2025/06/14
超長距離射撃の現実
Gun Professionals 2015年5月号に掲載
映画『アメリカン・スナイパー』では2,100ヤード(1,920m)のロングレンジスナイピングが描かれている。映画は実話だが、本誌の読者なら、映画に登場したライフルで「この距離を確実に狙撃できるのか?」という部分に注目するに違いない。かつては1,000ヤード狙撃で途轍もない長距離狙撃だといわれた。これはその倍以上だ。これは、ど真ん中を狙って撃つやり方が通用する世界ではない。
先ず最初にお断りするのは、筆者は米軍のスナイパーレーニングを受けたわけでもなく、スナイパーの経験もない。現役兵、LE関係の民間タクティカル/スナイパーライフル・トレーニング施設でこれまで6-7回、各数日間にわたり密着取材したり、米民間施設で短期教育を受講したぐらいである。射撃仲間に元軍、 LEスナイパーは何人かいて、過去いろいろ話は聞いた。しかし筆者が体験したわけではなく、早い話がここで、ああでもない、こうでもないと語るのに必要な経験はないのだ。ライフルスミス、射撃競技を何十年とやっている関係から、“ある程度、知っている”に過ぎない。
このリポートを読まれる前に、以上のことを心に留めて頂ければ幸いだ。
誤解と現実
映画『アメリカン・スナイパー:AMERICAN SNIPER』が大ヒットしている関係からか、米国ではロングレンジ射撃がまたまた脚光を浴びてきた。この10数年、盛り上がっていた競技なのだが、『アメリカン・スナイパー』で更なる拍車が掛かってきたといえる。日本では到底普及しない競技である。歴史も土壌もないからだ。日本には民間人が使用できる300mレンジは数ヵ所だけでそれを超える距離のレンジはないとも聞いた。ましてやこのようなタクティカルライフルとなると所持自体許可されないだろう。“グリップが独立していただけでアサルトウエポン”とカテゴライズする国である。何でも“ピストルグリップ付きは腰だめで撃てるからだ”という理由だからだそうだ。馬鹿を言ってはいけない。グリップの形状に関係なくショルダーウエポン、スポーティングライフルで腰だめで撃てないモデルは存在しない。
米国内では映画で使ったのと同じ銃をオーダーする打診がローカル・ガンショップにさえあるという。ましてや映画に登場するモデルを製作するメーカーなら、対応に忙しいはずだ。実際に使ったモデルを映画でそのまま再現したとなれば、映画を見た射撃愛好者にとっては所持したいモデルに違いない。そしてまた今まであまりロングレンジ射撃に興味なかった者をスカウトする映画であることも確かであろう。
映画というのは詳細な説明なしに、難しいことを信じられないほど簡単にやってのける。極端な話、知らない者が見たら、「なんだスコープのクロスヘアを目標に合わせ、トリガーを引けば目標に当たるんだ」または「100ヤードでゼロインされた銃なら、スコープのクロスヘアを合わせだけで 1,000ヤード先でも当たるんだ」そんな誤解を生みやすい。
確かに近距離の200ヤード先の目標ぐらいには当たるはずだ。勿論、インパクトは若干下がる。引力の関係でマズルから出た弾は飛行時間と共に地面に落下する。ブレットが飛び出す前に予想弾着点を考えた修正をしない限り目標には当たらない。しかし、 1,000ヤード先、2,000ヤード先を狙い当てるのは、近距離射撃とは大きな違いがある。
当てる技術はひとまずおいて…、ここでは段取りのひとつ、弾の選択の話をしよう。2,000ヤード先の目標を撃つ、しかも有効弾を送り込むとなると、特別な口径が必要だ。またスコープ、そしてReticle (レティクル)の選択が重要となる。筆者の所持する中でのタクティカル系ロングレンジライフルは現在のところ6.5mm-284だ。最大有効距離1,000-1,300ヤード用だが、口径を見ても競技用であることが判る。.338ラプアのようなミリタリーが望む大きな口径のハードヒッターではない。紙標的に6.5mmの穴を開ける程度に過ぎない。
7.62mm(.308)タクティカルライフルも数挺所持し、1,000ヤードにも使えるが…、実用有効射程は800ヤードが関の山だ。.338ラプアは所持したいモデルの一つだ…。完成品を購入すればすぐに手に入るのだが…、そうしたくないジレンマもある。既製品を購入したのでは味気がないからだ。現在、.300Win Magとじっくり比較検討している段階だ。


ロングレンジ シューティングの概念
ロングレンジ(長距離)とは普通700を超えた距離をいう。2,000となると超長距離射撃とでもいおうか・・ゴルゴ13の世界かもしれない。以前は読んだことがなかったが、45年もの間、活躍し続けているスナイパーということで、漫画を読み、Youtubeでゴルゴのアニメを観た。いとも簡単に命中させるので、読むのも、観ているのも肩こりはない。この種の漫画や映画は、 読者、観客に詳細を説明したりはしない。何しろ2,000ヤードとなると弾の到達に.338ラプア 250-300grで3.5-4秒もかかるのだ。 3.5秒というのは長い時間である。撃ってから一服後、スコープを覗くと倒れる姿が見えた・・・これはかなり大袈裟だが、昔のロングレンジ バッファローハンターの記録にも同じような記述があった。当時の使用口径は.45-90、.50-90、.50-120などブラックパウダー時代、まさに曲射砲に近く、 弾も優雅にゆっくり飛んだ。
『アメリカン・スナイパー』には2,000ヤードを越す射撃が描かれている。事実を映画で忠実に描いたことになっているが、ライフル射撃に興味ある者が知りたいことはほとんど映像化されなかった。これはやむを得ないことだろう。射撃の前に修正量がどうのと、バリステックアプリの入ったPDAを操作、はじき出したデータを使ってどれだけエレベーションダイヤルを回し、どのラインでどうホールドするかなどと語って、撃つまでに20-30分掛けていたら観客から「いい加減にしろ!」なんて野次が飛ぶだろう。観客の大方にとってそんなことはどうでもいいことなのだ。クロスラインに捕らえられた敵が倒れる瞬間を期待しているだけだ・・・といえば言い過ぎか?

2,000ヤードに挑戦するための段取り
これまでのライフルリポートで1,000ヤード射撃概要は述べてきた。500ヤードまでの射撃ならアングルベース(スコープベースで後部が前部にくらべて高くなっている傾斜ベース)は必要としない。今日のハイパワーカートリッジの性能だが、MOAで語ればゼロ@100なら500で4.4MIL(16MOA)以下のエレベーション調整量で済む。ほとんどのスコープのエレベーショントータル調整量は倍率に関係なく、少なくとも16.6MIL(60MOA)はある。この場合、半分の8.33MIL(30MOA)が理屈からいうエレベーション調整で使える量だが、実際には7.5MIL(27MOA)あたりが解像力から考えた調整範囲となる。これについては過去のリポートで述べた。