2022/08/27
【実銃】スナイパーの常識を塗り替える注目の狙撃弾薬「.375 SWISS P」
.375 SWISS P “狙撃弾薬の最大公約数”
長距離狙撃――「いかに遠くの標的へ、精確に弾丸を撃ち込めるのか」は、狙撃という概念が生まれてから現在にいたるまで、そして今後も永遠に続くテーマである。ここでは、「月刊アームズマガジン」ライターであり、アフガニスタンでの実戦経験もある元アメリカ陸軍大尉・飯柴智亮が、スイスの弾薬メーカー・RUAG Ammotechが開発した新たな狙撃弾薬、.375 SWISS Pについて解説する。
.50BMG口径による長距離狙撃
さて、現在の長距離狙撃記録は、カナダ軍特殊部隊JTF-2の狙撃手がアフガニスタンで記録した3,540mだ。使用銃は.50BMG口径弾(12.7mm×99)仕様のマクミラン製TAC-50(カナダ軍ではC15 LRSW:Long-Range Sniper Weaponと呼ばれている)。その以前は、イギリス軍狙撃手による2,475m(使用銃は.338ラプアマグナムのL115A3)だから、1km以上も更新したことになる。
筆者自身、アフガニスタンの山岳地帯で峰に位置するLP/OP(Listening Post/Observation Post:監視ポスト)からの狙撃任務を行なった経験がある。使用銃は同じく.50BMG口径のブローニングM2だった。「機関銃で狙撃?」と疑問に思われるかもしれないが、堅牢なバレルと安定した三脚を備えたM2は、長距離の目標を狙い撃つことも可能なのだ。フルオート射撃に耐える機関銃の銃身を半自動で射撃すると、優れた命中精度と安定性を見せる。アフガニスタンの山岳は樹木の乏しい山肌(いわゆる禿山)が多く遠くからでも着弾がよく視認できたため、数発を単発で撃っては着弾を視認して修正し、再び射撃する方法を用いた。着弾が標的より手前なら銃口を上げ、遠くなら銃口を下げる、というものだ。.50BMG口径弾は1km以上では山なりの弾道になるため、狙撃というより砲撃に近い動作と言えるかもしれない。
機動性に欠ける.50口径狙撃銃の重量
さて、ここで考えてみよう。最長狙撃記録を持つTAC-50は確かに素晴らしい銃だが、重量が12kgもある。ここにスコープや弾薬の重量が加わると15kg近くにはなるだろう。全長も1.5mと子供の身長くらいある。これは普通に持って動き回れる銃ではない。JTF-2の記録も、LP/OPからの監視任務中に発生したものだと推測できる。つまり、機動性がほとんど無い任務だ。
前述した筆者のM2ブローニングにいたってはCSW(Crew Served Weapons:車輌砲塔搭載火器)であり、携行などは論外だ。.50BMG口径弾狙撃銃としてアメリカ軍はバレット製M82(M107)を配備しているが、こちらも重量やサイズはTAC-50とほぼ変わらない。筆者が配属されていた陸軍ストライカー旅団では、ほとんど使用されていなかったと記憶している。なぜなら、車輌にはより長射程のCSWが搭載されており、徒歩で携行するには大きく重すぎる、中途半端な存在だからだ。
つまり、「.50BMG口径弾の狙撃銃は、機動性の無い任務で限定的な使用ならば有効」というのが、筆者が下した最終的判断である。
機動性のある狙撃銃――.338ラプアマグナム
.30口径(7.62mm)狙撃銃の有効射程距離は800m程度だ。これが.338LM(ラプアマグナム)のような“.30口径プラス”弾(.300ウィンチェスターマグナム、7mmレミントンなど)になると、1,200~1,500mとなる。筆者は.338LM口径の狙撃銃を初めて手にしたとき、「現実的に軽歩兵が持ち運びできる狙撃銃は、このあたりのサイズが限界だろうな」と感じた。
単純な携行性は言わずもがな、「Jumpable:空挺降下可能」の基準で考えたからだ。空挺降下できなければ、精鋭部隊(特殊部隊)には採用されない。陸軍のSF(グリーンベレー)やレンジャー連隊、海軍のSeal Teamも、精鋭部隊はすべてが空挺部隊であり、狙撃銃に限らず精鋭部隊の装備はJumpableでなければならない。
誤解を恐れずに言えば、.338LM口径狙撃銃ですら、デカいし重い(本体のみ7kg程度、スコープや弾薬を足すと約9kg)。軽歩兵は水や食料、無線機、防寒具など完全装備すれば約30kgを超える装備を持ち歩かねばならず、181cm、86kg(現役当時)の筆者ですら、キツイと感じるところがある。
ともあれ、「.338LM口径の狙撃銃が、軽歩兵が持ち歩けるサイズ(重量・全長)の限界」なのは確かだろう。
RUAG .375 SWISS P
狙撃銃のサイズについて、「.338LM口径狙撃銃が限界」という結論が出たが、勝手なもので現場からは「このサイズで、より遠くまで届く弾薬が欲しい」という声が上がってくる。
そこで、スイス有数の弾薬メーカーであるRUAGのエンジニアは.338LM弾に改めて注目し、さらなる研究を重ねた。その結果、改良の余地を見出したのだ。ケースの大きさはほぼ変えず、弾頭直径を拡大。そのままだと弾頭重量が増して初速が低下するので、カートリッジ本体を強化し、高性能なガンパウダーを採用。燃焼効率と発生エネルギーを最適化した。もちろん、チャンバー内の圧力が高まりすぎると破裂の危険性があるため、安全値は考慮されている。
その結果、.338LM弾のサイズを維持したまま、.50BMG口径弾に匹敵するパワーを持ち、しかも既存の.338LM口径狙撃システムをそのまま使用できる新弾薬が誕生した。それが「.375 SWISS P」弾だ。具体的な特徴は以下に記す。
●.338LM狙撃システムからのアップグレードが可能で、コストパフォーマンスに優れる。基本的にバレルを交換するのみ(なお、シングルカアラムマガジンは調整が必要)。
●.338LM弾(250グレイン)よりも弾頭重量が重くなった(350グレイン)ため、横風の影響を受けにくくなった。つまり命中精度の向上を意味する。
●最大1,600mまで超音速が維持され、よりフラットな弾道を実現。
●.338LM弾(6,100ジュール)と比較して、ターゲットエネルギーが大幅に増加(8,500ジュール)。貫通力も向上し、AP弾頭を使用すれば、最大600mでレベルⅣ防弾プレートを貫通。
●CIP(The Commission Internationale Permanente:銃器試験国際委員会)承認済み。CIPが承認しなければ、弾薬を販売できない。
まとめ
少々、難しい話になってしまったが、簡単に言えば「.338LM口径の狙撃銃をすでに保有している部隊は、バレル交換のみでより高威力、長射程、高精度の.375SWISS P口径にアップグレードできる」ということだ。
筆者は、そこまでの能力向上には半信半疑だったが、実射して考えを改めた。1,600m先の鉄製標的を撃ったとき、.338LMでは「パッカーン」という音が返ってきたが、.375 SWISS Pは「バカーン!!」とより重く大きな音に変わった。スコープのホールドオーバー(上下修正)数値も明らかに少ない。試射を終えてRUAGのエンジニアの顔を見ると、満足そうに「いいだろう? 実際に撃てば10人中10人が欲しがるんだよ」と笑って見せた。
各狙撃銃メーカーでは、無料で.375 SWISS P口径のサンプル・バレルと弾薬を各国のTier-1部隊(精鋭部隊)に送付しているという。そして、テストした部隊の多くが採用を決定しているとのことだ。.375 SWISS Pは今後、Tier-1部隊におけるスタンダードな口径となっていくだろう。少なくとも.338LMを使用している部隊は.375 SWISS Pに更新するはずだ。
なお、残念ながら.375 SWISS Pは一般販売はされておらず、今後もその予定は無いそうだ。これはテロリストや犯罪者の手に渡りづらくするための措置であり、言い換えれば.375 SWISS Pの性能を裏付けるものだ。
いずれにしても、.375 SWISS Pが狙撃の世界を塗り替える大きな可能性を秘めていることは間違いない。
TEXT :飯柴智亮