2025/11/03
MGC ルガー P-08 カスタムカービン【ビンテージモデルガンコレクション25】

Text & Photos by くろがね ゆう
Gun Professionals 2014年4月号に掲載
1971(昭和46)年の第一次モデルガン規制後、MGCは苦肉の策としてストックを装着したピストルカービンを数機種カスタムモデルとして製品化した。但し、ピストルにストックを付けただけではダメだという当局からの指導があり、継続的に販売できたものはごく一部に過ぎない。その中での一番人気は、ルガーカービンであった。


右:読者の「くま」さんからお借りした、非常にレアな32連スネイルマガジン。ぜんまいばねが入っているので50gもあり、ズッシリ重い。製造が大変なのと組立時にケガをするトラブルなどがあり、その後にカートリッジは7発しか入らない、下部のスネイルマガジン部はダミーの7連スネイルマガジンに切り替わった。
諸元
メーカー:MGC
名称:ルガーP-08カスタムカービン
主 材 質:亜鉛合金
発火機構:前撃針、ファイアリング・ブロック
撃発機構:ストライカー
作動方式:手動、ロックトショートリコイル
カートリッジ:ソリッドタイプ
使用火薬:平玉紙火薬
全長:730mm
重量:1.6kg
口径:9mm
装弾数:7発
発売年:1972年(昭和47年)
発売当時価格:¥9,500、カートリッジ別売12発¥350
オプション:スネイル・マガジン(7連発)¥1,500
※ smG規格(1977年)以前の模擬銃器(金属製モデルガン)は売買禁止。違反すると1年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます。(2025年現在)
※ 1971年の第一次モデルガン法規制(改正銃刀法)以降に販売されためっきモデルガンであっても、経年変化等によって金色が大幅に取れたものは銀色と判断されて規制の対象となることがあります。その場合はクリアー, イエロー等を吹きつけるなどの処置が必要です。
※ 全長や重量のデータはメーカー発表によるもので、実測値ではではありません。また価
格は発売当時のものです。
何度も書いているが、1971年(昭和46年)10月20日から施行された第一次モデルガン法規制は衝撃的だった。金属製モデルガンのうち、ピストルタイプ(ハンドガン)の銃腔を閉塞し、表面を黄色または白色(金色も可)にしなければ所持することができなくなったのだ。
この法律によってハンドガンの売り上げはもちろん、モデルガン全体の売り上げも大きく落ち込むことになってしまった。モデルガンをやめた人もいた。
金属製で、黒く、発火ガスが抜ける。当時はこれがモデルガンの大きな魅力だったので、各メーカーは法律の規制対象外だった「長物」(ながもの)へと商品をシフトし始めた。
ただ、長物は新規に設計しなければならないのと、金型が大きくなるので予算もそれに応じて高額となってしまうため、まずはピストルにストックなどを付けてカービン化する「ピストルカービン」に目をつけた。
対応が早かったのは、すでにピストル用の着脱式ストックを発売し、カスタム部門が充実していたMGCだ。一気に多種多様なピストルカービン・カスタムを発売した。規制の翌年となる1972年のMGCニュース「ニュー・イヤー号」(たぶん前年の12月か明けた1月に発行されたと思われる)には以下の6機種が載っている。
モーゼル・カービン(5.5インチ・バレル)8,000円
フロンティア・カービン(7.5インチ・バレル)6, 200円
ネーヴィー・カービン(ノーマル・バレル)8,000円
357ハンター・カスタム(2.5インチ・バレル)4,800円
357ハンター・カスタム(4、6インチ、スコープ付き)6,500円
GMスナイパー(サイレンサー固定)12,700円
SWコンバット・オート(サイレンサー固定)12,000円
これらの中で、モーゼル・カービンのみが(法規制)以前からカスタムとして作られていたと書かれているが、ほかはすべて新規製作だ。リボルバーのみ木製ストックが新規製作され、GMスナイパーとSWコンバットオートはどちらもブローバックモデルのようで、ストックはP-08用の木製ストックとメタルストックがそれぞれ使われている。記事には反動が(ストックを通して)肩で感じられるとあった。
ちなみに、1971年3月15日の日付(法規制前)があるMGCニュースに、おそらく上野のサービス部にあったと思われる「特選カスタムコーナー」とプレートの掲げられたブースの写真が掲載されている。そこに、P-08カービンが写っている。それはフォアエンド付きで、後に発売されたものとは明らかに違う。設計を手掛けたタニオ・コバの小林太三社長にうかがったところ、展示用に1挺だけ手作りしたもので、それによりフォアエンドを支えるステイの強度が確保できないことがわかったという。それで後に作られたカスタムではフォアエンドなしで行くことになったそうだ。そのテストもかねたカスタムだったらしい。
ピストルカービンは限定のカスタムモデルなので、カタログには載っていない。だから、MGCニュースを読んだ人か、MGCの直営店かフレンド・ショップがあった地方の人しか知らなかった。ボクはもちろん新潟のド田舎にいたので知らなかった。
ところが発売されると、ピストル用のフレームだけ別に購入して交換し、ハンドガンに替えてしまう輩が出てきたため、警察から行政指導があったという。
拳銃サイズのバレル長はNG。ストックは外れないようにするか、外すと機能を失ってしまうようにすること。小林さんによると、この時の拳銃と長物のバレル長の判断基準は30cm(12インチ)だったとのこと。ただし、口頭での行政指導であり、文書としては残っていないそうだ。
のちにハドソンからモーゼルカービンが発売されたときは14.5インチバレルのほかに9インチバレルがあったし、Vz61スコーピオンに至ってはバレル長が4.4インチ(112mm)で、発売当初はハンドガンと判断されたが後に長物とされている。つまりは、そのつど個別に判断していくということなのだろう。
結局MGCでは、カスタムではあるものの限定品から外れて、1973年に一新された分冊式のカタログに掲載されたピストルカービンは、ルガーP-08カスタムカービン(ルガーカービンとか08カービンと呼ばれた)と、モーゼルミリタリーカスタムカービン(モーゼルカービン)、そしてバントラインカスタムカービン(バントラインカービン)の3機種だけとなった。どれもバレル長は12インチだ。
基本的にピストルカービンのパーツはピストル版とほとんど共通だそうだ。ルガーは、もともとフレームにストック取り付けラグがあるので、これを利用して木製ストックを外せないようピンでカシメ留めし、長い12インチ・バレルを新たに作ってピストル用のレシーバーに鋳込んでいるという。当然ながらレシーバーは4インチ、6インチ、8インチ、カービンで共通となっている
フロント・サイトはアメリカの著名な銃器研究家で、MGCのモデルガンをアメリカで販売していたコレクターズアーモリー社の社長でもあったトーマス・B・ネルソンさんが持っていたルガーカービンを参考に、ビーズサイトにしたという。理由はもちろんカッコいいから。リア・サイトは8インチ用のタンジェントサイトを流用した。
ルガーカービンはバレル/レシーバー一体形式だったので、1977年12月1日施行の第二次モデルガン法規制後も安全基準をクリアすれば黒い姿のまま販売することができたため、長い間、販売されていた。
ただし、本体は1966年に発売されたので、1972年の発売時の段階でも6年が経過しており、特にアメリカでの人気が高かったことから大量に生産され、すでに金型にガタが出始めていたという。
smG基準をクリアした1978年の時点では12年が経過しており、このころになると相当のガタが出ているそうだ。金型は修整を加えられていたものの、合わせ目部分(パーティングライン)にはまるで溶接したかのようなうねも生じていた。さらに、製造当初は成型品を金型から出して冷えたあとで生じた変形を油圧プレスによって補正していたそうだが、後期にはそれも省略され、歪みや変形の多いモデルとなってしまった。初期の仕上げの良いものを知っている者にとっては、痛々しくさえあった。
それに対してバレルだけは1972年に新造されたため、合わせ目も目立たず、傷も無く、エッジもシャープできれいだった。さらに1978年のsmG規格に合わせるため、どうもバレル外形を太くしているようで、さらに修正が加えられ、のちのちまできれいだった。そんなアンバランスが、後期生産のルガー・カービンの特徴の1つでもあった。
それでも古き良き時代の黒い金属製モデルガンの名残をとどめたルガーカービンは、製造中止となるまで、ドイツ生れのルガーのすばらしさと、ピストルカービンの楽しさを存分に伝えてくれたモデルだった。
Text & Photos by くろがね ゆう
協力:タニオ・コバ 小林太三
撮影協力:ます兄、くま
Gun Professionals 2014年4月号に掲載
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