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2025/12/23

昭和大好きかるた 時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る 第43回「ろ」

 

時代を超えた普遍の良き「何か」を振り返る

 

第43

ロボット

 

 令和となってはや幾年。平成生まれの人たちが社会の中枢を担い出すようになった今、「昭和」はもはや教科書の中で語られる歴史上の時代となりつつある。
 でも、昭和にだってたくさんの楽しいことやワクワクさせるようなことがあった。そんな時代に生まれ育ったふたりのもの書きが、昭和100年の今、"あの頃"を懐かしむ連載。
 第43回は、刃物専門編集者の服部夏生がお送りします。

 

 

 昭和のキッズにとって、ロボットはごくごく身近な存在だった。
 もちろん、現実世界にはいない。だが、テレビや漫画の中では、当たり前のようにいた。

 

昭和キッズに将来を夢見させたロボットたち

 

 『鉄腕アトム』『鉄人28号』にはじまり、『マジンガーZ』『ゲッターロボ』。個人的にすごく好きだった『惑星ロボ ダンガードA』と『闘将ダイモス』。『ヤッターマン』もあった。そしてレジェンドオブレジェンドの『ドラえもん』……。
 数々のロボットたちはおおむね、顔と四肢を持ち、人間と同じ動きをしていた。


 頭脳を持ち自らの意思で動くのもあった。人が遠隔操作したり、実際に乗り込んでコントローラーを操作したり、自身の手足の動きに連動させるものもあった(ちなみに後者は現実世界ではロボットに分類しないことが多いようだ)。そして、地球征服を企む悪の組織を倒したり、イケてない小学生の希望を叶えてあげたりしていた。
 大きくなったら、と子どもの頃の僕、そして多分ほとんどのキッズは夢見たはずである。現実世界でもロボットがいろいろ便宜をはかってくれるんだろうな。

 

 2025年現在、二足歩行の人間型のロボットこそ普及していないが、掃除機ロボットや配膳ロボットなどはすでに日常生活で目にできるようになっている。青狸と呼ぶと激怒する猫型ロボットはまだいないけれど、彼が四次元ポケットから出してくれた夢の道具は、もうあちこちに存在している、ということだろう。それらを生み出してきたロボット工学の専門家たちの中には、上記のアニメや漫画に子どもの頃に憧れた人物も多いようである。人間の叡智、日本のエンタメ文化の豊潤さ。僕などは、それらにただ驚嘆するばかりである。

 

 

ロボットを生み出した作者が教えてくれたこと

 

 ところで「ロボット工学三原則」ってご存知だろうか。
 SF作家のアイザック・アシモフが創出したものであり、文学史に残る短編集『I, Robot』(1950、邦訳版は『われはロボット』)の冒頭にも記されている。

 

その1:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また人間に危害が加わるであろう状況を見過ごしてはならない
その2:ロボットは「その1」に反しない限り、人間の命令に従わなくてはならない。
その3:ロボットは「その1」「その2」に反しない限り、自らの身を守らなくてはならない。

 

 僕の意訳なので、ディテールの違いは大目に見ていただきたい。
 アシモフは、人に危害を加えない、ものすごく大ざっぱにいえば、人の役に立つことがロボットの役割としたのである。あくまで小説の中で考えられた定義なのだが、読めば読むほど的を得ており、現実のロボット工学にも影響を与えたとされている。

 

 そして、テレビや漫画に出てくるロボットも、おおむねこの三原則に則っている。少なくとも人間の役に立つ存在であろうとはしている。

 

アンドロイドといえば『スタートレック』に出てくるデータも大好きなキャラクターでした。彼が人間の女性と恋愛をする回はまさに神回


 だが『Dr.スランプ』は違った。
 天才・鳥山明が昭和55年から59年まで「週刊少年ジャンプ」で連載した漫画である(ちなみにほぼ同時期に放映されたテレビアニメのタイトルは『Dr.スランプ アラレちゃん』だった)。

 

 この漫画のヒロイン、則巻アラレは女の子の姿をしたロボットなのだが、特に人類のために何かをする感じではないのである。そもそも作り出した自称天才科学者・則巻千兵衛も、特に深い考えもなくこしらえた感じだった。宇宙人のニコちゃん大王やスッパマン、天使のガッちゃんなど、人間じゃない面々もたくさん登場するが、なんていうかヒールもベビーフェイスも同じように笑ったり怒ったりして一緒くたに過ごしているので、ロボットのアラレちゃんが、意思を持って悪意ある敵を排除する流れには、あんまりならない。 
 結果、漫画でもアニメでも、毎回ドタバタ劇が繰り広げられた。

 

 だが、大前提として彼らが暮らすペンギン村は無事で、登場人物たちは彩り豊かではあるが、大まかにいうと「いつも通り」の日常生活を送っていた。
 そして、僕はその感じがものすごく好きだった。

 

 あの頃はよくわかっていなかったけれど、いつもの感じが続く日常。それが、僕の大好物だったのである。
 もちろん、通常のロボットもの手に汗握るお話も大好きだったし、今だって大好きである。
 でも、より心にしっくりくるのは、変わらない日常を描く作品だった。

 

 そして、想像した。ロボットや宇宙人や天使とかと一緒に、今みたいに当たり前な感じで過ごせる将来が来ることを。
 前述した通り、現在のところ人間以外の人間ぽい面々と普通に暮らす世界はきていない。それどころか、地球レベルで俯瞰すると、誰もが「いつも通り」な感じの日常を過ごせる世界なんて、お世辞にも実現できていない。残念であると同時に、大人である僕たちがちゃんとしてないからだよなあ、という忸怩たる思いにもなる。

 

 

 ロボットという言葉を最初に考えだしたのはチェコの作家・カレル・チャペックである。『R.U.R.』(1920、邦訳版は『ロボット RUR』)という戯曲において、労働の一切を担っていたロボットたちは反乱を起こし、人間を排除してしまう。その後、ロボットたちも人間が持っていた人工生命の製造法を手に入れることができなかったが故に、滅亡の危機を迎え……というやや悲惨なストーリーである。ファシズムを批判しつつプロレタリア文学からも距離を取っていた作家による作品は、さまざまな読み取り方ができると思う。ただ、根底に流れるのは、情愛こそが世界を変える唯一の力である、という人類に普遍するテーマである。
 チャペックは、園芸にも熱中していた。趣味がこうじて著した随筆集『園芸家12カ月』はマジで名作である。ゆるふわな感じではない。ガチンコで植物を育てあげる奮闘記である。

 真正面から「育てる」ことに向き合ったチャペックは珠玉の言葉の数々を記す。

 

 未来はわたしたちの前にあるのではなく、もうここにあるのだ。未来は芽の姿で、わたしたちといっしょにいる。(中略)芽がわたしたちに見えないのは、土の下にあるからだ。未来がわたしたちに見えないのは、いっしょにいるからだ。(中略)
 いちばん肝心なのは生きた人間であるということ、つまり育つ人間であるということだ

 

(『園芸家12ヵ月』カレル・チャペック著 小松太郎訳/中央公論新社より)

 

チャペックもアシモフも文学史に残る偉人である。ちなみに筆者が、ロボットもので一番好きな映画は『ブレードランナー』。原作の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は、個人的にオールタイムベスト小説トップ50にランクインする。おすすめです

 

 生きているということだけを基準に、平等な目を向ける。
 人であるということだけを基準に、対等に接する。
 実現するのは簡単ではない。何を是とするかの基準もまちまちだ。


 そして、言うまでもなく、理想論である。
 でも「理想はこうだよね」というビジョンを各々が持たなければ、我々は今ある現実の中での落とし所すら見つけられなくなる。
 共生のための理想は何か。落とし所はどこか。


 そのヒントは、僕たちが夢中になったあまたの「ロボット作品群」の中から、きっと見つけられるはずだ。

 

 

ロボットが 教えてくれた 理想の未来
 

 

TEXT:服部夏生

 

 

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