165ページ中に拳銃には11ページが割かれているのみで、当時の銃砲店の主力商品が散弾銃やライフルであって拳銃ではなかったことがよくわかる。
カタログの全体像を示すと、冒頭には弊社特製二連猟銃とあり、それは水平二連銃で価格は130円となっている。
続いてグリーナー式元折猟銃散弾銃だが、価格は70円から120円で国産品だ。
次はK.F.C.ブランド新型単身元折猟銃で、銃身長により36円と38円となっている。その後が村田式猟銃60円で、このあたりが、当時の売れ筋猟銃だったことが窺える。
次いでホーランド&ホーランド(Holland & Holland)やウエストリーリチャーズ(Westley Richards)などのロンドンガンが並ぶが、これらは560円から2,250円となっており、現邦貨に換算すれば、170万円から700万円という高級銃で、庶民の手が届くような代物ではない。
これに続くのがバーミンガムガンで、グリーナー(Greener)、ミッドランド(Midland)、スキミン&ウッド(Skimin & Wood)などの二連銃だ。これらは100円から750円まで、B.S.A.(Birmingham Small Arms)二連猟銃150円、L.U.A.ブラッセル(Brussels)二連銃45円から95円といったものが続く。L.U.A.ブラッセルはベルギーの銃器メーカーというよりは個人工房のようなものだったと思われる。
さらに独逸ズール二連・三連猟銃とあり、Suhl(ズール)で作られたドリリング(Drilling:水平二連の散弾銃身の下にライフル銃身を備えた三連銃)が、日本に入っていたことが確認できる。
面白いところでは、サンチエーヌ(Saint-Étienne)海猟巨口銃で、これは銃というより砲であって、一番径(1GA)だから口径は42mmと巨大なもの、海猟という名称から、トドなどの海獣を狩猟する銃だろう。おそらく北海道などで使われることを想定しているのではないだろうか。価格は1,300円もした。
このほか当時人気があったと思われる、ブローニングオート5自動5連散弾銃(Browning Auto 5)はスタンダードモデルが75円で、エングレービングの格によって300円までの設定がされている。
しかし、最新型5連散弾銃としてレミントンモデル11(Remington Model 11)も掲載されていて、これは同じブローニングパテントのほぼ同一モデルだが、こちらのスタンダードモデルは140円という価格設定だ。
この他ライフルではウィンチェスター(Winchester)のモデル1892や、セミオートライフルのウィンチェスターモデル1907、さらに.22口径ではFN、ウィンチェスター、レミントン、B.S.A.などの小口径ライフルが掲載されているが、これらは小動物の狩猟に用いられたものだ。(現在は.22口径での狩猟は禁止されている)。
さらに空気銃では、B.S.A.(英)、サベージ(Savage;米)、ダイアナ(Diana:独)、ヘーネル(Haenel:独)などが見受けられるが、これらの空気銃は戦後も昭和50年代くらいまではおなじみの顔ぶれだ。
ただ驚くのは、B.S.A.、ヘーネル以外の空気銃の銃身はブラス(真鍮)のパイプだとしていてライフリングは無かったようだ。
以上を見てみると、戦前の銃砲店の主力は散弾銃で、ライフル銃の掲載は少ない。
当時の憧れは、英国製の高級水平二連のボックスロック散弾銃であったようだが、実際には外国製でも100円前後の廉価な製品が実売の主流であったようだ。
この当時、国内の小さな鉄工所のようなところが作った国産散弾銃がいろいろあったらしいが、銃砲店としては、それらを扱うより、ヨーロッパの主要銃器生産地の製造品の方が利益率が高かったように見受けられる。それゆえ、このカタログには、ロンドンやバーミンガム、ズール、リエージュなどのヨーロッパの伝統的生産地の製品が数多く載っている。
しかし、その一方でイタリアのガルドーネの製品がなぜか輸入されていない。それはピストルでも同様で、ベレッタのセミオートマチックは当時日本に輸入された形跡がない。イタリアとの接点がなかったのだろうか。


