実銃

2023/11/11

【実銃】ジェームズ・ボンドの名銃「PPK」その米国輸入モデルである「PPK/S」の細部に迫る【中編】

 

中型DAオートのマスターピース

WALTHER PPK/S

 


 モーゼルHSc、HK4、ベレッタ84、SIG P230….380ACPを撃つ往年の中型ダブルアクションオートはどれも過去の銃になってしまった。唯一、PPKとPPK/Sだけが生き残っている。ストライカーファイアとショートリコイルを組み込んだ現代のコンパクトオートは、軽くて撃ちやすい。うっかりするとPPKサイズでありながら9mmパラ仕様だったりするのだ。

 時代は変わった…それでもやっぱり往年のPPKとPPK/Sには魅力がある。
 

 


 

タキシードを着たワルサー

 

 ようやく手に入れたこのPPK/S。コチッとシャープな造形が実に凛々しい。眺めるたびに惚れ惚れする。

 

 ステンレスも、ブルーモデルに負けず劣らず美しいものだ。黒グリップとのツートンカラーが、まるでボンドのタキシードみたいで素敵。軽妙なムーア・ボンドが握ったらきっと似合ったに違いない。ブロスナンでも行けたなあ。

 

ワルサーのPPと。コレは.22口径版だ。大型に近い中型銃。薄さと細さが美しい。ボンド映画の初期作品ではPPKの替わりにしばしば登場。昔の自分はこの間延び感が苦手だったが、最近ではとてもオシャレに思う


 シリアル番号から製造年が割り出せないかとあちこち当たったが、インターアームズは97年に消滅して資料も失われているらしく、特定は難しい。箱付きの完品なら、試射ターゲットの日付から知れるのだが残念無念(ドイツ時代のワルサーだとエジェクションポートに製造年の刻印が打ってあって一目で分かる)。

 

上から覗く。PPK /Sのスリムさがよく分かる光景だ。トップ部は一段上げてギザギザのグループを入れ、艶消し処理が施してある


 ただ、付属するマガジンが右サイドの残弾確認穴にナンバーが入って無い初期の物なので、コレがオリジナルとすればそこそこ古いモデルのはずだ。多分80年代後半か。

 

 ちなみに、昨今売られている純正マガジンは、ツルツルのニッケルめっき仕上げがテカテカ光って非常に安っぽい。インターアームズ時代は、やや黄色掛かった艶消しのニッケルがとてもシックで品があった。   

 

ハンマーはコンシィール性を気遣ったコーンタイプ。程よい出っ張りとセレーションの確かさにより、コッキングの感触は全然悪くない


 さて、自分は前章で、「PPKよりもPPK/Sのほうが好きなのはモデルガンのせい」と書いたが、理由はそれだけでは決してない。機能の面でも、PPK/Sのほうが勝ると考えるからだ。 


 PPK/Sは、PPKより高さが7mmほど増し重量も55gほど増えた。が、コンシィールド性にさほどの影響はなく、むしろ握り易くなって装弾数も1発増えた利点は絶対に大きい。また、グリップがPPKのバックストラップを覆う箱型ではなく、PP流れの単なるプレート型なのも良い。なぜなら基本割れにくく、造形が単純なのでアフターマーケット物が出やすいからだ。

 

カプセル型のエジェクションポート。長さ約27mm、幅が約12mm。.380のケースを飛ばすには十分な大きさだ。エキストラクターの艶消し処理がまたオシャレ。芸が細かい

 

 PPKの箱型グリップは構造上強度が低めでやや分厚く、角張った形状が握りにくかった。特にバックストラップの底部が手のひらをグイグイ責めたのはいけなかった。それが、PPK/Sでは随分和らいでいるのだ。“制約は一つのヒント”とデザイン学校時代に自分は習ったが、まさにその通り。

 

 加えて、元々ワルサーのPPおよびPPKには流れるような機能美があったのが、両者の合体によってその美しさに磨きが掛かっている。でっち上げが功を奏し、かえって素晴らしい中型拳銃が生まれた按配だ。

 

 おっと、コレ以上書くとPPおよびPPKファンに怒られるかな。

 

トリガーの幅は8mm。前面にはグルーブが切ってある。プルはDAが6.2kg、SAが1.8kgだ。古いデザインの割りにはカーブがさほどきつくなく、指の感触は良い


 自分は以前から、インターアームズ製は本国ドイツ製よりもクオリティが上とのウワサを聞いていた。今回、手元にあるドイツ製の黒PPやら黒PPKに比べて感じた印象としては、外観の仕上げは両者で甲乙は付け難い。が、PPK/Sはトリガープルがやや粘る感触か。ただしコレはステンレスの素材が影響しているのかもしれない。あと、PPK/Sはスライドが上下にややぐら付く。コレに関しては、中古品の経年劣化としておこう(手元のステンレス版PPKのほうはかなりタイト)。


 ドイツ製より上、とまではいかないにしても、アメリカ製品の割りには品質は全然良いほうといったところだろうか。

 

スライドに設置したサムセイフティ。コレがファイアリングピンをブロックし、且つデコッキングレバーを兼ねる。完璧に近いワルサーのセイフティシステムは、後の銃器のお手本になった

 

レンジのドットが消えたらオンだ。レバーの切れは小気味よい。トリガーはきちんと固まり、S&WのDAオートのようにスカスカ引けない点も絶対に気持ちが良い


 なお、インターアームズPPK/Sの最終価格は560ドル、現在の中古相場は600ドル辺りだから、意外とそれほどに高騰はしていない。しかしこの先、価格は確実に上がっていくだろう。インターアームズを買うなら、今が最後のチャンスと思う。

 

ワルサーではお馴染みのローデッドチェンバーインジケーター。視覚のみならず、指先での触覚チェックも可能。リアサイトはドーブテイル留めだ。ノッチはスクエアで、その幅2.8mm。ノッチの下にオレンジの四角ドットが入る


 それでは実射編のその前に、コレは何度も書いているが、個人的にどうしてもS&WブランドのPPKおよびPPK/Sは許せないクチである。インターアームズ消滅後、2000年代の初頭にワルサーとS&Wとの提携で生まれた、テイル部がピョイーンと伸びたアレである。

 

樹脂製の黒グリップ。薄めのシェイプと程々のチェッカーが上品。PPKよりもバックストラップの底部の出っ張りが緩やかで手に馴染みやすい

 

 PP系の持病だったスライドカットを防ぐ目的からのモディファイではあったが、視覚的なバランスが完全に崩れた。前述の通り、ワルサーのPPシリーズは洗練された美しさに溢れている。一切のモディファイを拒否した完成されたフォルム、犯し難い定着したデザインがそこにあったにもかかわらず、S&Wはやってしまったのだ。

 

ボトム部も見る。面取り加工等はなく、各所に鋭いエッジが残る

 

フレーム内部の様子。エジェクターがスライドストップを兼ねる。オートマチックファイアリングピンブロックは無いが、ハンマーブロックの位置と動きにその萌芽が垣間見える。ランプの磨きはとてもていねいだ


 興覚めとはまさにこの事である。シューター全員に同じ症状が出るワケでもないのだし、噛み付き防止の特殊グリップを考えるとか、またはグリップアダプターのような形式の付属品を造ったら良かったんだよね。

 実際、グリップで挟み込んでテイルを伸ばすアダプターはアフターマーケット物を見た事がある。恰好は異常にダサくなるが、基本脱着が可能であれば、元々のゴールデン・プロポーションを崩すことは無かったはずとつくづく思う。

 

 アレが実用第一主義のアメリカ的な考え方なのだろう。ヨーロッパとは根源的に美的センスが違うような気が自分はする。

 

ワルサーのPPSとも並べる。ストライカー方式のポリマー銃。このコンパクトさで9mmパラのショートリコイルだ。自分がボンドなら、迷わずこっちを選ぶだろう。PPK/Sが歴史の遺物に追いやられるのは寂しい限りだが、それが時代の必然であり、現実なのだ

 

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Photo&Text:Gun Professionals サウスカロライナ支局

 

この記事は月刊ガンプロフェッショナルズ2019年8月号に掲載されたものです。

 

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