実銃

2023/11/04

【実銃】H&K渾身の力作「VP9」の軌跡 ~HK初のポリマーフレーム「VP70Z」からの進化~【中編】

 

Heckler & Koch

VP9

HKニュージェネレーションポリマー

 

 

 ストライカーファイア+ポリマーフレームピストルを最初に量産化したのはHKだ。しかし、それを成功させたのは後発のグロックであり、HKは完全にその後塵を拝した。そして約30年の時を経て、グロックと同じストライカーファイア+ポリマーフレームの分野にHKが真っ向から戦いを挑んだ製品がVP9であり、SFP9だ。

 

前編はこちら

 

 


 

進化するポリマー


 さてさて、ココからやっとVP9のお話となる。同社としてはポリマーのニュージェネレーションであり、登場当初から話題のモデル。ワンステップ上がっているのは間違いない。

 

機関部の様子。トリガーの上に見えるのがテイクダウンレバー。スライドキャッチはアンビだ。マグキャッチはパドル式でコレもアンビ。HKのパドル式マグキャッチはこれまた伝統。P7M8時代にさかのぼる

 

こちらはオマケ写真。VP70Zの機関部だ。押し下げ式テイクダウンラッチと銀玉デッポウのような巨大なトリガー。マグキャッチに見えるのは貫通式のセイフティだ。それにしてもこの巨大トリガーの存在感、好きだわぁ


 繰り返すが、HKとポリマー素材の関わりは深い。実際には、VP70より前のP9(1969年)の時代から手掛けている。その後、長いブランクを経て1993年にショートリコイル/ハンマー方式のUSPを発表。コレはHKがHKらしさを捨ててオーソドックスに勝負したポリマーであり、サムセイフティにデコッキング等の機能も仕込み、マガジンまでもポリマー化して大奮闘。

 以後、P2000、P30とショートリコイル/ハンマー方式を頑なに堅持しつつ徐々に進化させてきた。そうやって我慢を重ね、流浪の果てに行き着いたモデルがVP9なのだ。

 

フロントサイト。TRU-DOTのトリチウムナイトサイトだ。スナッグフリーの台形形状。ブレイドの厚みは3.5mm

 

リアサイト。フロントと同じくTRU-DOTのトリチウムだ。落っことしてもビクともしなさそうなガッシリとした作り。そして、暗闇でもバッチリ見える

 

 思えばHKは、何事も早過ぎて失敗のパターンが多い。ポリマー素材が然りであり、USPではアクセサリーレイルの問題もあった。レイルのコンセプト自体はグロックより早かったが、独自規格のため汎用性が無く、コレをアダプターで誤魔化しつつ2001年のP2000まで長々引きずった。しかも、USP自体は未だに旧レイルのままというしつこさである。

 

P9Sと。トリガーガード周辺にポリマーを投入し、ローラーディレイド・ブローバックメカを搭載した半ポリマー銃だ。1969年にSAのP9が出て、その後DAのP9Sが70年に出た。個人的に、HKの銃では一番好きかもの一挺。U.S.Navy SEALsがサイレンサー用ピストルとして使ったことでも有名だ


 おっと、悪口はほどほどにしよう。VP9の発売価格は719ドルと、HKの製品としては異例の低価格だった。前作のP30(2006年)が軽く1,000ドル超えだったことを考えると超破格。無論コレは、広範囲のユーザー獲得を狙った作戦だ。コロナ前なら、上手くすれば500ドル台で新品が買えた。HKの製品がそこまでお求めやすくなるとは誰も想像しなかったろう。

 

右サイドをアップで。ひょろ長く延びたスライドキャッチは華奢に見えるが、操作性に問題はない。薄目だから携帯性が良く、トリガーフィンガーを載せても違和感なしだ。スライド後部には、スライドの操作を助けるチャージングサポート(樹脂製)を設置。見た目もカッコイイし、コレは使える

 

こちらはP9Sの右サイド。一気にシンプルな風景となり、樹脂製トリガーガードの派手さだけがひたすら目立つ。ああ、素晴らしい。この激しさこそがHKだ。なお、初期の製品ではトリガーガードの指掛けはなかった

 

 コロナ禍の現在(2021年)は、銃不足の影響で最低でも749ドル、800ドル近いところも多い。標準小売価格自体も或いは上がっているかもしれない。で、ご覧の個体は新品ではなく、ARMSLIST経由の中古だ。売り主は当初700ドルと言ってきた。それを680ドルに値切って購入。銃自体は真っさらのほぼ新品状態だったのは一応ラッキーか。

 

エジェクションポート。コレがショートリコイルのロッキングリセスを兼ねる。大型のエキストラクターにはチェンバーにカートが入ると赤ペンキが浮く仕組みがあるが、浮きが浅くていまいち判別しにくい


 じっくり眺めれば、HKらしいニヒルな外観である。スライドのカッティングなど実に凝っている。USPが持っていたごっつさも残り、グロックに比べると全体としてやや分厚い雰囲気。イメージ的には、グロック系というよりもスライド後部の形状からワルサーP99、PPQの流れを強く感じる。

 

グロック17と。コレはセカンドジェネレーションだ。スライドが分厚いVP9は、グロックにくらべて少々大柄な印象。ガストン・グロックはHKのポリマー理念を参考にグロックを設計したと伝えられる。VP70を失敗のまま終わらせてしまったHKにとって、グロックの登場はそれこそ衝撃以外の何物でもなかったろう


 各部の仕様を見ていくと、


モデュラーグリップ

 前作のP30から受け継いだモデュラーグリップシステムが健在だ。大中小の三種のバックストラップとサイドプレートの交換により、計27通りのグリップフィーリングが試せる。

 フロントストラップのフィンガーチャンネルもうるさくなく、また表面のテクスチャーもUSPほどアグレッシブ過ぎない緩やかさが万人向け。

 

コントロールレバー
 スライドキャッチは便利なアンビで、極めてスリムな作り。またマグキャッチはHK伝統のパドルタイプで、コレもアンビ。パドルタイプが苦手な人は、ブッシュボタン式のVP9-Bの選択肢もある。不用意なマガジン落下の危険性を考えると、パドルタイプに利がある。

 

緩やかなカーブの細身トリガー。指セイフティの中央に一本、そしてトリガーフェイスにも左右1本ずつのグルーブが入る。間取りの広いトリガーガードは指掛け付き。前面にはグルーブだ

 

おまけでグロックのトリガーも。改めて眺めると、結構ボリュームがあって分厚い。登場当時、物議を醸した指セイフティも、今じゃ当たり前の風景になった


サイトシステム
 MEPROLIGHT社のTRU-DOT TRITIUM NIGHT SIGHTを装備。暗闇の中で、緑の三つのドットが力強く光る。ベーシックモデルには、蛍光スリードットで斜め三角形状のものが付く。トリチウムの威力は別として、自分としてはごっついシェイプのこちらが好きだ。

 

チャージングサポート
 スライドの後端にチャージングサポートなるものを設置、コレはスライドの操作を助けるツマミだ。実に便利で、脱着も可能なパテント物。デザインは二種あり、VP9にはシンプルな細身型が標準装備され、SFP9には階段状のステップが付いた中型が標準となっている模様。

 

トップの様子。全面つや消し仕上げで、薄く上がった細いリブが前後に走る。サイトラディウスはほぼマキシマムの162mm


トリガー
 グロックに比べてトリガーはかなり細めだ。XD辺りに似ている。無論、指セイフティが付くが、グロックのようなコッキングによる位置の変化はない。プルは2.5kgで至ってアベレージな引き心地。ストライカーのリセットは3mmだ。


インジケーター
 スライド後面のスライドカバーに、ストライカーのケツを使ったコッキングインジケーターを装備。加えて、エキストラクターにもローディードチェンバーインジケーター機能があるが、変化が微妙でいまいち判別がしにくい。

 

アクセサリーレイルは無論ピカティニー規格。4スロットのフルサイズだ。5.6オンス(約150g)までのアクセサリーの保持が可能


マガジン
 金属製のマガジンはP30と共用。この個体はやや古いため15連だが、2020年からは17連化した。15連を17連にアップグレードする純正キットもある。フォロアーとスプリングとロッキングプレートとボトムプレートの交換が必要。18ドルほどだ。

 マガジンの単体価格は50ドル近いからキットで増量するほうが財布には優しい。が、やっぱり17連の現物が欲しい。

 

ワルサーのP99と。ストライカーのデコッキングやらDA/SAをしっかり使い分けるトリガーメカ等々、数々の新機軸を搭載したワルサーの名に恥じない渾身のモデル。007も使ったし、もっと評価されるべきポリマー銃と自分は思う


 ざっとこんなところか。あと、ハウジング部のドロップセイフティ(ファイアリングピンセイフティ)が新鮮。プランジャー式ではなく、回転式なのだ。トリガープルへの影響を抑えるアイデアだ。

 いかがだろう。各所に小ワザを利かせている反面、昔のHKのような大胆なアプローチは控えている。でも、それで全然良いだろう。

 

後部風景。台形のスライドおよびスライドプレートの形状はワルサーP99にそっくり

 

ストライカーがコックされると、ストライカー後部の赤い印が中央の穴に浮く。外へ突き出るわけではないので、指で触っての確認は出来ない


 今はグロックの天下だ。グロックはもはや“ポリマーの1911”状態だ。定着度の次元が違う。同銃が提唱した“ストライカーでサムセイフティ無しで指セイフティのみ”の簡潔刹那スタイルが軍/LE向けフルサイズポリマーの王道と化している現在では、無理に毛色の違った新機軸を打ち出しても亜流扱いが関の山。だから、「この際、ウチも王道で」と割り切り、価格を落として広範囲の普及を図る…コレしかなかろう。

 

オマケで、P99の後部風景。こちらは、赤く塗られたストライカーのケツが外部にまで突き出るから、視覚のみならず触覚での確認も可能だ


 だって、あのワルサーP99(1996年)のコリコリに凝ったトリガーメカやら可変グリップやらストライカーのデコッキング機能をもってしても、グロックの流れは変えられなかったのである。グロックよりもスタイリングで上回るモデルも多数出たが(初期型シュタイアー等)、ブームには至らなかった。

 

こうもり傘というか、BAT-MANみたいな模様のグリップ。P30から受け継いだモデュラー構造を持つ。バックストラップおよびサイドパネルの交換により、シューターの好みに合わせたグリッピングに変更が可能。写真はMサイズのバックストラップと同じくMサイズのグリップパネルの組み合わせ。筆者にはコレが合う

 

 グロック以外の全メーカーはどんどん進化し、進化していないのはグロックだけみたいな按配なのに、勝てない。さらに言えば、グロックは“ブルーレーベル”という軍/LE向けのサービスプログラムを全米の加盟ガンショップで展開している。コレは現役のみならず、退役した元軍人やら元警察官やら元消防士までもが大幅な割引価格でグロックが買えるサービスだ。まさに“生涯グロック”って感じ。アレには負けるだろう。

 

フレーム内部の様子。白く光る大型の金属製ロッキングブロックが目を惹く。レイルとしてかなり剛性が高そう。後部にはシア、シアリリースキャッチ、トリガーバー等が見える

 

 しかし、だからこそ他社は決して焦らず、今後とも引き続き地道な努力を積み重ねていくしかないと思うのだ。恐らくグロックとしては、ドラスティックな変化など考えてはいまい。浸透度が半端ないし、特に不備もない。このままマイナーチェンジのみで行けるところまで行くに違いない。

 

 逆に言えば、ポリマー銃の未来が大きく変わることがあるとすれば、それは多分、他社の製品の仕業に違いない。変化はいつの日か、嫌でも必ずやってくる。肝心なのはWalk On(歩み続けること)のスタンスだ。

 

マグウエルもチェック。大きく開き、内側の縁には薄っすらと面取り加工もある


 以上、偉そうな持論を展開してすみません。それでは実射のその前に、少々ショッキングな話題を一個。

 実はご覧の中古VP9を手に入れる直前に、自分は新品のVP9をネット経由で遠方のショップから購入し、地元のショップへ郵送してもらう手続きを取った。その銃が、なんと輸送途中で盗難に遭ってしまったのだ。中身を抜かれて、空箱だけが地元のショップへ届いた。

 

 幸い、名義変更の前だったから将来的に悪用されてもこちらに責任が及ぶ心配はなく、代金のほうも全額保証されたが、どうにも怒りが収まらない。こんなの、初めての経験だ。

 

簡易分解。安全確認後、スライドをホールドオープンさせ、テイクダウンレバーを下げればスライドアッセンブリーが前方へ抜ける。グロックのようにストライカーを落とす必要はない。テイクダウンレバーはスライドを引いた状態でないと動かず、またテイクダウンレバーを下げた状態ではマガジンの挿入はできない安全設計。スライドのハウジング部には回転式のドロップセイフティ(ファイアリングピンセイフティ)が見える。データは、全長186.5mm、全高137mm、スライド幅28.9mm、フレーム幅27.6mm、全幅34mm、バレル長104mm、バレル先端径14mm、装弾数15+1発、重量753gといったところ

 

 地元警察から事実確認の電話を貰った時には、思わず「何か自分に出来ることはない?」と聞いてしまったよ。自分はコンシールドキャリーライセンスは持っているし、犯人のアジトが分かって警察が踏み込む際には、このVP9に替えマグを5本くらい持って是非とも参戦したいと本気で思うぜよ。
 まったく、何処のどいつか知らんけど、見つけたらタダでは済まさんからな!

 

続きはこちら

 

TEXT&PHOTO:Gun Professionals サウスカロライナ支局

 

この記事は月刊ガンプロフェッショナルズ2021年9月号に掲載されたものです

 

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