2025/01/25
NemesisArms Vanquish アタッシェ・ケースに納まるタクティカル・ライフル
NemesisArms "Vanquish"
アタッシェ・ケースに納まるタクティカル・ライフル
ネメシス・アームズ・ヴァンクイッシュ
TEXT & PHOTO : Terry Yano
Gun Professionals 2012年9月号に掲載
トラディショナルorイノベイティブ?
銃器に関していえば、私の美的感覚は保守的といわざるをえない。アンティークなものが特に好きだというわけではないが、鋼と木材で作られたクラシカルなスタイルのモデルに魅力を感じる。
先進的なスタイルの銃器にも、それなりの魅力を感じることはできるのだが、惚れ込むということは滅多にない。構造やメカニズムがユニークであるのはまだしも、あまりに突拍子もない外観の銃器に抵抗を覚えるということは、頭が固いというか、オールド・タイプから抜け出せない体質なのであろう。

銃器は道具であり、性能や使いやすさが重要であることはいうまでもない。しかし、どれほど性能がよくて使いやすいという銃でも、あまりに素っ気ない外観であるとか、逆に常軌を逸したデザインのものを、愛銃にできるほどの悟りの境地には至っていないのだ。
外観にこだわるのは弱さかもしれないが、銃器を単なる道具以上のものであると考えている限り、その弱さを捨てきれないのだろう。
そんな私でも、時にはユニークな外観をもった銃器の、なりふりかまわないような潔さに感服させられる時もある。ネメシス・アームズ(NemesisArms Inc.)のヴァンクイッシュ(Vanquish)は、その好例だ。

このほか、「ランチボックス」と呼ばれる小型のハード・ケースも存在するそうだ。(Photo courtesy of Nemesis Arms)
タクティカル・テイクダウン・ライフル
ヴァンクイッシュは、かつて「ミニ・ウィンドランナー」(Mini-Windrunner)と呼ばれていた。
以前、ブリーフ・ケース(アタッシェ・ケース)に収納可能なタクティカル・ライフルのメーカーとして、ネメシス・アームズの工場訪問記を書いたことがある。旧Gun誌に掲載されたそのリポートで、同モデルのことを知られた方も少なくないであろう。
ヴァンクイッシュのオリジナル・デザインは、大型ロングレンジ・ライフルのメーカーであるEDMアームズのビル・リッチー氏による。同社の.50BMG口径ボルト・アクション・リピーター、ウィンドランナーM96を.308口径にスケールダウンしたものから始まった。
ウィンドランナーには.50BMG(または.510 DTC Europe)のM96のほか、.408シャイタックに合わせて少々スケールダウンしたXMシリーズや、.338ラプア・マグナムに合わせて更に小型化したM98といったバリエーションも存在するが、いずれもロング・レンジ射撃を前提とした超大型のライフルであることに変わりない。

(Photo courtesy of Nemesis Arms)
ウィンドランナーを大幅にスケールダウンした.308口径のテイクダウン・ライフルは、2006年に開発された。これがオリジナルのミニ・ウィンドランナーで、レシーバーには“MODEL- 06”と刻印されている。しかしながら、当時M96など大型ロングレンジ・ライフルの生産に追われていたEDMアームズには、新製品を量産する余裕がなかった。
ミニ・ウィンドランナーのポテンシャルに目を付けたのは、M96ウィンドランナーのユーザーのひとりで、独立起業を目指していたデイヴィッド・アイヴス(David Ives)氏だ。同モデルのデザインをいたく気に入ったアイヴス氏は、2008年2月にリッチー氏からデザインを購入し、自ら立ち上げたネメシス・アームズの主力製品として育て上げた。
2010年、ネメシス・アームズはこのテイクダウン・タクティカル・ライフルを“Vanquish”(ヴァンクイッシュ)と改称する。これは「…を征服する」や「…を降伏させる」といった意味で、アタッシェ・ケースやバックパックに入れて携行できるようなタクティカル・ライフルは他に存在せず、限定的な市場であるとはいえ、ネメシス・アームズのヴァンクイッシュによって征服されている状態だ。
ネメシス・アームズ
ネメシス・アームズのオーナー、デイヴィッド・アイヴズ氏は、元LEオフィサーだ。昔からの念願であった独立起業という夢を、自らの趣味ともマッチさせたガン・ビジネスで達成させた。ネメシス・アームズの名称は、ギリシャ神話に登場する女神“Nemesis”(人間が神に働く無礼に対する、神の憤りと懲罰の擬人化)に由来している。
当初、南カリフォルニアのレッドランズ市にあったEDMアームズの工場の一角で業務を行っていたが、同社は2008年6月にユタ州ハリケーンに移転したので、同年7月1日にカリメサ(Calimesa)市の現工場に移った。2009年3月に訪問した時には工場スペースにも余裕があり、アイヴス氏は奥さんと二人で事業を行っていたが、さらなるCNCマシン(マシニング・センター)の追加やEDM(放電加工)設備の導入後は工場が手狭となり、拡張されたという。
現在はほとんどの部品を自社で製造/加工しているとのことで、アイヴス氏の娘さんもチームに加わったほか、フルタイムの機械工を従業員として雇っているそうだ。
