2025/08/24
パテント探究4 ブラウニングハイパワー パテント Part 3
Text by 床井雅美 Masami Tokoi
Gun Professionals Vol.4 (2012年7月号)に掲載
2025年8月 Gun Pro Web Editorによる一部加筆修正があります

前回の記事を読まれた読者の方から、”リポーターは、ベルギーFNがジョン・M・ブラウニングとコンタクトをもって以来、彼のパテントでFNが生産し成功を収めてきたセミオートマチックピストルが、すべてストライカー方式の撃発メカニズムだった。”と書いているが、内蔵ハンマー式だったFNモデル1903を失念しているのではないかとの指摘を受けた。
確かにFNモデル1903は、ハンマー撃発方式だ。しかし、このピストルは、20世紀初頭にFNが製作した一連のセミオートマチックピストルの中で最も生産数が少ないものだった。
このピストルは、スウェーデンが1907年に軍用ピストルに制定し、後に政府造兵廠のフスクバルナ(ハスクバーナ)でライセンス生産したのが最大のセールスだった。そのほかは限定数が生産国ベルギーやロシア、トルコなどで使用されたに留まり、とてもベストセラーと呼べる製品ではなかった。
つまりFNにとって、FNモデル1903は、失敗作、あるいは失敗した企画の製品だった。
成功作でなかったことを表わすように、他の多くのセミオートマチックピストルの生産が継続されたにもかかわらず、1923年前後にFN自身によるFNモデル1903の生産は、早々と中止となった。
20世紀初頭FNが製作して大きな成功を納めたセミオートマチックピストルは、FNモデル1900と、その後継機でその後も長く生産が続けられたFNモデル1910やポケットピストルのFNモデル1906だった。
そしてこれらのピストルは、いずれもストライカー方式の撃発メカニズムが組み込まれていたのだった。
読者からのご指摘に対するリポーターの答えは以上だが、じつは、先月号の記述に大きな誤りがあった。ジョン・M・ブラウニングの設計した初期のモデルハイパワーピストルで使用される弾薬に関しての記述だ。
FNがジョン・M・ブラウニングに新型ピストルの設計を依頼する際に、ヨーロッパで注目されていたドイツの制式ピストル弾薬の9mmパラベラム(9mm×19)弾薬に準じた弾薬を射撃できるものを要請したのは確からしい。
しかし、実際に試作されてFNに提供された初期型のモデルハイパワーピストルは、9mm×19弾薬を使用するものではなかった。このピストルは、9mm×19弾薬に準じてジョン・M・ブラウニングが新たに設計した9.65mm口径ブラウニング弾薬を使用するものだった。この点について先月号記事を訂正させていただきたい。
ジョン・M・ブラウニングによって最初ストライカー方式の撃発メカニズムが組み込まれて開発されたハイパワーピストルが、最終的にハンマー露出式として製品化されたのは事実だ。
それではいつ頃、なぜ最初ストライカー方式で開発されたハイパワーピストルが、最終的にハンマー露出方式へと変化していったのだろうか。それを見ていきたい。
各国のパテントを探した結果、その答えらしきものが浮かび上がってきた。最終的にハンマー露出式に改良された理由は、いくつかあるだろう。その最大の理由は、FNがハイパワーピストルを、軍用向けピストルとして明確に位置づけて開発を進めたためだったと考えられる。
FNのあるベルギーの人口は、それほど多くない。自国軍の兵器需要分を生産しただけでは、FNは大手の銃砲製造メーカーになれなかった。FNが大きく成長したのは、諸外国の軍隊向けに銃砲を生産し、輸出したからだった。
FNによってハイパワーピストルが開発されていた1920年代、まったく時期を同じくして、第一次世界大戦を勝利したヨーロッパの大国フランスで、次期軍用制式ピストルのトライアルが進められていた。
フランス軍用に選定されたなら、FNは、フランスから大量の受注が期待できる。フランス新制式ピストルトライアルは、FNハイパワーピストルの改良に大きな影響を及ぼした。
1922年、FNは、フランス軍のピストルトライアルに、コルトガバメントと同型で、9.65mm口径ブラウニング弾薬を使用するFNモデル1922と、同じ9.65mm口径ブラウニング弾薬を使用する初期型のストライカー撃発メカニズムが組み込まれたFNハイパワー (前回解説したモデル)でエントリーした。
フランスの軍部は、外から見て明確にコックされていることが確認できるハンマー露出型の方が、軍隊内での事故を防ぐための安全製が高いと考えていた。
加えて、打撃力で勝るハンマータイプの方が、ばらつきのある雷管でも、ストライカータイプに比べて確実に発火させられる撃発メカニズムだった。
フランス軍は、第一次世界大戦でルビータイプと呼ばれるセミオートマチックピストルを、スペインで大量に調達して輸入し使用した。これらルビータイプは、内蔵式ながらハンマータイプの撃発メカニズムを備えており、このピストルを使用することによって得られた経験も作用したのかも知れない。
FNは、最初にフランス軍に提示したストライカータイプの初期型FNハイパワー (1922バージョン)に続いて、ほぼ同型で、露出式のハンマーを備えたFNハイパワー (1923バージョン)を1925年3月にフランス軍ピストルトライアルに提出した。
そして同じ1925年5月9日に、FNは、ハンマー露出式に改良したFNハイパワー (1923バージョン)のフランスパテント第569054を取得している。このフランスパテント第569054は、前年の1924年3月29日にフランス特許庁に申請が出されていたものである。
これらの日付を見ると、まるでフランスのピストルトライアルにピストルを提出することに合わせたように進められている。
フランスパテント第569054は、露出ハンマー式に改められ、スライドブリーチ内に収められたトリガーバーとシアの関係、そしてマガジンセイフティとしても機能するトリガー延長部、さらに内蔵式のスライドストップがパテントの対象部分として記されている。
マガジンセイフティとしても機能するトリガー延長部に関して、FNは、ドイツパテント第430991を1922年に取得した。
今回冒頭に載せた写真は、FNハイパワー (1923バージョン)で、これには折りたたみ式の金属製ショルダーストックが装着されている。
折りたたみ式の金属製ショルダーストックも、パテントが申請され、フランスでは1925年フランスパテント第600173が取得された。同型の折りたたみ式の金属製ショルダーストックに関して、後にオランダにもパテントが申請され、1933年5月オランダパテント第27033が取得された。
フランスとFNハイパワーの関係は、深くなっていく。フランスは、1920年代から1930年代中頃まで新制式ピストルトライアルを継続したからだ。
フランス軍は、第一次世界大戦中に軍用としては小型なルビータイプピストルを制式ピストルとしていたこともあり、トライアルにエントリーしたピストルも小型のものが多かった。特にフランスのメーカーの開発したピストルは、ほとんどが小型軽量のものだった。
そこで、FNもハイパワー (1923バージョン)の小型化を進めることになる。オリジナルピストルの小型化を進めた結果、できあがったピストルが、前々回で解説を加えた現代のものに近い形をしたFNハイパワーだった。それでもフランス軍部は、まだ大型に過ぎると考えていた。
最終的にFNは、ハイパワーとよく似たシルエットをもち、シングルスタックのマガジンを使用する薄型のFNモデル1936フランストライアル仕様を製作して提出した。
しかし、結果的にFN製ピストルは採用されなかった。フランス軍部が選定、採用したのは、フランスのMASが1935年に設計したピストルとフランス人技術者シャルル・ガブリエル・ペッターの設計したピストルだった。フランスは、それぞれにPAモデル1935S、PAモデル1935Aの制式名を与えてフランス軍制式ピストルとした。
こうして見ていくと、FN自身の努力もあったものの、FNハイパワーの改良方針は、フランス軍の求める軍用ピストルの方向にしたがって進められていったことが浮かび上がってくる。
フランス軍用の座を逃したとはいえ、現在の形となっていった裏に、フランス軍の制式ピストルトライアルが与えた影響がきわめて大きかったことがよくわかる。




パテント探究 2 FN ブラウニングパイパワー パテント Part 1
パテント探求3 FNブラウニングハイパワーパテント Part 2
Text by Masami Tokoi 床井雅美
Gun Professionals Vol.4 (2012年7月号)に掲載
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