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2023/11/27

巨大クマを狙撃!! アラスカグリズリーハンティング体験レポート【Guns&Shooting】

 

アラスカグリズリー
ベアハンティング

 

 “アラスカでグリズリーを仕留める”

 大物猟ハンターにとって、これはとても魅力的な事ではないだろうか。アラスカにはグリズリー等のハンティングガイドをビジネスとしているプロフェッショナル達がいる。日本のハンターもこの地に行けば、かなり高い確率でグリズリーハンティングができるのだ。

 

※この記事には実際の狩猟の写真が含まれます。流血などが苦手な方はご注意ください

 

前のレポート(偵察編)はこちら

 

 

 


 

 グリズリーを撃つ 

 

15:45 フィルさんから、我々の左横のブッシュを使って隠れながらクマに接近しようという指示が出た。私はリックを下ろし、銃だけを持ってフィルさんと2人でゆっくり移動し始める。私のM77には弾倉部分に4発の.375ルガーが込められた状態だ。


 少し移動したところでフィルさんから「弾をチェンバーに装填し、セイフティを掛けて」と指示が出る。50~60mくらい丘の斜面沿いに移動したところで、フィルさんからここから撃てと指示が出た。

 


 キャンプ用軽量テントの骨組みのような細いX型バイポッド(足片方3本くらいの細いパイプで構成されたもので、パイプ同士は中を通したゴムの紐で繋がっている。簡単に組んだり、抜いて折り畳んだりできるもの)を出して、私に使うように促す。


フィルさん「いつでも撃っていいぞ」
私「いや、『撃て!』とコールして欲しいんだ」
フィルさん「わかった」


 というやり取りののち、斜面を下りきる寸前の熊がこちらに左側面を向けた。
 フィルさんから射撃OK!が出る。

 


 バイポッドに軽く依託した状態から、約140m先(獲った後でレンジファインダーで計測)のグリズリーは、2.5倍のスコープを使っているので小さくしか見えないが、X型バイポッドのおかげで銃はほとんどブレない。

 

 左前足の脇の下あたりにレティクルを合わせる。気持ちは不思議なほど落ち着いていた。躊躇することなくトリガーに指を掛け、ガク引きしないよう気を付けながら、重めのトリガーを絞る。

 軽快な発射音がフィールドに響く。熊はわずかに跳ねて短い斜面を約1m転がり落ちたのち、なんとか起き上がって斜面を上がろうとした。今度はこちらに右側面を向けている。


 フィルさんから2発目を撃てとの指示が出た。右前足の脇付近を狙っての2発目。グリズリーはその場でひっくり返り、仰向けになった。
 3発目の指示があり、殆ど動いていないように見える熊の首を狙い撃ち込む。
 そしてグリズリーは動かなくなった。

 

2発目を撃つと熊が動かなくなった。撃った時はフィルさんとふたりだけで、池田さんは近くにいない。だから撃った瞬間の写真はない


16:00  10分くらいその場で観察し、熊が絶命したと判断されたところで、フィルさんが握手を求めてきた! 力強い握手を交わす。こちらに来た池田さん、アイルさんとも握手。しかしまだ本当に獲ったのか実感が湧かない。


16:15 注意深く倒れた熊に近づく。間違いなく絶命していた。そばに寄ったとき熊は体を丸めるように絶命していたので、「あれっ?けっこう小さいかな」という印象。しかし計測してみると、ノーズからテールが9フィート強(約2.8m)、推定11~13歳くらいの雄だそうだ。毛色はココアブラウンで、場所によってはゴールドに近い。とても綺麗な毛並みだった。

 

 


 

 現場作業 

 

 まずは記念撮影をする。基本、熊の頭を持ち上げ、しゃがんだ膝の上に置いてポーズを取るのだが、重くてとても載せられない。仕方がないのでうつ伏せに寝かせたままでの撮影となった。


 事前に読んだ書籍の中に、春熊の毛皮は、越冬用の毛と新しい毛のダブルコートになっているので、上質であると書かれていたが、それは本当だと実感した。それに毛質がとても柔らかく手触りが良い。これに比べたら蝦夷鹿の毛は針のようだ。

 

まずはフィルさんと記念撮影


 一通り、撮影した後に、早々に毛皮を剥ぎ、頭蓋骨を外す作業に入る。アラスカでは、獲ったベアの毛皮と頭蓋骨を持ち帰ることが義務付けられている。一方、その他の部位はその場に放置してよい。


 まずフィルさんから「剥製にするのか?壁掛けにするのか?ラグにするのか?」を尋ねられた。皮に入れる切れ目が異なるらしい。剥製はとても置けるところがないし、壁にも掛けられるスペースが無い。従ってラグしか選択肢は無い。
 そう伝えると、早速フィルさんとライルさんで作業に入った。主にHAVALONという刃先が交換できる小型のナイフを使ってていねいに、そして迅速に皮を剥いでゆく。

 

 

 その間、私と池田さんは何もすることが無い。というより手出しできない。フィルさん達も、私達にはなにもさせない雰囲気だ。確かに慣れない我々が、手伝うとかえって邪魔になるし、もしナイフなどで手でも切ってしまったら、傷の深さによっては、ヘリを呼ばなければならなくなる。

 そういったリスクを考えると手を出さない方が賢明だし、フィルさんもそう考えているのだろう。グリズリーの体をひっくり返すときなど、力仕事に関しては、当然サポートする。

 


 彼らはまるで服を脱がすかのように、きれいに皮を剥いでいく。手の皮にから爪を外さないように注意しながら、手のひらに入れた切れ込みを広げ内側から爪とつながっている指の骨を外す。これは熟練した技術が無ければ、一日かかっても終わりそうにない。そしてマスク(覆面)を外す感じで、顔の皮を頭蓋骨から剥がしていく。

 


18:54 現場での皮剥ぎが終了した。土手に敷かれた毛皮の尾っぽ近くにロッキングタグを取り付ける。
 そしてその場で、プリントアウトしてきた狩猟許可証の本日の月日の部分を切り取り記録する。これで現場での作業が終了した。キャンプへ戻る。

 

皮剥ぎ完了。毛皮にロッキングタグを取り付ける

 

 さてこれから来た道を戻らなければならない。さっき私が懸念したことをやるのだ。ちなみに剥いだ毛皮の重量は推定40kg。背負ったとしても、私なら100mも歩けないだろう。頭蓋骨だって決して軽くはない。しかしフィルさんとライルさんは、さっさとリュックに毛皮を詰め始めた。大型のリュックがパンパンになる。

 毛皮を入れたリュックをライルさんが、頭蓋骨を入れたリュックはフィルさんがそれぞれ背負う。2人はそれをヒョイと背負い、さて戻るぞ!と歩き始めた。


「行きはグリズリーをストーキングするため、最短ルートで来たが、帰りはなるべくアップダウンを少ないルートで行こう」というが、歩き始めると行きとほとんど変わらない気がする。そして重量物を背負って歩く彼らのペースに、私は全く着いていけない。同行の池田さんは私のペースに合わせてくれているので、一人取り残されることはないが、何回もガイド2人の姿を見失う。


 だが遅れて歩く私達が、はて?どちらに向かったのか判断に迷うような絶妙な場所で待っていてくれる。ゲストの思考や体力などをしっかり把握してくれている証拠だ。
 帰路で一番の注意点は、足の捻挫などだ。もしやってしまったら、この不整地はまず歩けない。歩けない→キャンプに戻れない→野営の用意をしていない→最悪の場合、そこに待っているのは“死”だ。

 


 この季節、太陽が沈むのが23時過ぎだ。戻り始めたのは19時頃からだが、真っ暗になるまだ4時間の猶予があった。それでも這うようにしてキャンプにたどり着いたのは、薄暗くなり始めた22時過ぎだ。


 力を使い切り、小屋のデッキに上がることもできずにステップで突っ伏していた私に、フィルさんが缶ビールを持ってきてくれた。とりあえず喉に流し込む。おそらくこれが人生で一番美味いビールだったと思う。
 しばらくするとキャンプ小屋のドアが開いて中から、帰路毛皮を背負ってきたライルさんが出てきた。「もうすぐ夕食ができるよ」いったいこの人たちの身体能力はどうなっているんだろう?


 あとで聞いた話だが、ライルさんは山から負傷者を背負って下りてくる訓練も行なっており、40kgの毛皮を背負って戻るのは余裕だそうだ。

 

 


 

 ハンティングベースロッジへ帰還 

 

 5月13日、前日の疲れから、遅めの起床となった。今日は風が強くて軽飛行機が飛べない。そこでキャンプ小屋の前でフィルさんとライルさんは、毛皮裏や頭蓋骨から更に余分な肉や脂を削ぐ作業を行なう。相変わらず私達は見ているだけ。

 


 デッキに出した椅子に座り、風景を眺めながらコーヒーを飲んだり、あとは昼寝と読書だ。こんなノンビリとした時間は、日本ではほとんど考えられない。あらかたの毛皮裏や頭蓋骨の清掃作業は終わり、まんべんなく裏側に大量の塩を摺りこんで、19時前にはフィルさんとライルさんの作業も終わった。

 

翌日、キャンプ小屋の前で毛皮裏や頭蓋骨から余分な肉や脂を削ぐ作業を行なった。そして毛皮の裏には大量の塩を摺り込む

 

彼らが使っていたHAVALON(ハバロン)ナイフ。ブレードが交換できる


 5月14日

 まだ風が強くベースに戻れない。この日の朝の時点でグリズリースキンズのゲストでベアを獲れたのは私達だけ。他のキャンプ(今回入猟している他のハンター達の拠点)ではまだ獲れていないと聞いた。そんな中、ライルさんは他のキャンプへ徒歩にて物資の届けに行くという。

 朝食後、「ちょっと行ってくるよ」的なムードで出発、フィルさんもそこまで送ってくると、行ってしまった。


 残された我々は何もすることが無いので、相変わらずの昼寝と読書タイムだ。
 ライルさんは夕方戻ってきたが、帰り道に拾ったムースのアントラーを2本背負っている。一本でも「えっ!」っと思うほど重い!まったく彼女には驚かされることばかりだ。

 

デッキに座って1日中風景を眺めて過ごす。こんな時間は日本ではなかなか持てない

 

すっかり作業が終わったグリズリーの毛皮


 5月15日。風が止んだので、今日ベースに戻ることになった。朝から荷造り。残った食材で作ってくれた朝食を取り、キャンプ小屋に隣接する滑走路の脇まで荷物を運ぶ。駐機させてあった機体にフィルさんと池田さんが乗り込んで先に離陸。

 その後少しするとエンジン音と共に、タジさんが操縦する別の機が迎えに来た。ライルさんとその機に乗り込み、キャンプ小屋を後にした。

 

軽飛行機でキャンプ小屋を発つ


 ベースロッジに戻ると、すぐにタジさんが狩猟報告書類の整理を始めた。私は指示通りにそれにサインするのみ。提出などはすべてグリズリースキンズが代行してくれる。手続きが終わると、今日の天候は安定しているが、明日はまた悪くなるかもしれないとのことなので、急遽ベースを出発しキングサーモンに向けて出発することになった。

 

ベースロッジで狩猟報告書類の整理。筆者はサインするだけ


 同行してくれた池田さんの滞在費とチップを支払い、最終清算を行なった。そして大変貴重なシャワー(集めた雨水をプロパンガス給湯器で温水にした)を浴び、フィルさんタジさんを始めとしたベースのスタッフに感謝とお別れを告げて、軽飛行機でベースを離陸した。
 高度を上げ遠ざかる機体に手を振り続けてくれている彼らの姿は本当に忘れがたいものだった。

 

このベースロッジやキャンプ小屋の周辺、およびハンティングで歩いたすべての行程で、人工のゴミは一切見なかった。ここは文明社会から隔絶されている場所なのだ。ベースロッジを発つ前にグリズリースキンズのメンバーと記念撮影。この冒険の事は一生忘れない

 


 

 帰国 

 

 キングサーモンへは夕方着。アンカレッジに戻る旅客機は翌日のお昼発なので、キングサーモンで一泊となる。宿はベースからタジさんが衛星電話で予約してくれていた。
 軽飛行機の空港から飛行機会社の事務所に寄って、預けていた荷物を受け取って、宿に送ってもらう。チェックイン後、宿のWi-Fiを使って、キングサーモン発アンカレッジ行きのチケットを購入し、このハンティングはほぼ終了となった。

 

 天候の影響により待機することは多かったものの、事実上ほぼ1日でグリズリーを獲った。その1日は過酷だったが、これこそアドベンチャーというものだ。もしキャンプ付近にグリズリーが現れ、窓から1発……なんてことで終わったら、むしろガッカリだろう。
 過酷だが濃密な時間を体験しながら目標を達成した。私はハンターとして幸せだ。

 

 

 5月16日、アンカレッジ行きの飛行機に搭乗したものの、機体トラブルでフライトがキャンセルになり、キングサーモンにもう一泊する羽目になったが、それはどうでも良いことだ。


 翌日、アンカレッジに着くと、レンタカーを借りてアンカレッジ郊外にある剥製の会社に立ち寄り、ラグの仕様の打ち合わせをした。今回獲った熊の皮と頭蓋骨は、グリズリースキンズからこの会社に送られてくることになっている。
 熊の頭の造形の口は開けるか?閉めるか?そして裏側に貼るフェルトの色などを決め、頭蓋骨は洗浄とポリッシュを依頼した。支払いは完成後の請求となる。毛皮の輸出入におけるワシントン条約上の手続きも、この会社が代行してくれる。


 あとは10ヵ月後に、日本に送られてくるはずだ…しかし、知人のガンショップ インターアーツの宮川さんによれば、そこのお客様の場合、送られてくるまで1年4ヵ月も掛かったそうだ。

 

 


 

 アラスカ遠征を終えて 

 

 アラスカへグリズリーハンティングに行くにあたっては、ハンターとしての特別な技量は必要ない。200m程度までの距離から依託で概ね狙ったところに当てることができれば、それでじゅうぶんだ。“難易度の高い場所を毎日数マイル歩く”ことができる体力だって、私ができた(最後はかなり参ったが…)のだから、50代、60 代の健康なハンターなら普通は可能だろう。必要なのは、情熱と健康な身体だ。


 それとは別に、時間と費用の問題は大きい。しかし、長い人生の中で約3週間の休みを取得し、新車1台分ぐらいの費用を掛けて“生涯最大の冒険旅行”に行くことが可能な人は少なからずいらっしゃるはずだ。

 


 私の場合、最大の問題は語学力だった。LA在住の友人、池田さんの存在がなければ、今回のアラスカ遠征は不可能だっただろう。プロの通訳さんを雇うことで語学力の問題はクリアできるかもしれないが、“アラスカにグリズリーハンティングに行くので同行して欲しい”と赤の他人である通訳さんにお願いしても、まず断られるのがオチだろう。

 池田さんは友人だからこそ、私の情熱に応えてくれた。彼には本当に感謝している。

 

 最後にGrizzly Skins of Alaskaのスタッフの皆さんにもお礼を申し上げたい。特にマスターガイドのフィル(Phil Shoemaker)さんの適切な判断で、目的を達成することができた。彼らは本当のプロフェッショナルだ。読者の皆さんがグリズリーハンティングに挑戦される時には、ぜひ彼らにコンタクトを取ることをお勧めしたい。

 

TEXT:Y.Matsubara

PHOTO:Yasuaki Ikeda

協力:グリズリースキンズ

 


 

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この記事は2022年10月発売「Guns&Shooting Vol.22」に掲載されたものです。

 

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