2025/01/25
WALTHER P38そしてP-4 クラシックマスターピース“最新オートマチック・セフティメカのルーツを検証する”
”最新オートマチック・セフティメカのルーツを検証する”
P38そしてP-4
クラシックマスターピース
Turk Takano
Gun Professionals 2012年9月号に掲載

最近のオート・ピストルには一つのパターンができてきた。どこのメーカーだろうが登場する製品はいずれも似たり寄ったりで独自性がなくなった。かつては各メーカーに、それぞれのスタイルがあってシルエットからモデルの判別もできた。しかし今じゃそれも糞味噌で、実際に手に取りモデル名でも読まない限りどこのメーカー製なのか判別しにくい場合が多い。車で言えば昨今のクロスオーバーだ。どれもが似たり寄ったりのスタイルで、何処のメーカー製なのか戸惑う。
性能第一、あるいは市場ニーズの結果、このようなデザインになったといわれればそれまでだが、マニアの一部には冷めたフィーリングもある。

第二次大戦で使われた各国の軍サイドアームの中でも、ドイツ軍サイドアームP38はダントツの優れものだった。誤解のないように付け加えれば、筆者は別にドイツ製に傾倒しているわけではない。ドイツ製ならなんでも優れていると盲信している人たちが米国にはいっぱいいる。光学機器、精密機械といえばドイツ製がトップであり日本製は所詮2番手と言うやつだ。
確かにライフル&ピストル用のスコープの分野を見ても、日本製の名の下に安物も存在する。しかしドイツ製にはそれがない。ドイツが多くの分野で世界をリードしていた時期があり、ものによっては今もそれが継続されていることは事実だ。軍用小火器の分野も例外ではない。ただドイツ兵器は優れていた反面、日本と同じような凝り性のところがあり、それは今でも伝統として多少なり残っているようだ。
これまで何回か触れてきたオーバー・エンジニアリングのことだ。ここが米国、ソビエト製との大きな違いではなかろうかと思う。

バタ臭いソビエト製兵器と違い、ドイツ製には格好良さがあった。実用性はイマイチだったがP-08などはその代表作といえる。もっともあの時代のモデルに今日要求されるレベルを望む方がどうかしている。すべて当時の環境で比べなきゃ不公平もいいところだ。その後、P-08の更新として完成されたのがP38だ。P38はあらゆる面で今日あるモダン・オート・ピストルのルーツとなっているモデルでもある。
洗練された格好もさることながら、DA安全機構に関しては正に当時のレベルから突き出したモデルだった。P38の歴史、開発については本誌の床井氏により詳しくリポートされており、読者にとっても耳タコのはずだ。これまで何回もリポートされたP38を何故?という疑問があるかもしれない。
P38は今日、市場にあるオート・ピストルに何らかの影響を与えた特筆すべきモデルであった。スタイルそのものも70年以上経た今日でさえ、古さを感じない数少ないモデルの一つだ。似たり寄ったりの最新モデルばかりでなく、時にはモダン・オート・ピストルの原点に帰るのもそれなりの意味があるのではないだろうかと思った次第である。

コルト・ガバメント同様、P38は今日でも通用する性能を持つ数少ない第二次世界大戦時のミリタリー・ピストルだ。14年式などと比較すれば筆者の言う意味もわかるはずだ。筆者もP38は好きで何挺かコレクションしている。その中での価値トップは戦中版の1944年マウザー製、戦後、製造されたP-1 そしてP-4だ。
西ドイツ国防軍サープラスP-1はかなり以前から米国市場に入り今日もって品不足の傾向はないようだ。一方、P-4は市場から消えてしまった感がある。地域によっては違っているかもしれないが、筆者が住む周辺では見かけない。多分にコレクターの手中にあると考えられる。


1955年頃、スポーティング・ファイヤーアームズ製造メーカーとして再建されたワルサー社は西ドイツ国防軍からサイドアームP38製造で打診を受けた。P38量産体制確立まで数年を要したという。P38の新規製造が戦後再開されたのは1957年のことだった
P38のモデル名のまま製造納入されたが、1963年になってP1と改名された。その後、アルミ・アーロイ・フレームのロッキング・ブロックが落ち込む部分に補強として6角のスチール製クロスボルトが埋め込まれた。1993年、P1の更新モデルとしてP8(HK USP)の採用が決まった。徐々にP8への更新が進められミリタリー・サープラスのP38,P1が米市場に入ってきたというわけだ。

P4は1970年代後半に西ドイツ警察用に開発が進められたがいくつかの地域法執行機関が採用するにとどまった…ということになっている。当時、新しい世代の法執行機関用サイドアームはP5の他、P6(P225)、P7(HK PSP)などがあり競合した。それぞれの地域、部門が良いと思うものを選んで採用したため、一つのモデルがドミネイターとはならなかった。
P4は数から言ってもP1よりコレクションとして価値あるモデルといえそうだ。
今リポートではP38を絡めたP4に焦点を絞ってみた。外見はP38を世襲しているものの安全機構はP5のそれに近い。筆者の個人的な意見だがP4のほうがP5より格好が良いと思うのだが…性能が同等なら格好が勝負である。



P5が米国市場で売れなかった一番大きな理由は高く設定した値段だった。もう少し具体的に述べれば1989年、当時、市場に入ってきたSIGP6(P225)の価格(MSRP:メーカー希望小売価格)は715ドル、HKP7M8 881ドル、グロック17 511ドルとなっている。これらに対しWalther P5は999ドルだった。グロックは別としてわずか200-300ドルの差ではないかという意見もあるだろう。
P5が比類なき性能と言うのであれば高価格でも逃げ切れるが、さしたる差がないとなれば安い価格に分がある。ましてP5がカッコイイとおもう派は少ない。
P5はボンド映画で見かけた記憶がある。ショーン・コネリーの“Never say never again(”1983)そしてロジャー・ムーアの“オクトパシー(”1983 )だった。コネリー・ボンドの方は正統007シリーズから外れた番外編だった。

P4が米国市場に入ってきたのは1980年代中頃だった。西ドイツ法執行機関のサープラスとして当時の大手輸入代理社インターアームズ経由で販売された。中古と言うこともあったがワルサー製品にしては手軽な300ドルでしかもホルスター付だった。あっと言う間に売れたがその数は不明だ。現在、中古市場では700〜800ドルで売り買いされている。
20世紀の初頭はいろんなモデルが登場した。リボルバーの基本メカ(DA/SA)は19世紀に確立されて、今もってリボルバーは材料以外メカに関してそれほど進化したとは思えない。
一方、19世紀末から登場したオート・ピストルにはショート・リコイルはもちろん、ブロー・フォーワードと何でもござれの感があった。しかし1920年頃までには、考えられるすべての作動機構が登場した。今あるメカのほぼすべてに関して言えるのは、新デザインといっても既に先人が生んだアイデアを改良しているに過ぎない。

一口にショート・リコイルと言ってもいろいろある。ブラウニング(ブローニング)・タイプのテルティング(バレル昇降)、そしてマウザー・ミリタリー、南部式/14
年式、ワルサーP38 でおなじみのプロップ・アップ、変わったところではバレル・ロテイティング方式などがある。しかし現在、ブラウニングのテルティング以外、ほとんど見かけなくなった。
ブラウニングに草木もなびく今日、ロテイティング・バレルによるショート・リコイルを採用、市場の中で唯一、独自性を誇っているのはベレッタだ。
もっともロテイティング・バレルによる作動方式も100年以上前に存在した。当時、試作はしたものの、実用性に問題があったようで以後の開発が継続されることはなかった。
1991年、コルトが発売したコルト・オール・アメリカン2000が採用したのもロテイティング・バレル方式だったが、このモデルは登場から数年で製造中止となっている。
第二次大戦後、これまでのオート・ピストルのデザインに一石を投じたのはHK社だった。戦後、旧モーゼル技術者を基幹として創立されたメーカーである。同社のローラー・ロッキングによるディレード・ブローバックを採用したアサルト・ライフルG3系が成功しつつある時期、同じ作動方式をオート・ピストル用に応用したP9を生んだ。
その後、ガス・ロックによるディレード・ブローバックP7が実用化された。技術のHKのイメージを確立したのもこの頃だった。


戦後生まれた新機軸のオート・ピストルとなるとHKぐらいしか思いつかない。その後、HK社はローラー・ロッキング、ガス・ロックの作動方式に終止符を打ちブラウニング・タイプに切り替えた。長年にわたりHK社からローラー・ロッキング、ガス・ロックそしてポリゴナル・ライフリングの優位性を聞かされてきた。唱えていた本家本元が突然鞍替えしたのには驚かされたものだ。総合的にブラウニングの優秀性がHK社により実証されたというわけだ。
グロックが登場した1980年代中ごろからオート・ピストルのデザインそして製造法は大きく変わってきた。進化を超えた改革に近いものがある。ポリマー製フレームが普及しこれがその後の主流となってきた。
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