2023/12/23
【陸上自衛隊の戦闘車輌】“戦車を動かすお仕事” 89式装甲戦闘車乗員へのインタビュー
89式装甲戦闘車を“動かしている”のはどんな人たちなのか?
戦車を中心とする機甲部隊は戦場を迅速に機動し、高い突破力を備えることで地上戦闘の切り札となりうる存在だ。陸上自衛隊においても戦車をはじめとする各種の装甲車輌は花形装備ではあるが、高価で複雑なため運用にはハイレベルな技術力を必要とする。それゆえ、戦車の乗員や整備員など、こうした車輌を“動かしている”隊員とはどのような人たちなのか、ミリタリーファンでなくとも興味が湧くところなのではないだろうか? 2023年3月に発売されたホビージャパンMOOK「陸上自衛隊の戦闘車輌」では、取材時に隊員の方々にインタビューする機会を設けていただくことができた。今回は我が国唯一の機甲師団である北海道の第7師団で、89式装甲戦闘車(89FV)を装備する第11普通科連隊の隊員にお話をうかがっているので、ご紹介していこう。
※インタビューさせていただいた隊員の方の所属・階級は2022年取材当時のものです。
第11普通科連隊第3中隊 中隊長
大田 忠 3等陸佐
――部隊の特徴について教えてください。
大田:FV(89式装甲戦闘車の略称)は普通科隊員を乗車させて対機甲戦闘ができる車輌で、武装は35mm機関砲と7.62mm機関銃、対戦車誘導弾などです。本車は戦車とほぼ同じ機動性を有しており、戦車部隊と一体的に運用されるのが特徴です。我々のような普通科部隊には、戦車部隊にはない「広い地域を確保する能力」があり、それぞれ補う形になっています。地域を占領する際には、FVのみだと弱点ができる場合もありますので、下車部隊の隊員を展開させます。
――第3中隊のエンブレムやモットーについて。
大田:エンブレムのモチーフは地獄の番犬“ケルベロス”で、要望事項(モットー)は「必中・必通・快走」です。「必中」は高い射撃技術を維持し、執念をもって任務に当たるということ。「必通」は通信が必ず確保されるように整備し、お互いを信頼するということ。「快走」は車輌がしっかり走行できる状態にしておくことを指し、整備の人たちなども含めたチームワークを大切にしています。
――指揮官の心構えについて。
大田:「率先陣頭」「先見洞察」「軽快機敏」の3つを常に考えています。「率先陣頭」は指揮官の私も含めてみんなで任務を達成する、ということ。「先見洞察」については、戦場ではさまざまなことが起こりうるので、作戦をうまく遂行するには常に先読みをしなければならない、ということ。「軽快機敏」については、作戦においてはなかなか予定通りにはいかないものですので、当初の計画に固執せず、軽快機敏であることが大事だということです。あと、機能的に心がけているのは、やはり通信の確保です。機甲部隊は動きが早く、FV中隊はかなり広い範囲に展開しますので、通信は特に重要となります。
――FV中隊(FVを装備する普通科中隊)と一般的な普通科中隊との違いとは。
大田:FVの乗員の中でも、車輌後部にいる下車部隊は通常の普通科隊員と変わりません。しかし、乗車してFVを動かす「操縦手」「砲手」、これを指揮する「車長」は戦車乗員に準じた形で育成しなければならない、という点が異なります。基本的に乗員は普通科ですが、私は機甲科です。編成は若干特殊なところがあります。
――お仕事の難しさ、やりがいについて教えてください。
大田:教育訓練に関して、先ほど申し上げたようにFV乗員の車長、砲手、操縦手は戦車乗員に準じて育成しなければならないため、長期的な視野で見なければなりません。あくまでも「普通科の行動」+「戦車の乗員」の話であり、隊員に対してかなり負担を強いることになります。厳しく教育しないと危険を伴いますので、厳しく接することの難しさ、心苦しさを感じます。無線を通しての指揮だとどうしても機械的にならざるを得なかったり、強い口調になるわけです。教育訓練、作戦のときは厳しく接していますが、普段は何でも話しやすい雰囲気を出して風通しがよくなるよう心がけています。戦車部隊に随伴して一体となり動けるというのは、3つしかない部隊であるFV中隊だけであり、さらに実験や検証の観点から特殊な部隊運用をしています。我々のやっていることが今後の指標や作戦に重要な部分となる可能性がある。そういう意味では“新しいことを行なっている”という意識があり、やりがいを感じています。
第11普通科連隊第3中隊 無反動砲手
安保 悠 3等陸曹
――担当されるお仕事について。
安保:私は84mm無反動砲M2を扱う「無反動砲手」を担当しています。なお、別の小銃手が弾薬を運搬する「無反動砲副砲手」を兼任しており、任務の際には一緒に行動します。無反動砲は小銃などに比べ非常に重く扱うのは結構大変ですが、日頃の訓練で持ち歩くため重さには慣れてきました。下車して徒歩移動の距離が長くなると下車部隊の皆も大変だと思いますが、訓練は重ねていますので、いざ攻撃となった際には皆一斉に行動できると思います。
――無反動砲手の難しさとは。
安保:無反動砲の場合、例えば目標が装甲車輌の場合は正面から射撃するより、迂回して側面や後方から射撃する方がより効果的ですが、このように敵の特性を理解しておく必要があります。ただ、敵の発見を避けつつ迂回するのは大変ですね。
――職種として普通科を選ばれた理由、やりがいについて。
安保:新隊員教育隊のときの班長にあこがれて、同じ普通科隊員になりたいと思い、普通科を希望して入りました。演習などはきついですが、無反動砲で対抗部隊の戦車を倒せた時は自分が誇らしく、“人間が戦車に勝てた”ということにも面白みを感じます。武器を使いこなせることには、やりがいを感じますね。
第11普通科連隊第3中隊 機関銃手
小野川一颯 陸士長
――担当されるお仕事について。
小野川:「機関銃手」として5.56mm機関銃MINIMIを扱います。戦闘時には機関銃の射撃で火力支援を行ない、小隊の仲間を援護します。
――職種として普通科を選ばれた理由は。
小野川:新隊員前期教育の時の中隊長が普通科で、色々と話をしてくださった際に興味を持ったためです。
――5.56mm機関銃MINIMIの射撃は難しいですか。
小野川:長時間にわたり射撃を続けると、銃身が過熱して本来の性能を発揮できなくなってしまいますので注意が必要です。そのため諸元を知り、特性について教わったことを守りつつ射撃するようにしています。
第11普通科連隊第3中隊 小銃手
福士綾汰 陸士長
――担当されるお仕事について。
福士:「小銃手」として下車戦闘を担当しています。小銃手は無反動砲の弾薬運搬を兼任することもありますが、私は特に担当しておりません。
――職種として普通科を選ばれた理由は。
福士:普通科は小銃、拳銃、機関銃といった小火器をはじめ軽火器や迫撃砲など扱う火器の種類が多く、あらゆる火器に精通できるからです。
――射撃の難しさ、やりがいについて。
福士:小銃射撃では、射距離に応じた命中精度の獲得が難しいと感じています。今は小銃手として技術を磨いている段階ですが、中隊内で行なわれる射撃競技会において5.56mm機関銃MINIMIの射撃で良い結果を残したことがあり、機関銃手としては中隊一の射撃の腕を持っていると自負しています。
第11普通科連隊第3中隊 小銃手兼LAM手
田中統馬 陸士長
――担当されるお仕事について。
田中:「小銃手」兼「LAM(110mm個人携帯対戦車弾)手」の下車戦闘部隊員として対人・対戦車火器の両方を担当し、役割としては、警戒や制圧、支援などを行ないます。小銃とLAMの両方を携行するので大変ではありますね。
――射撃の難しさ、やりがいについて。
田中:高速で動いている車輌をLAMで射撃する場合、少しでも狙いがずれると命中させることができません。移動方向や速度に応じてリード(予測距離)を取らなければならないので、結構難しいと思います。小銃射撃については、ずっと練習を積んできていざ競技会の本番を迎えた時、「移動しながら射撃する」項目で中隊1位の成績をとったことがありました。それがとても嬉しくて「練習してよかったな」とやりがいを感じました。そうした出来事もあり、私の得意分野は小銃射撃です。
――職種として普通科を選ばれた理由は。
田中:私は射撃だけでなく災害派遣などにも関心があります。“普通科はもっとも災害派遣に参加する機会が多い職種”ということを知り、小火器を扱えるということも併せて普通科を希望しました。
第11普通科連隊第3中隊 砲手
星 椋介 2等陸曹
――担当されるお仕事について。
星:砲手はFVが装備する各種火器の射撃を主に担当します。武器としては3種類あり、35mm機関砲と連装銃(74式7.62mm車載機関銃)、そして重MAT(79式対舟艇戦車誘導弾)を、目標に応じて切り替えて撃ちます。
――職種として普通科を選ばれた理由は。
星:やはり“一番強い”からでしょうか。広い範囲を確保するようなことは戦車のみではできず、最終的な勝利を得るために普通科隊員が不可欠ということは、強さだとも思います。
――FVの優れている点、扱いの難しさなどについて。
星:FVの乗員は車体や砲塔周りなどの整備も手掛けています。これは1日、2日でできるものではなく、場合によっては何週間と非常に時間がかかります。訓練と整備がタイミング的に重なるような時は、特に大変ですね。FV中隊は強力な武装と装甲を備えたFVに普通科隊員が乗車して一緒に行動する、というのが最大の特徴で、下車展開した普通科隊員をFVがサポートすることもできます。そこが一番の強みであり、第11普通科連隊の真骨頂ではないかと私は思っています。
第11普通科連隊第3中隊 操縦手
相野幸樹 2等陸曹
――担当されるお仕事について。
相野:FVの「操縦手」は単に操縦すればよいのではなく、経路上の異常の有無を確認しつつ前進し、車長との連携を図りながら操縦することが必要となります。
――職種として普通科を選ばれた理由は。
相野:昔から体を動かすのが好きで、高校卒業後に自衛官となりました。入隊した際、「どの職種が一番体を動かせるのでしょうか」と伺ったところ「普通科」だとのことでしたので、この職種を希望しました。
――FVの操縦は難しいのでしょうか。
相野:今ではさほど難しさを感じていませんが、そう思えるようになるまでが大変でした。操縦技術だけではなく車輌の特性、諸元(性能)など、そういったものをまず覚え、操縦訓練で実際に操縦してようやく技術が身についてきます。そして演習などでそれを実際に活かせるようになるまでの過程は、とても難しかったと思います。FVを操縦するだけでも困難な場合もありますが、同じクルーの車長や砲手と連携を図りながら訓練し、任務達成できたときは、いつもやりがいを感じます。
――89FVの優れた点について。
相野:私が経験している車輌はFVのみです。比較対象として、いつも一緒に行動している90式戦車や10式戦車の武装や装甲が優れているのは当然ですが、FVは戦車に随伴できる機動力については同等で、普通科の装備する車輌としては優れていると思います。
第11普通科連隊第3中隊 小隊長
六鎗俊昭 3等陸尉
――ご自身の役割について。
六鎗:FV中隊の小隊長は自車の車長も兼ねます。自車の指揮もとりつつ3~4輌からなる小隊を指揮するため普通の車長よりも大変ですが、より責任のある役割を担っています。
――職種として普通科を選ばれた理由は。
六鎗:元々、普通科が好きだったということもあり、自ら望んで希望しました。今はこの第11普通科連隊で、連隊長の目標である「世界一の機械化連隊の創造」の実現に貢献できることを自分の役割だと考えています。
――お仕事の難しさ、やりがいについて。
六鎗:まず、小隊長として何十名もの隊員を常に掌握しておくことは難しいですね。さらに、任務では普通科だけでなく機甲科、特科、施設科など諸職種と連携することが多く、調整しながら行動する難しさはあります。しかし、それがうまくいき、作戦任務が成功した時には他に代えがたい達成感があり、やりがいを感じます。
――FVの特徴、扱いの難しさについて教えてください。
六鎗:FVは戦車部隊と共に行動できることが一番の特徴だと思います。車長はFVの3種類の火器だけでなく、下車分隊の隊員が装備する火器のことも知っておかなければならないので、このように多種多様な火器を覚える大変さはあります。そうしたFV中隊ならではの特殊性を理解し、一通りの火器を扱えるようにしておかいないと、小隊を指揮することはできません。それゆえ、私は第11普通科連隊で普通科が扱うひと通りの火器に加え、FVの装備する3種類の火器を扱うことができますので、そこには誇りも感じます。
ホビージャパンMOOK
「陸上自衛隊の戦闘車輌」好評発売中
「月刊アームズマガジン」の自衛隊レポートでもおなじみのフォトジャーナリスト・笹川英夫の取材による、陸上自衛隊の現役国産戦闘車輌5種(10式戦車、90式戦車、74式戦車、16式機動戦闘車、89式装甲戦闘車)の写真集がホビージャパンより発売中。陸上自衛隊の全面協力により実現した、新規撮影による各車輌の全体から各部ディテールに至る多数のカットに加え、笹川氏がこれまで訓練取材などで撮影してきた走行中や主砲射撃などの迫力あるシーンも収録。元戦車乗員のライター、平藤清刀による各車解説は自身の体験に基づくエピソードも盛り込まれ、興味深く楽しめる内容となっている。
TEXT:アームズマガジン編集部
PHOTO:笹川英夫
協力:陸上自衛隊第7師団司令部総務課広報・渉外班
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