2023/05/20
【実銃】美しき古式銃を手掛けるガンスミス「アンドレアス・バウムキルヒャー」【前編】
Andreas Baumkircher
& Under Hammer Guns
アンドレアス・バウムキルヒャー氏は、マズルローダーガンのガンスミスだ。同時に世界中の射撃大会に参加して多くのメダルを獲得している優れたシューターでもある。バウムキルヒャー氏の作る銃は、高い命中精度を備えており、そして美しい。そこには現代の銃とは全く別の魅力が秘められている。
ブダペストからウィーンに陸路で移動する場合、いつも立ち寄るところがある。自宅の敷地にある工房で、手作りの銃を製作している。そんな場所だ。いつも笑顔で迎えてくれる大柄な初老のガンスミスは、Andreas Baumkircher(アンドレアス・バウムキルヒャー)氏。彼はブラックパウダーの銃を専門に製作している。
Model Billinghurst
- 口径:.36(バレル交換で.38 .40 .45にすることも可能)
- 銃身長:200mm(6条 右回転:1-450mm)
- 照準線長:280mm(アジャスタブル)
- 重量:1,150g
- 精度:3cm/25m
- トリガープル:約300g
- ローディングデータ:.36(.350ラウンドボール)
13gr Swiss Nr.2, パッチ 0.25mm, パッチ直径19mm
ブラックパウダー(黒色火薬)の歴史は長い。硝石75%、硫黄10%、木炭15%を混合するとブラックパウダーになる。10世紀以上前に唐(西暦618年から907年まで存在した中国の王朝)で発明された。これを使った武器として突火槍が12世紀に登場、これが発展して銃の形態となった。そして19世紀末にスモークレスパウダー(無煙火薬)が登場するまで、銃の発射火薬として使われ続けた。この間、発火方式はマッチロックからフリントロック、パーカッション、そしてメタリックカートリッジまで進化している。
アンドレアス・バウムキルヒャー氏の作るブラックパウダーガンは、パーカッション方式の銃で、クラシックながらも、時計仕掛けのような精密な撃発機構を組み込んでいる。
彼の工房を訪れると色々と見せてくれるのだが、正直古式銃ということもあり、「凄い!」とは感じつつも興味をそれほどそそられるということもなかった、というのが本当のところだ。
氏には失礼だが、ブダペストへの帰り道で一仕事終えた疲労を感じつつ、これから4時間ほどのドライブが待っていることもあり、話の後半はいつも聞き流す程度になっていたことも多々あった。それでもこの工房を訪ねていたのは、そこにある銃の美しさに魅せられていたからに他ならない。
ところがだ。ある時、バウムキルヒャー氏は
「この銃はグロックなどよりはるかに命中精度が高い」
そう言い切ったのだ。そこでパチッと筆者のスイッチが入った。この人物がなぜそれほどブラックパウダーに魅せられているのか、より興味を引かれて彼の工房に足を運ぶようになった。
バウムキルヒャー氏のパーカッションガンは19世紀の製品ではない。現代の技術を使って製造されているので精度の高いバレルが組み込まれている。しかし、機能はすべて当時のままであり、マズルローダーなのだ。ブレットは銃口部から押し込まれてセットされる。ブリーチ後部を開いてブレットを装填する現代のシングルショットなら精度が高いことは想像できるが、マズルローダーでそんな高い精度を実現できるのだろうか。
正直なところ、筆者はマズルローダーのパーカッションガンに関してほとんど知識がない。かつてイギリスのガンメーカーを訪れたり、そこで知り合ったバース前装銃協会のピートに色々と教わったが、それはハンティング銃でショットガンがほとんどだった。
そもそもバレルにライフリングが刻まれたのはいつ頃の時代だったのか?そう思うと自分の銃の知識の浅さに気付かされた。ライフリングの存在が当たり前である今、その歴史を知らないのだ。そう思って調べてみたら、ライフリング加工されたバレルは1498年にバイエルンのAugsburg(アウクスブルク)で作られていることがわかった。バレルに汚れが着きにくい加工としてバレル内に溝を付けたのが始まりらしい。それによって精度が上がることがわかり研究が重ねられ、1520年にAugust Kotter(アウグスト・コタァ)がこれを改良したと記録にある。
しかし、このライフリング加工は困難であったことに加え、銃がマズルローダーであったことから、弾を素早く装填する技術もなかったという。そういった理由からライフリング加工が幅広く使われるようになるのは19世紀まで待たねばならない。もっとシンプルなポリゴナルライフリングだってイギリスのJoseph Whitworth(ジョセフ・ウィットワース)が1853年に提唱したものだった。
ライフリング加工ができても、マズルローダーである以上、弾は銃口から装填しなければならない。弾をライフリングにしっかり噛ませるには布のパッチが使われる。そんなものでどこまでしっかりと弾に回転を与えられるのだろうか。そう思うと俄然興味が湧いてきた。
バウムキルヒャー氏のパーカッションガンは主にアンダーハンマー方式だ。これが歴史に登場するの1830年代だ。トリガーメカニズムが大幅に簡略化できる。しかしバウムキルヒャー氏のアンダーハンマーガンは競技用に仕上げられているため、そのトリガープルは現代のマッチトリガー同様に非常に軽い。そしてキレがある。シンプルながらも精密に作られているのだ。この部分も、グロックよりも遙かに高いアキュラシーを生み出す要素らしい。
さすがにバウムキルヒャー氏もバレルまでは製造できない。外注なのだが、ヨーロッパのバレルメーカーとして名高いLothar Walther(ローターワルター)あたりを
使っているかと思ったが、ブラックパウダー用のバレル製造は現代のスモークレスパウダー用とは別の技術が必要で、ローターワルター製バレルでは思うような結果が得られなかったという。そこで現在はスイスのバレルメーカー製を使用しているそうだ。
バウムキルヒャー氏はピストルだけでなくライフルも製作する。こちらはアンダーハンマーではないが、やはりパーカッションだ。弾はピストルの場合、球体のまさに弾丸といえる形状だが、ライフルは現在のピストル用キャストブレットを少し長くしたような形状だ。アキュラシーを得るためにオイルを染みこませた十字に切ったパッチをブレットのお尻に当ててロッドで押し込む。このパッチを十字にすることで円形のパッチを使うとできてしまう無駄な重なりなどがなくなり、均等にブレットに力が加わって高いアキュラシーを確保できるというものだ。
フロントサイトには水準器も装備している。この水準器装備も19世紀中頃にすでに行なわれていたものだ。ブラックパウダーでこのライフルだと最大で800mの射撃が可能。100mではワンホールというアキュラシーを誇る。
Photo&Text:Tomonari SAKURAI
この記事は月刊ガンプロフェッショナルズ2021年3月号に掲載されたものです。
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