2025/06/07
【NEW】P320に今、起こっていること
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SIG SAUER P320は本当に信頼できる安全なハンドガンなのか?それとも設計上の問題を抱えた危険なモデルなのか?P320を巡って、2025年6月現在、その安全性に関する議論が活発になっている。
P320論争
SIG SAUER P320について、今現在、たいへんなControversy(論争)が巻き起こっている。トリガーを引いていないのにもかかわらず発射される事故報告が相次ぎ、これに関連する訴訟が多数起こされているのだ。その一方で、P320はアメリカを含めた世界中の法執行機関や軍隊で採用されており、その性能や信頼性を高く評価する声も多い。
今回はP320に関する事故や訴訟の事例、SIGの対応や声明などを整理し、支持派・懐疑派それぞれの主張を踏まえながら、このモデルを巡る現状を紐解いていくことにする。

様々な意味で注目を浴びるP320
近年、多くの注目を集めてきたハンドガンのひとつに、SIG SAUERのP320がある。アメリカ軍のサービスピストルM17、M18として採用されるという栄光を手にした後、立て続けに報告された事故を受けて、設計のアップグレードが行なわれたが、その後も暴発事例や、それに伴う訴訟が相次いでいるのだ。
そうした中で、P320の安全性を強調し続けるメーカーと、それに懐疑的な一部ユーザーとの間には、大きな深い溝が生まれつつある。
Gun Proは銃専門Webマガジンである以上、この問題を放置しておくわけにはいかない。そこで、このP320の不具合に関する問題について、双方が主張している情報を整理して紹介することにした。最初にお断りしておきたいのは、P320に関する問題は現在も進行中で結論に至っていないこと、また原因究明もできていないこと、そしてSIG SAUERは製造メーカーとして声明を発表するなどして信頼回復に向けた対応を続けているということだ。
よって今回のレポートの目的は、P320に関する議論に結論を下すことではなく、これまでに報告された事故や訴訟、メーカー側の対応を通じて、このモデルを取り巻く現状を多角的な視点から紹介することにある。
暴発とは何か
銃が本来発射されるべきではないときに、使用者の意図に反して発射されることを“暴発”というが、英語ではその表現にいくつかの種類があり、P320をめぐる議論の中でもその使い分けが見受けられる。一口に事故と言っても、使用者による操作ミスなのか、銃の構造的な問題によるものなのか、その原因は多岐にわたる。
こうした偶発的な発射を表す一般的な表現としては“Accidental Discharge”、または“Unintentional Discharge”がある。これらは、広く、あらゆる種類の意図しない発射を指す言葉だ。
一方、使用者の注意不足や誤操作といった人的ミスによる場合には“Negligent Discharge(略してND)”という用語が使われることが多く、こちらは使用者側に責任があることを示唆する際に用いられる。
そして、P320に関連する訴訟や報告書で頻繁に登場するのが“Uncommanded Discharge(UD)”という表現だ。これは直訳すれば、“命令されていない発射”、すなわち使用者がトリガーを引いていないにもかかわらず発射されたという主張を示す言葉であり、使用者側が銃の構造的な欠陥を指摘し、メーカーに責任を求める際に用いられる法的かつ技術的な用語となる。
ボランタリーアップグレードプログラムの実施
2008年に登場したDAO(ダブルアクションオンリー)トリガーのポリマーフレーハンドガンがP250であった。その設計を基に、トリガー機構をストライカー方式へと改修する形で開発され、2014年に登場したのがP320だ。
P250と同様、P320もモジュラーフレーム構造を採用している。ポリマー製のグリップフレーム内部に収まるトリガーメカニズムは金属製のシャシーフレームに一体化されており、そこにシリアルナンバーを刻印、このシャシーこそがFCU(ファイアコントロールユニット)と呼ばれる銃の中核であり、ユーザーはこれを共通のベースとして、スライドやバレル、グリップモジュールなどの各種パーツを自由に交換・換装することが可能だ。
P320がリリースされた当時、P250の販売も継続しており、両モデルはグリップモジュールを共用できるように設計されていた。つまりP320はストライカー方式のオートとして完全にゼロから設計されたモデルではなく、既存のP250の設計資産を活かした発展型であった。
特徴的であったのが、ストライカー方式では常識化していた落下等の衝撃での誤作動を防ぐトリガーセイフティを標準装備せず、オプションで提供するとした点であった(しかしそのセイフティ付きトリガーが市販されたという情報は得られていない)。
SIGとしてはパーツの軽量化などにより、実質的に不必要という判断であったと考えられる。このSIGの設計思想に先進性を見出し、トリガーセイフティがないことによるトリガーフィーリングの良さに魅力的に感じるという意見もあった。
一方、否定的な見解としては、P250とのパーツ互換性を優先したことが、P320の設計上の制約となったとする意見がある。すなわち、白紙からストライカー方式のオートとして再設計しなかったことにより、構造上の無理や弱点が生じたという考え方だ。このようなイレギュラーな設計手法こそが、現在P320で発生している暴発事故の一因となっているという主張もあるのだ。
いずれにしても、P320はSIGブランドの信頼と人気、そしてモジュラーフレームがもたらす高い柔軟性を追い風に、市場で急速に支持を集め、デューティガンとして採用する法執行機関も増え続けた。その一方で、P250の販売は次第に低迷し、最終的には製造中止に追い込まれることとなった。
しかしP320の発売から約2年が経過すると、その評価に陰りが見え始めた。2016年頃からホルスター内に収まっているP320が勝手に発射されるという問題や、特定の角度で落下させた際に意図せず発火する、いわゆるドロップファイアの問題が報告され始めたのだ。
例えば2016年2月4日、ミシガン州ロスコモン郡での事例では、シェリフの携帯するP320が、パトロール車両から降車する際に発射された。発砲の瞬間はボディカメラにも記録されており、銃はホルスター内にしっかりと収まっていたことが確認されている。裁判記録では、シートベルトのバックルがトリガーを押した可能性も示唆されたが、その決定的な瞬間は映像には記録されておらず、あくまで推測に留まっている。
2017年に入ってもこれは続いた。2月28日、オハイオ州シンシナティ大学のキャンパスポリスのP320が落下時に暴発。7月28日、テキサス州タラント郡でもP320が暴発し、2017年11月12日には、テキサス州タイラーでもP320の暴発事故が発生した。ワシントンポスト紙は後の調査で2016年からトリガーを引いていないにもかかわらず発生したP320の暴発事故での被害者が100人以上に上り、少なくとも80人が負傷したと報じた。
2017年7月、ダラス警察はP320のドロップファイアの危険性から、その使用を停止した。こういった一連の報道を受けてYouTubeでの落下暴発事故の再現が頻繁に行なわれるようになった。同年8月に大手ディーラー、Omaha OutdoorsがP320の落下実験を行なっている。プライマーだけを装着したカートリッジを銃に装填し、地面に落下させ、特定の角度で落下すると発射されることを証明したこの動画は広く拡散され、世間の注目を浴びた。
この再現実験は比較的容易にできることから、類似する内容の動画が数多くアップされ、SIG SAUERへの市場の圧力は強まっていった。

これらは、一般市場や法執行機関での運用において、ホルスター内のP320が軽微な衝撃によって暴発したとされる複数の事例が報告されたことを受け、主にインフルエンサーや専門家によって独自に行なわれたものであった。
2017年8月までに少なくとも3人の法執行官がP320の落下や衝撃による誤発火で負傷したとして、SIGを提訴した。訴訟は場合によって非公開合意(NDA)で解決することもあり、一部は非公開であったが、2017年2月から7月にかけてオハイオ州、ニュージャージー州、テキサス州などで発生した暴発事故が訴訟に関連していたとみられる。
その一方で、2017年1月19日、XM17MHSコンペティションの結果が発表され、P320フルサイズモデルがM17、キャリーサイズがM18として、アメリカ軍のサービスピストルとして採用されている。SIGにとっては、ハンドガンを製造するメーカーとして最大の栄誉を獲得した同じ年に起こった訴訟であり、まさに出鼻を挫かれる形であったわけだ。
そしてダラス警察の使用停止、訴訟数の増加やソーシャルメディアなどを介して落下暴発の可能性が強く指摘されたことに対してSIGは、“米国規格協会(ANSI)およびSAAMI、国立司法研究所(NIJ)、アメリカ司法省(DOJ)、さらにはマサチューセッツ州やカリフォルニア州を含む各州、そして世界各国の軍および法執行機関が定めた標準的なプロトコルに加え、独自に追加の安全試験を実施しており、P320は安全であることを改めて主張した。しかし、特定の角度(約30°)および特殊な条件下で複数回落下させた場合に限り、発砲が生じる可能性があることを認めている。
同社は、これは極めて特殊かつ限定的な状況下において稀に発生するものであるとし、P320の安全についての信頼性は依然として維持されているという見解を示している。その上で、2017年8月8日にP320のボランタリーアップグレードプログラム(Voluntary Upgrade Program)を発表した。

SIGにシリアルナンバーをオンライン登録して銃本体を送れば、同一のFCUにディスコネクターを追加し、設計を大幅に改良した新型トリガーメカニズムを組み込み、それに伴ってスライド側にもディスコネクター作動用のポケット加工を施すというものだ。
併せてトリガー、シア、ストライカーなどの重要パーツは軽量化され、強い衝撃を受けても誤作動が起きないようになっている。これらのサービスは送料を含めて完全に無料で実施された。
筆者も当時所持していたP320コンパクトを送りアップグレードを受けて返送してもらった。この時点での正確なP320の製造数は公表されていないが、一部のソースによれば約50万挺と言われている。その後、現在に至るまでどれほどの数がSIGに送られたかは不明だが、2020年3月9日付のSIGの公開情報によれば、その時点でおよそ10万挺がアップグレードを完了したと報告されていた。
ここで注意すべき点は、SIGがこの問題に対して実施した措置が、製品の欠陥を正式に認めた上で行なう“リコール(Recall)ではなく、ボランタリー(自主的)アップグレード”と位置付けられていることだ。すなわち、それを受けるか否かはあくまでユーザーの自由意志に委ねられており、リコールに比べて強制力がなく、改修せずに仮に事故が起こっても、そのリスクを選んだのは使用者の判断だ、とも受け止められる。
この姿勢に対して、問題の重大さを軽んじているという非難の声もあった。
一連のアップグレードの出来事に絡み、2017年の利益が3,500万ドル以上減少したとする財務報告書を当時ドイツにあったSIG SAUER GmbHが公表している。
SIGの主張によれば、P320はANSI/SAAMIやNIJといった米国の安全基準をすべて満たものであり、基本的には構造上の欠陥はないということのようだ。米軍のサービスピストルとして採用されたモデルでもあり、メーカーとしてのメンツが欠陥を素直に認めることを難しくしていたのかもしれない。
しかし、もし実際に暴発が起き、それによって被害を受けることになれば、当事者は納得などできはしない。どれだけ基準を満たしていると説明されても、現実に発生した事故の前では、その主張は説得力を欠いてしまう。
現時点でアップグレードを受けていないP320がどの程度市場に残っているかは不明であるが、少なからず存在している可能性は否定できない。
事実このプログラムは、完成銃としてFCUを含む状態で送付された場合にのみ適用され、スライドなどのパーツ単体での対応は受け付けられていない。このため旧型スライドを単体で購入したユーザーにとっては、アップグレードを受けるとそのスライドは使用できなくなるので(ディスコネクターが作動しっぱなしになり撃てない)、地元のガンスミスに加工をお願いするか、旧型FCUをそのまま継続使用するという判断を下す可能性はあるだろう。
80%フレームを用いてFCUを組み上げ、アップグレード以前のパーツをそのまま使用していた人と話したことがあるが、安全性についてさほど問題視していない様子であった。いくら問題が叫ばれていても、そういう人たちもいるということだ。
民間でのアップグレードが進んでいたが、米軍採用モデルは大丈夫であったのか?実はSIGはそれより4ヵ月早く、軍採用モデルに対しての改修を行なっていた。
2017年4月に行われたProduct Verification TestingにおいてP320(M17/M18ではなく市販モデルとみられる)が落下試験で問題を示したことが報告されていた。具体的にはDepartment of Defense(DoD)のテストプロトコル(TOP 3-2-045)に基づく試験で、特定の条件下でドロップファイアが発生する可能性が確認され、その結果SIGはM17/M18に対してエンジニアリング変更要求(ECP: Engineering Change Request E0005)を提案し、トリガーの重量を軽減した改良型コンポーネントを導入するなど対策を講じ、軍の要求する安全基準を満たしたという。
一部の情報元によれば4ヵ月前ではなく、1年前に既にこの問題を認識していたという説もある。つまりSIGはアメリカ軍への対応を優先し、その事実を知っておきながら16ヵ月間もの間、民間への対応を野放しにして、改修を遅らせたというのだ。これが事実かどうかは全くわからない。