2023/12/17
【陸上自衛隊の戦闘車輌】“戦車を動かすお仕事” 90式戦車乗員へのインタビュー
90式戦車を“動かしている”のはどんな人たちなのか?
戦車を中心とする機甲部隊は戦場を迅速に機動し、高い突破力を備えることで地上戦闘の切り札となりうる存在だ。陸上自衛隊においても機甲部隊に配備される戦車など各種装甲車輌は花形装備ではあるが、高価で複雑なため運用にはハイレベルな技術力を必要とする。それゆえ戦車の乗員や整備員など、こうした車輌を“動かしている”隊員とはどのような人たちなのか、ミリタリーファンでなくとも興味が湧くところなのではないだろうか?
2023年3月に発売されたホビージャパンMOOK「陸上自衛隊の戦闘車輌」では、取材時に隊員の方々にインタビューする機会を設けていただくことができた。今回は我が国唯一の機甲師団である北海道の第7師団で、90式戦車(90TK)を装備する第72戦車連隊および第71戦車連隊の隊員にお話をうかがっているので、ご紹介していこう。
※インタビューさせていただいた隊員の方の所属・階級は2022年取材当時のものです。
第72戦車連隊第5中隊 中隊長
佐々木喜規 3等陸佐
――まずは部隊の特徴について教えていただけますでしょうか。
佐々木:第72戦車連隊第5中隊では90式戦車を装備しています。部隊の特徴としては、令和3年度北部方面隊戦車射撃競技会で小隊対抗の部、中隊対抗の部ともに優勝を果たし、過去10年間で優勝3回、準優勝3回の実績があります。伝統的に陸曹が強く、これは先輩が後輩をしっかりと育てていることが結果に表れているのだと思います。なお、第72戦車連隊の白馬のマークは、機甲のルーツである“騎兵”に由来しています。
――90式戦車はどのような戦車でしょうか。
佐々木:一般的には戦後第3世代MBTと言われていますが、まだまだ現役で活躍できる結構タフな戦車で、ほかの戦車と比べても見劣りしないと考えております。私は自衛隊入隊後に第71戦車連隊に配属され、幹部になってからは第72戦車連隊と、第7師団の隷下部隊に所属しており、入隊時からずっと90式戦車に触れて育ってきました。戦車の評価基準として「火力」「機動力」「防護力」がありますが、90式戦車はその3つのバランスが非常によい車輌だと感じています。「指揮通信」という、情報のやり取りの面ではモニター上で情報を共有できる10式戦車に比べ見劣りする面もありますが、それは無線を駆使して意思疎通することでも補えますので、大きな欠点ではないと考えています。
――中隊長のモットーとは。
佐々木:要望しているのは「ともに参れ」。これは、我々の組織力を発揮して任務を成功させる、という意味です。個々の能力を高めていくのは当然なのですが、やはりそれぞれ得手不得手はありますので、お互いカバーしあおう、ということですね。中隊の隊員は機甲科で戦車乗りということもあり、皆戦車が好きだとは思います。雰囲気は和気あいあいとしております。
――指揮するうえで、どのようなことに気を付けておられますか。
佐々木:先ほどの話にもありましたとおり、“組織力”を発揮できないと任務を遂行できない、ということになりかねません。そうならないよう、任務の目的や目標などをしっかり明示して、皆が「同じ認識」で目標に向かって任務にまい進できるように心がけています。具体的には“自分が何をやらなければならないのか”ということを理解できるように指揮しています。
――部隊運用の難しさ、中隊長としてのやりがいについて教えてください。
佐々木:戦車部隊は広域に展開して目の届かないところで行動しますので、それを無線のやり取りのみでしっかり掌握するのは非常に難しいことです。それぞれに自分がどう動きたいかをいかに伝えるか。その難しさこそ、やりがいであるとも考えています。
第71戦車連隊第5中隊 小隊長
中塚浩之 2等陸尉
――小隊長のお仕事について教えてください。
中塚:通常であれば3~4輌の戦車小隊を指揮し、戦闘を行なうことが私の役割になります。また、車長として操縦手および砲手を指揮し、自車の頭脳としても機能します。人間に例えると砲手が銃を持つ腕、操縦手が足で、車長が脳ですね。脳が腕と足に「あっちにいけ」「こっちにいけ」「あれをやって」などと命じて身体(=戦車)を動かすイメージでしょうか。
――職種として機甲科を選ばれた理由は。
中塚:私は歴史が好きでして、第二次大戦におけるドイツ軍の戦車エースに感銘を受けたことをきっかけに戦車に乗ってみたいと考え、自衛隊に入隊しました。陸士からスタートしたのですが、その時点では運悪く枠がなかったため、普通科に行きました。車輌の操縦手にはなりましたが、やはり夢をあきらめきれず幹部候補生試験を受けなおし、その際に機甲科を熱望して夢が叶い今に至ります。
――90式戦車の特徴について。
中塚:訓練では74式戦車にも乗車したことはありますが、やはり90式戦車は74式戦車に比べて足(スピード)が圧倒的に速いです。また、16MCV(16式機動戦闘車)のタイヤとは違って履帯(キャタピラ、トラック)ですから多少の不整地でも進んでいける機動力があります。主砲の120mm滑腔砲は74式戦車の105mmライフル砲とは別次元と感じるほどグレードアップしていますし、“タフな戦車”だと思います。
――お仕事の難しさについて。
中塚:車長という立場では、生身の人間と違い腕(=砲手)と足(=操縦手)は別の視点で動いている、ということがあり、また先を読む時間感覚が必要というところでしょうか。普通の人間であれば、歩きながら「どうしようかな」と考えている間に次の対応もできると思いますが、90式戦車の場合は人間よりはるかに速いスピードで走っています。そのため、通常の感覚で「次の角を右へ」と指示を出しても「どこかな?」「あ、通りすぎた」となってしまいますので、車長は先の展開を考えながら次々に指示を出していく必要があります。「敵がいるかもしれない」という場合も同じで、うまく速度を落としたり上げたりしないと、警戒どころか自分の行きたい場所に車輌が行けません。慣れないうちは大変ですが、乗員と何回も訓練を重ねていくうちにお互いに信頼関係ができ、「この方向を警戒しろ」と言うだけで「この方向の、あの林の、あのあたりを警戒しろ」と全部言わなくても「だいたいあのあたりかな」と理解して動いてくれるようになってきます。こうなることが(戦車乗員の)究極の形だと思いますね。
――小隊長としてはいかがでしょうか。
中塚:ほかの車輌に気を配り「1番車、2番車はここ、3番車はここへ行け」と指揮をとる際、自分の車輌に「右行け、左行け、止まれ」と逐一指示を出していられない場合もあります。中隊長も含め指揮官クラスの乗員は、自分が戦いつつ周りも指揮しなければならず、最小限の意思疎通で車輌を動かすことが求められます。それは凄腕でないと務まりません。少ない言葉でも意思疎通ができる小隊長や中隊長、そして戦車乗員は他と一線を画す実力を持っているのではないかと思いますね。ただ、戦車に乗っていると隠れている歩兵を見つけるのが難しい場面もあります。そこで、味方の普通科をどうフォローし、連携をとっていくか考えるのも小隊長の仕事になってきます。あとは、後方から火力支援してくれる特科や、地雷を処理してくれる施設科などともやり取りをしつつ、戦車の弱点を諸職種との連携でカバーし、90式戦車の能力を最大限活かせるようにいつも思案しています。歩兵(普通科隊員)と比べても戦車は強大ですので、それをいかに駆使して戦うのかを考え、自分の指揮で敵戦車を撃破して順調に進撃することができたり、作戦がうまくいったときにはとてもやりがい、達成感を感じます。
第71戦車連隊第5中隊 砲手
山本浩二 3等陸曹
――砲手の役割について教えてください。
山本:訓練における戦車砲の整備、使用部隊火器の準備および整備です。戦車に乗車しているときは砲手として機銃なども操作します。
――職種として機甲科を選ばれた理由は。
山本:元々、自衛隊についてはあまり知らなくて、自分なりに自衛隊といえば“戦車”というイメージが一番にあり、希望した機甲科に進み今に至ります。
――お仕事の難しさ、やりがいについて。
山本:主砲の射撃は狙ったところにまっすぐ弾が飛んでいくというものではなく、様々な条件(気温や風向など)によって変化するので、それを読んで照準することがなかなか難しいですね。射撃の精度を追求しつつ、いかに当てるか。そこにやりがいを感じます。戦車はピンポイントで当てにいく車輌ですので、砲手である自分の仕事をまっとうできるよう、なるべく初弾で当てられるように努めています。うまく当てられるようになると嬉しいですね。
――90式戦車の優れた点とは。
山本:砲手として見ると、やはり主砲の120mm滑腔砲でしょうか。90式は自動装填装置を装備しているので、自らの操作で異なる弾種の砲弾を装填し、射撃することができます。また、スイッチ1つで機関銃に切り替えられ、目標が歩兵部隊だったら機関銃、装甲車以上だったら戦車砲というように主砲と機関銃をそれぞれ使い分けることができます。あと、90式の主砲は高性能な砲安定装置を備えており、照準時は目標に自動で追随するため、自車が動いていても安定して射撃しやすい、という特徴もあります。演習場は結構高低差が激しく地形も様々ですが、それでも走行しながら安定した照準ができるところは優れていると思います。74式戦車よりも90式戦車、90式戦車よりも10式戦車が優れているのでしょうが、90式戦車は操作面の扱いやすさが特に優れていると思います。
第71戦車連隊第5中隊 操縦手
相馬恵多 3等陸曹
――操縦手の役割について教えてください。
相馬:90式戦車の操縦に加え、経路の選定などがあります。操縦手は走行時、たいてい車長に経路を示されますが、自分で考えて経路選定する必要があったりします。また、戦車の“目”のひとつとして、索敵を行なうことも操縦手の役割です。
――職種として機甲科を選ばれた理由は。
相馬:私の場合は普通科を希望していたのですが、第2希望の機甲科に選ばれ、戦車部隊に配属されました。また操縦手という役割を通じて同じ乗員である砲手や車長の役割を見ているうちに、自分が砲手になったら、車長になったらどうするだろう、そういったことを自ずと考えられるようになってきました。今では戦車部隊に配属されてよかったと思います。
――90式戦車の操縦について。
相馬:私は免許を取る時に乗車していたのがAPC(73式装甲人員輸送車)で、戦車は90式以外経験していません。そのため他の戦車と比較することはできないのですが、私の場合90式の操縦についてはさほど難しいとは思わず、むしろ無線機の操作の方が難しいと感じました。ただ、林の中など(地形、経路の難所)ではギアや速度などを考えながら操縦しないと、速度が出過ぎていてカーブを曲がれず、結局切り返しをすることになったりしてスムーズな走行ができません。旋回半径など、戦車の動きの特性をしっかり覚えておくことが必要になります。
――お仕事の難しさ、やりがいについて。
相馬:戦闘行動でいえば、どうすれば車長の指揮が容易になるのかを考えながら操縦するのは、難しいところですね。あと車体の整備についても、できるところは乗員で行なっています。操縦手は車体を見るのがメインなので、「こういう故障だったら何が原因なのか」と、そういうことを考えたりして整備を行ない、うまくいった時にはやりがいを感じます。
ホビージャパンMOOK
「陸上自衛隊の戦闘車輌」好評発売中
「月刊アームズマガジン」の自衛隊レポートでもおなじみのフォトジャーナリスト・笹川英夫の取材による、陸上自衛隊の現役国産戦闘車輌5種(10式戦車、90式戦車、74式戦車、16式機動戦闘車、89式装甲戦闘車)の写真集がホビージャパンより発売中。陸上自衛隊の全面協力により実現した、新規撮影による各車輌の全体から各部ディテールに至る多数のカットに加え、笹川氏がこれまで訓練取材などで撮影してきた走行中や主砲射撃などの迫力あるシーンも収録。元戦車乗員のライター、平藤清刀による各車解説は自身の体験に基づくエピソードも盛り込まれ、興味深く楽しめる内容となっている。
TEXT:アームズマガジン編集部
PHOTO:笹川英夫
協力:陸上自衛隊第7師団司令部総務課広報・渉外班
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